【HP作成者感想】
この手紙の日付は親鸞聖人が、子息善鸞を義絶した建長八年(1256年)五月二十九日から、一年余り後のことです。聖人としては、自らの子息の善鸞が起こした善鸞事件全体が関東における親鸞浄土教の根底を揺るがすような事件であり、また、関東の門弟たちに、多大な迷惑と混乱を与えたことは、親である親鸞として身の置き所もないほどの苦痛であったことは否めません。にもかかわらず、このような時期においてもなお、自らの信ずる浄土教を多くの人に伝えようという強い意志を以って八十五歳という年齢で、なお、この手紙を書かれておられるということは、まことに聖人の強靭な精神に、只々目を見張るばかりです。
そして親鸞はこの末燈鈔第三書簡で、弥陀の恩徳によって信心を獲た者の、この世での在り様(よう)は如何なるものであるかを語っています。この在り様こそ親鸞浄土教の真髄を顕すものであり、それを拝読する私たちに対しては、まさに生死出づべき道を指し示す珠玉の法語でもあります。
すなわち、弥陀の恩徳により信心をいただいた者は、正定聚のくらゐに住するがゆえに、これを等正覚のくらいと申すなりと述べ、親鸞が真実の経とする経典『大無量寿経』には、これを正定聚(まさに浄土往生の定まった人)と名付けられており、また、『大無量寿経』とは別途に訳された『無量寿如来会』には「等正覚」として説かれていると述べています。そして、等正覚の位置づけは弥勒と同じだというのです。弥勒は補処の弥勒とも云い、釈尊の跡を継いで、いずれ仏になることが定まっている菩薩であって、正定聚の人は、弥勒と同じく、やがて仏になることが定まっている人をいうので、これを「次如弥勒(しにょみろく)」ともいうと親鸞は説きます。「次如弥勒」とは弥勒の次ということではなく、弥勒と同じ様に、次の世では仏になる存在だというのです。正定聚が、浄土往生が間違いなく定まった人々であるというのは、このことです。そして、更に正定聚の人は、この身こそあさましき不浄造悪の身だけれども、弥勒と同じなれば、こころはすでに如来と等しということもあるべしと、我々にとって目を見張るようなことを聖人は書かれています。では“如来と等し”とはどういうことか、このことは、同時に“如来と同じではない”ということも表されています。親鸞聖人は、凡夫の自覚の大変強い人でありましたから、聖人の手になる『一念多念文意』においても「凡夫といふは、無明煩悩われらが身に満ちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむ心多く、ひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とゞまらず、消えず、絶えず。」と悲痛なことばを残しておられます。まさに、これは一人一人の私たちのことを指しているのだと私は思います。すなわち、親鸞浄土教において、臨終に至るまで、生きて、正覚の仏ではありえないというのは、このことでしょう。これも親鸞浄土教の真髄をあらわす大切なことがらです。
さて、この等正覚ということは、菩薩が仏になっていく五十二段階の道のりを云っているのですが、これは下記のような図式になります。
十信→十住→十行→十迴向→十地→等覚=妙覚(仏)
すなわち、十信から十地までの五段階の各々は、さらに、それぞれ十段階ずつに分かれているので、これで五十段階、そして等覚はその上の段階。また、等覚までは矢印(→)で示されているように菩薩の厳しい修業の成果によって段階が上がって行き、等覚まで上りつめた五十一段階目の菩薩が弥勒菩薩なのです。これと最高の五十二段階目である仏の階位、すなわち妙覚との関係は、等しい、すなわちイコール(=)の関係だというのです。この等覚と妙覚の関係が微妙で大切なところです。つまり、等しいけれども同じではない。等覚の弥勒菩薩は、妙覚の仏と等しいのだけれども、あくまでも等しいのであって同じではない。 そして、正定聚(等正覚)の人は、この等覚の弥勒菩薩と同じ位だというのです。ところで、この十信から十地までの五十段階、それに等覚と、そして最高の仏のさとりの階位である妙覚、全部で五十二段階。これらはみな自力聖道門(他力浄土門ではない。)の修業の道程です。すなわち自力聖道門では、それぞれの段階で厳しい修業をクリアして等覚の弥勒菩薩になるのですが、その菩薩が妙覚の仏になるには、たとえ両者が“イコール(=)”で結ばれているとはいえ、その後、五十七億七千万年の修業が必要で、その結果やっと仏になれるというのです。ところが、念仏の衆生は、どうでしょうか、なんと信心ひとつで、上の五十段階を飛び越えて、五十一段階目の等覚の菩薩である弥勒菩薩と同じ位になるのです。これが真実の信心をいただいた念仏の衆生が、生きて到達する正定聚の位だと親鸞聖人は、この手紙で言われていることになります。そして、弥勒菩薩は、このあと仏になるには五十六億七千万年の修業を経ねばなりませんが、念仏の衆生は、臨終一念の夕べに、それこそ一瞬にして大般涅槃を超証し仏になると、私たちが読み進めようとしている『教行信証の信巻』には書かれています。そして更に、この手紙の最後に、親鸞聖人は、光明寺の和尚(かしょう)、すなわち善導大師の『般舟讃(はんじゅさん)』の文章を引いて、「信心の人は、この心、すでに常に浄土に居(こ)すと釈したまへり。居すといふは、浄土に信心のひとのこゝろ、つねにゐたりといふこゝろなり。」と熱を込めて語っておられるのです。 たいへん“うまい”話のように受け取られるかもしれませんが、親鸞聖人は自らの経験に於いて、
すなわち自ら、いただいた信心の情景に於いて、自らの実体験に於いて、このように語られていることは、“うまい話”などという、軽い言葉で表現されるべきことではないと思うのですがいかがでしょうか。 以上、昨年2月から読み進めてきた
「関東の念仏集団に大きな混乱を招いた慈信坊善鸞にまつわる親鸞の書簡の拝読を終ります。来月からは、非力をも顧みず、親鸞浄土教の根本聖典である『教行信証』の拝読に入りたいと思います。聖人の教えに、どこまで近づくことが与えられ
るかは未知ですが、その未知なる領域を進んで行きたいと思います。」 今月はこれで終わります。
●今月の言葉(2019年2月)
顕浄土真実教行証文類序
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【現代語訳】
顕浄土真実教行証文類 序
不肖、わたくし自身が考えますに、思いはかることもできない阿弥陀仏の誓願は、渡ること、まことに難い迷いの海を渡してくださる大いなる船であり、何ものにもさまたげられずにいきわたる光明は、無明による絶望の闇を破ってくださる智慧の光である。 ここに、浄土の教えを説き明かす機縁が熟し、提婆達多が阿闍世をそそのかして頻婆娑羅王を殺害させたのである。そして、浄土教の真実が顕れて、
釈尊が
韋提希をして安養の浄 土への往生を選ばしめたのである。これは、弥陀の意を体した聖者たちが、苦悩に沈むすべての 人々を救いあげようとされたのであり、また
如来の大悲
が悪逆な罪を犯した者や
仏の教えを謗る者や何とも救われようのないニヒリストをこそ
救おうとお思いになったのである。 よって、あらゆる
功徳をそなえた名
号は、悪を
転じて
徳を成じる智慧のはたらきであり、自力によっては得
難い金剛の 信心は疑いを
除いてさとりを得させてくださるまことの
道であると知ることができる。
このようなわけで、浄土の
教えは凡夫にも
修めやすいまことの教えなのであり、
愚かなものにも
往きやすい近 道なのである。釈尊が
説かれたすべての教えの中で、
この浄土の
教えに及ぶものはない。
煩悩のみの 穢れた世界を捨てて清
らかなさとりの世界を願
いながら、日々の無明な行に迷い、信ずるのはこの世のみで、心まことに昏く、
真実の智慧寡なく、 罪重く障り>多き者は、とりわけ
釈迦如来のお勧めを仰ぎ、必ず、この最もすぐれた、まことの
道に帰して、ひとえに、浄土の
行を奉戴し、ただこの信を尊
び生きるがよい。 ああ、この真実の親たる 弥陀の御誓いに遇うことは、いくたび生を
重ねてもあえるものではなく、まことの信心はどれだけ時を
経ても得
ることは難中の難である。
思いがけずこの浄土の
行と信を
得たなら、遠く
過去からの因縁
をよろこべ。
もしまた、このたび疑いの網におおわれたなら、もとのように
果てしなく長い 間迷い続けなければならないであろう。
摂取して捨てないという 如来の真実の仰せであり、世に
超えてたぐいまれな正法である。
しっかり聞き思索して、疑いためらってはならない。
ここに愚禿
釈の親 鸞は、よろこばしいことに、インド・西域の聖典、中 国・日本の祖師方の解 釈に、遇いがたいのに今 遇うことができ、聞きがたいのにすでに聞
くことができた。そしてこの真実の
教・行・
証の法を心から
敬い信じ、まことに如来の
恩徳の
深いことを知った。そこで、聞
かせていただいたところをよろこび、
得させていただいたところをたたえるのである。
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読下し古文
ひそかにおもんみれば、
難
思の
弘 誓
は >難 度
海を
度する大
船
、無
礙
の光明
は無明
の
闇を破
する恵
日
なり。しかればすなはち、浄 邦
縁熟
して、 調達 ( 提
婆達多 )、闍
世 ( 阿
闍世)をして
逆害 を興
ぜしむ。 浄
業機彰 れて、釈
迦 、韋
提 をして安
養 を選
ばしめたまへり。これすなはち権
化 の仁
斉 しく苦
悩 の群
萌 を救
済 し、世
雄 の悲
まさしく 逆
謗閘提 を恵まんと欲
す。ゆゑに知
んぬ、 円
融至
徳 の嘉
号 は悪
を転
じて徳
を成
す正
智 、 難
信金剛 の信
楽 は疑
を除
き証を
獲しむる真
理 なりと。
しかれば、凡小修し易き真教、愚鈍往き易き捷径なり。大聖一代の教、この徳海にしくなし。穢を捨て浄を欣ひ、行に迷ひ信に惑ひ、心昏く識寡なく、悪重く
障
多
きもの、ことに
如
来(
釈尊 )の発遣
を
仰ぎ、かならず最
勝 の直
道 に帰
して、もつぱらこの行
に奉
へ、ただこの信
を崇
めよ。ああ弘
誓 の強
縁 、多
生 にも値
ひがたく、真
実 の浄
信 、億
劫 にも獲
がたし。たまたま行
信 を獲
ば、遠
く宿
縁 を慶
べ。もしまたこのたび疑
網 に覆
蔽 せられば、かへつてまた曠>
劫
を経歴 せん。誠
なるかな 摂
取不捨 の真
言 、 超
世希有 の正
法 、聞
思 して遅
慮 することなかれ。
ここに愚禿釈の親鸞、慶
ばしいかな、西蕃・月支(印度・西域)の
聖典、東夏(中国)・日域(日本)の師釈に、遇ひがたくしていま遇ふことを得たり、聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。真宗の教行証を敬信して、ことに如来の恩徳の深きことを知んぬ。ここをもって聞くところを慶び、獲るところを嘆ずるなりと。
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【HP作成者感想】
以上でいよいよ、教行信証最初の文章『顕浄土真実教行証文類序』の読みに入りました。 『教行信証』は教巻・行巻・信巻・証卷・真仏土巻・化身土巻の六巻から成っていますが、この序文は、まさに、この六巻全体の序文です。 さて、ここで親鸞聖人は、驚くべきことに、私たちの予備知識も何も顧慮しないで、いきなり親鸞浄土教の本旨ともいうべき事柄を、この序文にぶつけてきています。
すなわち、現代語版『顕浄土真実教行証文類序』の最初の4行の文章は、煩悩に煩わされ、生死の闇に迷う衆生を真実平安の世界に導くものは、弥陀の本願と光明だというのです。それでは、煩悩に煩わされ、生死の闇に迷う衆生とは何かということになりますが、これは、とても人様を材料にして語るようなことがらではありませんので、結局自分を材料にして申し上げる以外にありません。
私の場合、若い時分から小・中・高の学校の教員をする中で、まことに平凡を地に行くような生活を送ってきましたが、それでも親鸞が『一念多念文意』という書物の中で自らを振り返って語っているように『凡夫といふは、無明煩悩われらが身に満ちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむ心多く、ひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とゞまらず、消えず、絶えず』と語っているとおり、私自身も、特に仕事に打ち込まねばならない現役年齢の時代には、まさにその標本のような生活、難度の海をアップ、アップしながら生活をしていたというしかありませんでした。 そしてまた、まだ幼く、性に目ざめる中学生のころから、「自分もいつか必ず死ぬんだ、死ねば全く虚無になり、世界も無く自分も無く・・・・」と思うと、その底無しの奈落に落ちていくような恐怖に、その当時住んでいた小さな家の一階と二階を上がり降りして、恐怖の静まるのを待っていたことを思い出します。性の目覚めは決して華やかなものではなく、死の自覚にふるえあがるような時期でもありました。 申し上げたいことは、「臨終の一念に至るまで消えず絶えない煩悩の煩いや、無限の奈落に落ちて行くような死の虚無の恐怖」、このような、どうしようもない相(さが)の全てを委ねるしかないのが、ここにある難度海を度するという大船であり、無明の闇を破するといえるなら、そのような弥陀の光明であるとしか言いようがありません。親鸞聖人の場合は、私のように弱々しいものではなく、もっと力強く、このことを最初の4行で顕しておられるのが、なんとも力強い限りで、そこに親鸞聖人の強固な「信」の世界が広がっているのを感じます。
ところが、この序文に於いて、次の文章は突然に変わって、親鸞は阿闍世、提婆達多、韋提希、頻婆娑羅王が登場する古代インドのマガダ国の醜悪な五逆の事件が起こったのは、これは浄土の教えを説き明かす機縁が熟した結果だと語ります。この事件の概略を簡略に記しますと、マガダ国の王子阿闍世が提婆達多にそゝのかされて父の頻婆娑羅王を殺害するという五逆の罪を犯し、母の韋提希を幽閉しますが、釈尊は韋提希を教え導き、無生法忍という浄土を見る眼を与えます。また信巻の最後のあたりでは釈尊が阿闍世を仏の道に導き、救うという物語が描かれています。そして、親鸞は、この事件の真の意味を、五逆の罪を犯したものなど、仏の教えから最も遠い悪人の救済のために仏・菩薩が阿闍世などの登場人物に化身して、一連の逆悪な事件を演じたのだと語ります。そして更に、親鸞は「弥陀仏の名号こそ悪を転じて徳をなす智慧のはたらきであり、得難い金剛の信心は疑いを除き、さとりを得させるまことの道であると知ることができる」と説きます。
ところで、 私は今まで、上の「転悪成徳」の言葉を、“悪を転じて徳と成す”という意味に受け取っていました。しかし、いくらなんでも「悪が徳となる」ということは考え難く、悪は悪たる限り悪であって、悪が直接に徳となるということは納得できるはずがありません。ここで注目すべきは、親鸞聖人は、この「転悪成徳」を“悪を転じて徳を成す”と受取っておられると云うことです。
すなわち、親鸞聖人は漢文の添え仮名でも、この部分を「徳と成す」ではなくて、「徳を成す」としておられることです。ここで、あらためて考えることは、親鸞聖人は、この序文の本日読んだ文章の部分だけでも、生死に迷う無明の闇を照らす智慧の光明や、煩悩に死ぬまで煩わされる者を救い上げる本願、更には、金剛の信心のもととなる名号のはたらきとは何かということを、その意味内容は、私たちには、まだ、さだかならずとも、親鸞浄土教の本典である『教行信証』を読むにあたって、先ず私たちに提起しておられるのではないかと受取ることができます。
では、名号が「悪を転じて徳を成す」正智であるとは、どのように私たちはうけとるべきか、これはやはり、常に悪に走ろうとする煩悩にみちた凡夫である私たちを「仏」にする。このように親鸞聖人は「転悪成徳」ということがらを受取っておられたのではないかと思うところです。
この後の文章は、釈尊の導きに発し、七高僧を経て、脈々と伝えられた真実の浄土教をたたえる文章がつづき、親鸞聖人ご自身も、聞きがたかった真実の浄土教に、今、会うことを得た仏恩の深さに、限りなき感謝と讃嘆の言葉を綴って、教行信証全体の序文としておられます。
今月は以上で終わります。
●今月の言葉(2019年3月)
『顕浄土真実教行証』教文類1
【現代語訳】
つつしんで浄土真宗、すなわち、浄土真実の教えを考えてみるに、 二種の回向ということがある。一つには往相回向、すなわち、 私たち衆生が浄土に生れ仏になるということ。二つには還相回向、
すなわち浄土に生れて仏になった結果、如来のはたらきとして、この世に還相して 衆生の往相をたすけるというはたらきである。 そして、往相の回向について 真実の教・行・信・証がある。
ここで真実の教えを顕せば、これはとりもなおさず『大無量寿経』である。 この経の大意は、永劫の過去からの無限の因縁によって全てをここにこのようにあらしめた、
根源の仏である阿弥陀仏が誓いを起され、広くすべての衆生のために法蔵を開いて、 われわれ凡夫を哀れんで、その開かれた法蔵の中から、功徳の宝を選び、施して下され、
そして仏祖釈尊は、この世にお生まれになり弥陀の教えを説き明かして、諸々の衆生に 真実の往相の利益(りやく)を恵もうと思い計られたのである。このために如来の本願を説くことを、この経の本旨とし、仏の名号を、
この経の根本とするのである。
なにをもって、釈尊が、この世にお出ましになった大事であるかということが 知られるかといえば・・・
|
読下し古文
つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり。
それ真実の教を顕さば、すなはち『大無量寿経』これなり。この経の大意は、弥陀、誓を超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れんで選んで功徳の宝を施することを致す。釈迦、世に出興して、道教を光闡して群萌を拯ひ恵むに真実の利をもってせんと欲すなり。ここをもって如来の本願を説きて経の宗致とす、すなはち仏の名号をもって経の体とするなり。
なにをもってか出世の大事なりと知ることを得るとならば、
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【HP作成者感想】
いよいよ、本日から教巻本文に入りました。そして、親鸞聖人は、ここでも、いきなり浄土真実の教えには先ず二種回向、すなわち往相の回向と還相の回向があることを強調されます。そして、往相迴向の中に教と行と信と証があることを述べられます。すなわち、親鸞聖人は、何をおいても、浄土真宗、すなわち浄土真実の教えは二種の回向によって成り立つのだということを、先ず、ここで強調されるのです。そして、その上で「それ、真実の教を顕さば『大無量寿経』これなり」と所依の経典である『大無量寿経』の名前を挙げ、さらに「この経の大意は・・・」と『大無量寿経』の大意をの述べていかれます。
さて、ここで、教巻のはじまりからここまで、聖人の文章を読んできて、その文章構成に、或る違和感を覚えずにはおれませんでした。それは、どういうことかといいますと、
(1) まさに、教巻の初めでありますから、まず冒頭から、親鸞浄土教の教えの根本を示す所依の経典『大無量寿経』の大意から、親鸞聖人は語り始められるのが普通ではないかと、私は思うのです、すなわち、「それ真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり」から始めるべきでしょう。なぜなら、今から説き始めようとするのが「教巻」だからです。ところが、その所依の経典『大無量寿経』を差し置いて、まず真っ先に大無量寿経の中でも当然説かれている二種回向という事柄から、聖人は語り始められていると云うことです。わたしは、あえてご批判を恐れずに申し上げれば、これは聖人が、自ら説いておられる『大無量寿経』の真っ先の根本の教えは、何を置いても、第一に弥陀の回向にあるということを、ここで強調されたかったのではないかと思うのです。すなわち、われわれ衆生の一挙手一投足、一念一念の心の起滅が、全て弥陀の本願力迴向(すなわち他力迴向)によっているという、絶対他力の回向ということを、聖人はここで、先ず第一に示したかったのではないでしょうか。そして、この迴向のはたらきを親鸞浄土教の第一の根幹であることを顕すために、大無量寿経の本願成就文の読み方について、普通に読めば「あらゆる衆生、その名号を聞きて信心歓喜し、乃至一念、至心に回向して、彼の国に生まれんと願ずれば即ち往生を得、不退転に住せん。」となるところを、「あらゆる衆生、その名号を聞きて信心歓喜せんこと、乃至一念せん、至心に回向せしめたまへり。かの国に生ぜんと願ぜば、即ち往生を得、不退転に住せん。」と読んでいます。いささか無理な読み方です。そのほかの大無量寿経の中で、このケースに似た表現に於いて、親鸞以前には衆生のはたらきとして読んできたところを、「せしめたまへり」とか「したまへり」など仏のはたらきとして読み替えています。たとえば、上の願成就文のほかに、例の一端として『無量寿如来会』や、善導の『散善義』からの引用した文においても
○ 他方の仏国の所有の有情、 無量寿如来の名号を聞きてよく一念の浄信を発して歓喜せしめ、所有の善根回向したまへるを愛楽して無量寿国に生ぜんと願ぜば、 願に随ひてみな生れ、 不退転乃至、無上正等菩提を得んと。
○ また回向発願して生ずるものは、かならず決定して真実心のうちに回向したまへる願を須ゐて得生の想をなせ。
これらの読み替えは、教行信証の中に、まことに数多くあり、このことからいえることは、まさに、親鸞聖人が、大無量寿経の中から、特に二種回向を教巻の冒頭に取り上げて、親鸞浄土教の根幹は他力迴向に、すなわち如来の本願力迴向にあることを示されたのではないかと思うところです。ことほど左様に、親鸞聖人は教行信証の中の、ご自身の文章でも如実に如来回向のはたらきを汲めども尽きず述べておられます。その例として
○ しかれば、もしは行、 もしは信、 一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし。因なくして他の因のあるにはあらざるなりと、 知るべし。
そして、このような親鸞聖人の他力迴向の信心は、時代を超えて、たとえば明治・大正から昭和にかけて無上の浄土真実の信心に生きた、島根県温泉津の妙好人、浅原才市翁の宗教詩に
○ 「となえるも あみだぶつ、 かぎょう(稼業)するのも あみだぶつ、 まま(飯)をたべるも
あみだぶつ、 道をあるくも あみだぶつ、 せかいのものは あみだぶつ、 ことごとくあみだぶつのもの、 さいちも あみだぶつのもの、 なにもかも 」
○ 「他力には、自力他力も、ありはせん。いちめんの他力、なむあみだぶつ。」
とあるように、現代においても究極の他力迴向の信心が人々の中に生きています。
(2) 次に、親鸞聖人が教巻劈頭の二種回向の文で、「つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の迴向あり。ひとつには往相、二つには還相なり。」とし、そのすぐ後に、「往相の回向について真実の教行信証あり。」とされているところです。そして、二種回向の文章は、一応、ここで終わって、「それ真実の教を顕さば『大無量寿経』これなり。」と述べて、次の話題に移っています。私の疑問は、先ず、一つには往相、二つには還相と「二種の回向」をはっきりと述べられた後に、どうして、「往相の回向について、真実の教行信証あり」とだけ述べて、「還相迴向」についての、この種の言及がないのは何故かと云うことです。たとえば、「還相迴向にも真実の教・行・信・証あり」といわれなかったのかということです。なるほど、往相迴向は、教・行・信・証がなければ成り立たないでしょう。つまり、回向としての真実の教・行・信・証なしに往相はあり得ません。還相迴向について教・行・信・証は関係するのでしょうか。あれだけ前半で「浄土真宗について案ずるに、二種の迴向あり。」として、さらに「一つには往相、二つには還相なり。」とはっきりと二つ並べて強調しておられるのにも関わらずです。すなわち、衆生に与えられる教・行・信・証はすべて、如来の回向とするならば還相迴向には如来回向の「教」として「第二十二願」があり、同じく「行」としては、たとえば妙好人、讃岐の庄松は「自分がよろこんで捨てた念仏を、拾ってよろこぶ奴がいる」といった口の悪い庄松らしい言葉、勿論「捨てた」とは庄松が「南無阿弥陀仏」と称えたということでしょうし、拾って喜ぶとは、庄松が喜んで称えていた「南無阿弥陀仏」を聞いて、同じように喜んで称える人々、庄松のまわりにいるということでしょう。そのような体験談を庄松は語っています。すなわち還相迴向にも如来回向としての念仏行がはたらいていると言えますし、「信」についても、自らが如来の回向により与えられた信心をよろこぶだけでは不満足で、他の人にも伝えて、共によろこびを享受したいと思い、自ずと、そのような行動をとるということは「信」における還相迴向の顕れと言えます。更に如来回向の結果としての「証」については、如来回向によって浄土に生まれて、「証」を獲てこそ、すぐさま、生死の稠林、すなわちこの世に還って、人々の浄土往生を助ける還相迴向のはたらきができる。以上のように考えると、「還相迴向についても教・行・信・証と強い関連性あり」といえるのではないか、いや、それどころか「教・行・信・証・は還相迴向である。」とも言えるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。しかし親鸞聖人は、あくまでも「往相の回向について、真実の教行信証あり。」とのみ言われて、還相迴向と教・行・信・証の関係には触れておられません。このことを、どう考えるかということです。なるほど、親鸞浄土教においては、衆生は往相回向が成就され浄土に生まれてこそ、すぐさま還相迴向によって生死の稠林に廻入して人々の往相を助けることができるのですから、往相迴向の成就無くして還相迴向はあり得ません。したがって、ここはむしろ①「還相迴向について、真実の往相迴向あり。」ということであって、如来回向による真実の「教・行・信・証」なしにはあり得ない還相迴向こそ、往相迴向の原動力になる回向であり、したがって、上の①の表現になるのだが、親鸞聖人は、あえて、このようなことは自明のこととして、この教巻初めの文章には付け加えられなかったのではないかと推察するのですが、いかがでしょうか。 この事柄は、さらに思索を重ねるべき事柄であり、来月も引き続いて検討すべきであろうと考えられます。
●今月の言葉(2019年4月)
『顕浄土真実教行証』教文類2
今月は前回に続いて、下記の現代語訳の上から四行目、「往相の迴向に就いて、真実の教・行・信・証がある。」という部分について、さらに掘り下げてみたいと思います。
従いまして【現代語訳】、および【読下し古文】は同じ部分を掲載しています。 |
【現代語訳】
つつしんで浄土真宗、すなわち、浄土真実の教えを考えてみるに、 二種の回向ということがある。一つには往相回向、すなわち、 私たち衆生が浄土に生れ仏になるということ。二つには還相回向、 すなわち浄土に生れて仏になった結果、如来のはたらきとして、この世に還相して 衆生の往相をたすけるというはたらきである。 そして、往相の回向について 真実の教・行・信・証がある。
ここで真実の教えを顕せば、これはとりもなおさず『大無量寿経』である。 この経の大意は、永劫の過去からの無限の因縁によって全てをここにこのようにあらしめた、
根源の仏である阿弥陀仏が誓いを起され、広くすべての衆生のために法蔵を開いて、 われわれ凡夫を哀れんで、その開かれた法蔵の中から、功徳の宝を選び、施して下され、
そして仏祖釈尊は、この世にお生まれになり弥陀の教えを説き明かして、諸々の衆生に 真実の往相の利益(りやく)を恵もうと思い計られたのである。このために如来の本願を説くことを、この経の本旨とし、仏の名号を、この経の根本とするのである。
なにをもって、釈尊が、この世にお出ましになった大事であるかということが 知られるかといえば・・・
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読下し古文
つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり。
それ真実の教を顕さば、すなはち『大無量寿経』これなり。この経の大意は、弥陀、誓を超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れんで選んで功徳の宝を施することを致す。釈迦、世に出興して、道教を光闡して群萌を拯ひ恵むに真実の利をもってせんと欲すなり。ここをもって如来の本願を説きて経の宗致とす、すなはち仏の名号をもって経の体とするなり。
なにをもってか出世の大事なりと知ることを得るとならば、
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【HP作成者感想】
前回、教巻のはじめ、【読下し古文】でいいますと「
つつしんで
浄土真宗を
案ずるに、
二種の
回向あり。
一つには
往相、
二つには
還相なり。
往相の
回向について
真実の
教行信証あり。
」となっている部分の最後①「
往相の
回向について
真実の
教行信証あり。」の部分です。たしかに①の部分は、真実の教・行・信・証 があってこそ、往相迴向が成就するわけですが、さて、ここで、還相迴向に就いて、どうして、ここで教・行・信・証との関係がいわれないのだろうということです。これが、私の小さな疑問でした。
そこで、「還相迴向」ということがらを、もうすこし考察してみますと、曇鸞が『浄土論註』に述べているのによれば「
回向に二種の相あり。一つには往相、二つには還相なり。
往相とは、おのれが功徳をもって一切衆生に回施して、ともに、かの阿弥陀如来の安楽浄土に往生せんと作願するなり。
還相とは、かの土に生じをはりて、奢摩他・毘婆舎那・方便力成就することを得て、生死の稠林に回入して、一切衆生を教化して、ともに仏道に向かふなり。
もしは往、もしは還、みな衆生を抜いて生死海を度せんがためなり。このゆゑに、回向を首として大悲心を成就することを得んとするがゆゑなり」というふうに往相・還相の二回向を表現しています。これは、現代語訳すれば「阿弥陀仏の回向に二種の現れ方がある。一つには往相、二つには還相である。往相というのは、自身の功徳を他のすべての衆生に施して、みなともに浄土往生を成就しようと願いはたらくことである。還相というのは、浄土に生れた後、自利の智慧と利他の慈悲を成就することができ、迷いの世界に還つてきてすべての衆生を導き、みなともにさとりに向かわせることである。往相も還相も、みな衆生の苦しみを除いて迷いの世界を離れさせるために与えられたものである。だから天親菩薩は〈衆生に功徳を回向しようとする心を本として大いなる慈悲の心を成就されたのである〉と述べておられる」となります。 ここで親鸞聖人の和讃を見ますと「南無阿弥陀仏の回向の、恩徳広大不思議にて、往相回向の利益には還相回向に回入せり」とあります。この和讃によれば「南無阿弥陀仏の回向による往相迴向によって衆生が浄土に往生するれば、その利益として還相迴向によって、衆生は、直ぐに、この世に取って返して、この世の衆生を浄土に往生させるために働く。」ということであります。
これは、現在においても往・還二迴向のありようを説明する一般的な考え方であると考えます。すなわち、まず、往相迴向があり、ついで還相迴向があるということです。 還相迴向には、上記のよう受取り方もありますが、それに対して、往相と還相は一体のものであって、往相即還相であるという考え方もあるようですが、まだ、私の中でよく消化しきれません。消化しきれないとは大変不遜な表現ですが、正直、これだけを、いわれても自分の中に入ってこないのです。
そこで、上記のような二種迴向の一般的な受取り方に基づいて、この往・還二迴向について、浄土に往生して仏になった元衆生は、どんな形で、この世に還ってくるのか、
あまり、このあたりを詳しく解説した仏教書はないようでが、考えてみようと思います。永劫の昔から、信心をいただき、命終わって浄土に往生した衆生は無数にいるはずです。ならば、それらの浄土往生した元衆生は、例えば「霊」として、この世に還ってくるのでしょうか、そうではないでしょう。幽霊のような霊として還ってこられては、我々生きている者にとって煩わしいだけです。第一、このような幽霊まがいの霊を認めるのは仏教ではありません。また、命終わった人が再びこの世に還ってきたのは見たことがありませんし、勿論
仏像として、ごろごろ還ってくるわけでもないでしょう。
また、法然聖人や親鸞聖人、その他、七高僧など善知識としてこの世に還ってきている。これは、うなづけますが、チョット少なすぎませんか。
更にまた、命終わって、往生した親族を考えるとき、思わず仏壇に向って手を合わして、称名念仏する、これを亡くなった親族の還相迴向と考えることもあり得るかもしれません。たしかにそうかも知れませんが、チョット、ちまちまして規模が小さすぎます。
永劫の過去から浄土に往生して仏になった、阿弥陀仏と一体となった元衆生は、無数にいるはずです。これらの無数の元衆生はどのように、この世に還っているのでしょうか。結論から言いますと、私は、“如来の回向”として、この世に還ってきているものと思っています。すなわち、無数の如来の回向としてです。間違っているでしょうか。なぜなら、命終わって浄土に往生した衆生は仏になっているのです。仏教は衆生を仏にする教えです。元衆生は往生して、阿弥陀如来と一体になっているのです。ならば、その弥陀と一体になった衆生がこの世に還相迴向として還ってくるのは、如来の回向として還ってくる以外に考えられないではありませんか。 法然上人や親鸞聖人、その他、七高僧など善知識としてこの世に還ってきている。これも、還相迴向のはたらきとしてうなづけますし、近親者が亡くなって、遺された遺族が思わず仏壇に向って手を合わす気持ちになるのも、近親者の還相迴向のはたらきとしてうなずけます。更に、才市や庄松の行為が、人々を仏に遇わせるということが還相迴向のはたらきとなるのもうなずけます、しかし、それらは皆、それら善知識や妙好人が還相迴向のはたらきを現実に自分の力でしているのではなく、そこにはたらいているのは元をただせば無限の“如来の回向”が、その人たちに働いている結果ではないでしょうか。それどころか、この論理を推し進めれば、私たちの、出る息入る息、心臓の動き、一念一念の心の起滅も、皆、如来の回向の働きではないでしょうか。すなわち、全て生かされて生きている絶対他力の世界ではないでしょうか。
さて、そういえば、法蔵菩薩の一部始終、すなわち、ある国の王様であった法蔵菩薩が人生の矛盾を感じて、何とか正覚をとりたい、そして正覚をとって、、人々と共に仏になりたい。すなわち、我(法蔵菩薩)も衆生も真実の救済にあずかりたいと誓いを立て、この誓いが成就しなければ、私(法蔵菩薩)は仏にならないと世自在王仏に教えを乞い、五劫の永い間の修業を経て、誓いが成就して十劫の昔に阿弥陀仏になられた。そしてそれ以来、絶えることのない弥陀大悲の回向、すなわち如来の回向をこの世に降り注いでおられる。つまりこの法蔵菩薩の衆生救済の一部始終、これこそ、この世の初めの往・還二種回向のはじまりの象徴と私は考えます。そして、それ以来、無数の衆生が阿弥陀如来の大悲という回向をいただいて浄土に往生し、阿弥陀仏と一体となり、この世に如来の回向として還ってきて、現世の衆生の真実の救済のための働きをする。そうすると、法蔵菩薩が阿弥陀仏になられた結果の如来の回向も、衆生が浄土に往生して阿弥陀仏と一体となった後に、この世に還ってくる如来の回向も、みなこの世に還ってくるということにおいて、還相迴向であることに変りありません。すなわち,如来の回向は、すべて如来の還相迴向であるということになります。それはそうです。如来の回向は、すべてこの世に回向するのであって、この世以外のどこに回向するというのでしょうか。この世以外のどこにも回向する場所はありません。だから、如来の回向は全て、この世に還ってくる還相迴向であることがはっきりします。
そこで、「教巻」初めの6行の最後の文章を吟味してみましょう。①「往相の迴向について“真実の”教・行・信・証あり」ということばについて、“真実”とはどのような意味に受け取ればいいでしょうか。私が考えますに、聖徳太子に「世間虚仮、唯仏是真」という言葉があります。この言葉は「真実は世間ではなく、唯(ただ)、仏のみが真実である」と受取ることができます。すなわち“仏”こそが“真実”であるということになります。そして、この場合の“仏”とは単なる静止した我々とは別の対象仏ではなく、私(私たち)を包み込んで(摂取して)、私(私たち)に直接はたらく“全てのはたらき”であると私は考えます。すなわち親鸞浄土教的にいえば、“仏”とは“如来の回向”であるということになります。つまり、真実とは仏のことであり、仏とは如来の回向のことであるならば、“真実の”とは“如来の回向の”ということになります。したがって①の文章は、②「往相の回向について“如来回向の”教・行・信・証あり」ということになります。そして更に“如来の回向”は、全て“還相迴向”であるということであれば②の文章は更に、③「往相迴向について“還相迴向の”教・行・信・証あり。」ということになり、往相回向と還相迴向は、ここで一体となります。すなわち、往相迴向が成就するためには真実の教・行・信・証が必要という事であるとともに、その教・行・信・証は還相迴向そのものであるということになります。ということは、親鸞聖人は最初から①の文章の中に還相迴向という言葉をちゃんと入れておられたというふうに解釈してもよいということになります。これで、私(五島)の、「還相迴向と教・行・信・証との関係をあらわす文章はどこに行ったのか」という違和感も解消したということになります。如何でしょうか。みなさまのご吟味を乞うところです。
そして、更に、法蔵菩薩は永劫の昔に衆生救済の誓い(本願)を立てられ、阿弥陀仏となって、今も如来の回向として、われわれ衆生の救済のはたらきをしておられる、ということですが、それでは一体、この法蔵菩薩の救済とはどういう救済なのでしょうか。それは商売繁盛ということでもなく、家内安全ということでもなく、医者が匙を投げた難病快癒ですらないでしょう。 私が思いますに、それは、私たち衆生の一人一人を、永劫の昔からの無数の因と縁の連鎖によって、今、ここにこうして有らしめているという、他力真実の究極の親の願い、それは、大いなるいのちの中に生きても死んでも私たちを摂取して包み込んでいるぞ、ということ、この真実を知らしめるのが、私たち衆生を救済するということではないでしょうか。「顕浄土真実教行証文類」の“真実”の意味でもあります。ならば、それは、私たちを生死を問わず、底無しの虚無から救い出すこと、そのことが、法蔵菩薩の、ひいては如来の私たち衆生に対する救済であるということではないでしょうか。親鸞聖人の「本願力にあいぬれば虚しくすぐるひとぞなき、功徳の宝海みちみちて、煩悩の濁水へだてなし」という和讃は、まさにこのことを顕しているのではないでしょうか。 “本願力”とは、私たち衆生を底無しの生死の虚無から救い出そうとする、真実の親のはたらき、すなわち如来のはたらき、つまり如来の無限の回向のことではないでしょうか。 そして、それは、私たち衆生が、今、ここにこうして有ることに納得し、生死を問わず、それぞれの、ありように納得して生死するということではないでしょうか。
今月は以上で終わります。
●今月の言葉(2019年5月)
『顕浄土真実教行証』教文類3
今月は同じように、下記の現代語訳の上から七行目、「ここで真実の教えを顕せば、これはとりもなおさず『大無量寿経』である。」という部分について、さらに掘り下げてみたいと思います。
従いまして【現代語訳】、および【読下し古文】は同じ部分を掲載しています。 |
【現代語訳】
つつしんで浄土真宗、すなわち、浄土真実の教えを考えてみるに、 二種の回向ということがある。一つには往相回向、すなわち、 私たち衆生が浄土に生れ仏になるということ。二つには還相回向、 すなわち浄土に生れて仏になった結果、如来のはたらきとして、この世に還相して 衆生の往相をたすけるというはたらきである。 そして、往相の回向について 真実の教・行・信・証がある。
ここで真実の教えを顕せば、これはとりもなおさず『大無量寿経』である。 この経の大意は、永劫の過去からの無限の因縁によって全てをここにこのようにあらしめた、
根源の仏である阿弥陀仏が誓いを起され、広くすべての衆生のために法蔵を開いて、 われわれ凡夫を哀れんで、その開かれた法蔵の中から、功徳の宝を選び、施して下され、
そして仏祖釈尊は、この世にお生まれになり弥陀の教えを説き明かして、諸々の衆生に 真実の往相の利益(りやく)を恵もうと思い計られたのである。このために如来の本願を説くことを、この経の本旨とし、仏の名号を、この経の根本とするのである。
なにをもって、釈尊が、この世にお出ましになった大事であるかということが 知られるかといえば・・・
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読下し古文
つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり。
それ真実の教を顕さぱ、すなはち『大無量寿経』これなり。この経の大意は、弥陀、誓を超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れんで選んで功徳の宝を施することを致す。釈迦、世に出興して、道教を光闡して群萌を拯ひ恵むに真実の利をもってせんと欲すなり。ここをもって如来の本願を説きて経の宗致とす、すなはち仏の名号をもって経の体とするなり。
なにをもってか出世の大事なりと知ることを得るとならば、
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【HP作成者感想】
二種回向の真実を説かれた親鸞聖人は、次に前回、教巻の、【読下し古文】でいいますと「
それ
真実の
教を
顕さぱ、すなはち『
大無量寿経』これなり。
」となっているところから始まる部分です。
この経の大意はとして、「阿弥陀仏はすぐれた誓をおこされて、(古文では「弥陀誓いを超発し)」のところです。ここで、ふと気になることは、『大無量寿経』に書かれている内容では、誓いを起されたのは法蔵菩薩ではないのかということです。だから、法蔵菩薩の本願成就とか、法蔵菩薩の建てられた本願とか、そういう風に、普通は言います。ところが、親鸞聖人がここでも、言っておられ、一般的にも本願のことをいうのに「弥陀の本願」と思わずいうことがあります。言った途端に「あれ、『大無量寿経』にも本願は法蔵菩薩が発(おこ)されたのに、どうして法蔵菩薩の本願と云わずに弥陀の本願と云っているのだろう」と、その瞬間に何となく思っている自分に気が付きます。ところが、また、そのすぐ後に、弥陀の本願という言葉が出てしまいます。たしかに法蔵菩薩は、修行の結果、覚りを開かれ阿弥陀仏になられたわけですので、阿弥陀仏と法蔵菩薩は、覚りを開かれているか、開かれていないのかは別として、名前が変わっているだけで同じだということになります。だから、法蔵菩薩が発(おこ)された本願は、阿弥陀仏が発(おこ)された本願ということにもなりますので、どちらも同じということになりますが、なぜ、親鸞聖人はここで、「弥陀、誓を超発し」と、あえて言っておられるのかということを、金子大栄師は、その著『教行信証講読』において問題提議されています。
師によれば、「本願」という、『大無量寿経』、および『教行信証』の根幹ともいうべき事柄を、「法蔵菩薩が発(おこ)された本願」とのみ表現することは、「HP作成者」の下世話な言葉でいえば、いささか名前負けしているということです。つまり、法蔵菩薩というわけですから、我々と同じ、いまだ、覚りを開いていない存在として、如何に法蔵菩薩が後に阿弥陀仏になられたとしても、菩薩の時点では、彼は単に非常に優れた人、スーパーマン、天才であっても、この人(菩薩)が誓いを発(おこ)されたといっても、浄土教徒は、まあ素晴らしいと感嘆するけれども、それだけで終わり、聖道門の修行者では、我々も法蔵菩薩に負けずに修業にいそしまねばと、奮発の材料にするぐらいに留まる。そのようなことでは、とても、私たちが真実根底から、更に言えば、未来永劫に救われる力(本願力)をもつ「本願」とは言えない。そのために、親鸞は、ここで「弥陀、誓を超発し」と、単に発(おこ)したのではなく、“超”という字をつけて、“超発”しということばで表現しておられる。そのことにおいて初めて『大無量寿経』が、真に私どもの救いを完成させる真実の教えであるということができる。このように金子大栄師は表現しておられます。 なるほど、私たちを真に未来永劫、救うことのできる「本願」とは、宇宙開闢以来、無限ともいえる(137億年?)年月の因と縁を重ねて、はじめて我々が今、ここに、このように存在していることになった根源、いわば真実の親の願いとしての“弥陀”超発の本願でなくてはならない。 単に二元的、対象的存在としての法蔵菩薩という、いわば我々と同じ立場の存在では、いかに彼が秀才、天才、スーパーマンであっても、その彼が発(おこ)した「本願」だけでは、われわれを未来永劫の救いに導く「本願」とはいえないということになるのではないでしょうか。ここで、ふと思いますことは歎異抄第四条で「今生に、いかに、いとをし、不便(ふびん)と思うとも存知のごとく、たすけがたければ、この慈悲始終なし(一貫しない)、しかれば念仏まうすのみぞ、すえとをりたる大慈悲心にて、さふらふべきと云々」という親鸞のことば、更には、歎異抄第2条で、「弥陀の本願には老少善悪のひとをえらばれず、ただ、信心を要とすとしるべし。そのゆへは、罪悪深重、煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にて、まします。しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆへに。」という同じく親鸞のことばの深い意味にも通ずるのではと思うのですがいかがでしょうか。
さて、ここで「弥陀が誓いを超発」されたあとの文章にうつりますが、広くすべてのひとびとのために法門の蔵を開き(広く法蔵を開き)、愚かな凡夫を哀れんで功徳の宝を選び施され(古文では「凡小を哀れんで選んで功徳の宝を施することを致す。」)となります。ここで、「法門の蔵(法蔵)」とは一体何か、「功徳の宝」とは何かということですが、先ず『教行信証講読』における金子大栄師は「ひろく法蔵を開き」とは、正しく本願の行相(ありさま)である、本願それ自らの展開である。これ即ち経文における四十八願である。四十八願の建立(こんりゅう)は広く法蔵を開けるものである。」といわれています。
次に「功徳の宝」とは何かですが、これについて、同じく金子師は「誓いを超発された弥陀、法蔵を開いた弥陀は、凡小を哀れむがゆえに、大いなるいのちである弥陀自身をお与えになる。しかし弥陀は凡小の我々にとって、この世ではない彼岸の存在である。従って、現実の我々の生命となるには、現実における弥陀自身、すなわち「如来の名号(南無阿弥陀仏)」を功徳の宝として我々凡小に施されるのだ。」とされています。すなわち、功徳の宝とは「如来の名号」ということになります。
安田理深師も『大無量寿経』の中にある、全ての諸仏が名号を称することを願う第十七の本願と、そのことを重ねて誓う『大無量寿経上巻』の中の『重誓偈(じゅうせいげ)』という偈文(詩文)の中に「衆のために法蔵を開いて広く功徳の宝を施(ほどこ)そう(爲衆開法蔵、広施功徳宝)」とあることから「功徳の宝」とは名号のことであろうとされています。
次いで、この文章では釈尊が登場します。『釈尊はこの世にお出ましになり、仏の教えを説いて人々を救い、まことの利益を恵みたいとお思いになったというものである。(古文は「釈迦世に出興して・・・・恵むに真実の利をもってせんと欲(おぼ)すなり」)』という部分です。すなわち、この文の前半で「弥陀は四十八願という法蔵を開いて、衆生に「功徳の宝」として名号(これは弥陀自身)を施そうとされた。そのことを、釈尊は、この世の私たち衆生に広く知らせ(光闡)て、まことの利益(りやく)を恵みたいと思われ、この世に生まれられたというものです。ここで「まことの利益(りやく)をめぐみたい」すなわち古文では「恵むに真実の利をもってせん」とは、どういうことを指しているのかということです。 安田理深師は、「まことの利益(真実の利)」とは「無上仏道の成就」ということだ」と述べています。それでは、このことは更にどういうことかということですが、最終的に「真実の利」とは「人間が人間自身に安んずるということが最後の答えである。」と述べておられます。まことに「私たち人間が、私たち人間自身に安んずる」こと以上「真実の利」はないのではないでしょうか。
次に、「如来の本願を説きて経の宗致とす・・・・仏の名号をもって経の体とするなり。」
この部分は、「HP作成者」としましては、次のような文章でも表されるのではないかと思います。すなわち「真実の親の願い(つまり本願)を説きて経(大無量寿経)のかなめとし、その願いの根源たる真実の親自体(すなわち名号)をもって経の本質(すなわち体)とする。」 ところで、以上の「HP作成者」の表現ですが、「HP作成者」によれば、本願とは、この私を宇宙開闢以来無数の縁起によって、私をして、ここにこうして在らしめた真実の親の願いであり、その願いの根源、すなわち、真実の親自身こそ、名号ではないかと思っているのですが、すこし不満足な点があります。それは上の「 」内の文章では、まず“本願”すなわち“真実の親の願い”が先にあり、その願いの根源、すなわち名号が後で出てくるという点です。普通ならば、私たちが、ここに、こうして、今、ある事の根源、真実の親、すなわち名号が先ずあって、その根源たる名号の願いが本願として、その後に述べられるべきであるのに、それが逆になっている点です。すなわち、私「HP作成者」の上の文章では、「親の願い」が先で「その願いのもとたる親自身があと」となり、なんだか無理をしている感があることです。しかし、曽我先生は『本願に先立って名号がある』といわれていると安田理深師が述べておられるのを見ますと、たとえ「親の願い」が先で「願いのもとたる親」の記述が後になっても、それは記述上のあとさきのことであって、曽我先生の言われるように、大無量寿経では「本願に先立って、名号がある」という厳然たる言葉によって、記述のあとさきは問題とならないのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。『教行信証講義』を著した山辺習学師が『大無量寿経』のどこを叩いても“名号”と出てくるといわれるのも、この事ではないかと思うところです。
以上、金子大栄師、安田理深師、山辺習学師の講述を参照させていただいた「HP作成者」ですが、以上の文は、あくまでも三師の講述を受取らせていただいた「HP作成者」の考えとして述べているものです。
今月は以上で終わります。
●今月の言葉(2019年6月)
『顕浄土真実教行証』教文類4
| 今月からいよいよ釈尊と阿難の登場です。そして、この部分こそ前回の最後の部分、現代語訳でいえば「なにをもって、釈尊が、この世にお出ましになった大事であるかということが
知られるかといえば・・・」というところです。すなわち、釈迦出世の本懐をあらわす文章ですが、「HP作成者」として、どのように受取らせていただいたかということを以下に述べさせていただきます。 |
【現代語訳】
『大無量寿経』で言われている。
「阿難が申し上げた。〈世尊(つまり釈尊)は今日、喜びに満ち溢れ、お姿も浄らかで、お顔も、ひときわ光を帯びて輝いておられます。これは、お姿も、まるで、鏡の表裏に暢(とお)るがごとく光り輝いておられます。今日のごとく、けだかく超えすぐれて尊い師の様子は、いまだかって、私(阿難)が拝見したことがありません。
今日、わが師は世尊として常と異なる、まことに奇特で尊い境地に住まわれておられます。
今日、わが師は世雄として、普等三昧の境地に入っておられ、悪魔や魔王に全く妨げられない雄々しい悟りの境地に住まわれておられます。
今日、わが師は世眼として、全ての衆生を真実の救いに導く導師となっておられます。
今日、わが師は世英として、最高の智慧の状態に居られます。
今日、わが師は天尊として、天中の天、すなわち第一義天として、如来の徳を行じておられます。
過去・未来・現在のどの仏も、仏と仏が相念じあっておられるということです。今、仰ぎ見る我が師釈尊も諸仏と念じあっておられないはずはありません。でなければこのように光り輝く姿を現じられるはずがありません。
そこで釈尊は阿難にお告げになった。〈天国の神々が、汝に、今のような質問をさせたのか。それとも、自らの優れた眼によって仏である私(釈尊)の光り輝く相を問うたのか。〉と。
そこで阿難は仏(釈尊)に申し上げた。〈天国の神々が私(阿難)のところに来て、私に質問させたのではありません。私(阿難)自身が、仏(釈尊)の光り輝く、お姿を驚きをもって仰いで、そのわけを問いたてまつったのです〉と。
仏(釈尊)が言われた。〈それは素晴らしいことだ。その問いを聞いて私は大変喜ばしく思う。そなたの深い智慧と妙なる言葉をもって、衆生を救おうと、この私の五つの瑞相を問うたのだ。如来は、この上ない大悲をもって、衆生の迷いの世界を哀れみ、その故に、この世にお出ましになったわけは、仏の教えを説き述べて、衆生のために真実根本の救いを恵もうとするものである。
このような、仏が世に出られるという事柄は、はかり知れない長い時を経ても、なお難しいことであって、それはまるで、咲くことが無限に稀な優曇華が咲くようのものである。だから、今のそなたの問いは、他を利益する上で、この上もない素晴らしいことであって一切の天人や、この娑婆の人々を利益(りやく)するものである。
阿難よ、よく知るがよい。如来のさとりは、この上なき尊い智慧をそなえており、人々を、かぎりなく導くものである。この智慧は、まことに自在であり、何ものにも妨げられないのだ。
|
読下し古文
『大無量寿経』(上)にのたまはく「〈今日世尊諸根悦予し姿色清浄にして、光顔巍々とましますこと、あきらかなる鏡の浄き影、表裏に暢るがごとし。威容顕曜にして超絶したまへること無量なり。いまだかつて瞻覩せず、殊妙なること今のごとくましますをば。やや、しかなり。大聖、わが心に念言すらく、今日世尊、奇特の法に住したまへり。今日世雄、仏の所住に住したまへり。今日世眼、導師の行に住したまへり。今日世英、最勝の道に住したまへり。今日天尊、如来の徳を行じたまへり。去来現の仏、仏と仏とあひ念じたまへり。いまの仏も諸仏を念じたまふことなきことを得んや。なんがゆゑぞ威神の光、光いまししかる〉と。ここに世尊、阿難に告げてのたまはく、〈諸天のなんぢを教へて来して仏に問はしむるや、みづから慧見をもって威顔を問へるや〉と。阿難、仏にまうさく、〈諸天の来りてわれを教ふるものあることなけん。みづから所見をもってこの義を問ひたてまつるならくのみ〉と。 仏ののたまはく、〈善いかな阿難、問へるところはなはだ快し。深き智慧真妙の弁才を発して、衆生を愍念せんとして、この慧義を問へり。如来無蓋の大悲をもって三界を矜哀したまふ。世に出興するゆゑは、道教を光闡して、群萌を拯ひ恵むに真実の利をもってせんと欲してなり。無量億劫に値ひがたく見たてまつりがたきこと、なほし霊瑞華の時ありて時にいまし出づるがごとし。いま問へるところは饒益するところ多し、一切の諸天・人民を開化す。阿難まさに知るべし、如来の正覚は、その智量りがたくして、導御したまふところ多し。慧見無礙にしてよく遏絶することなし〉」と。
|
【HP作成者感想】
『大無量寿経』には次のように説かれている。と親鸞は、その内容を引用します。
釈尊の常随の弟子である阿難が、今やまさに、多くの菩薩方を前にして、『大無量寿経』を説き述べようとされる釈尊の様子が、常と異なる光顔巍巍たる奇特の相を顕しておられるのに気がつきます。そこで阿難は師の釈尊に問いかけます。「世尊は今日、喜びに満ち溢れ、お姿も浄らかで、お顔も、ひときわ光を帯びて輝いておられます。お姿も、まるで、鏡の表裏に暢るがごとく光り輝いておられます。今日のごとく、けだかく超えすぐれて尊いありさまは、いまだかって、私(阿難)が拝見したことがありません。」
そして、さらに続けて
(1)「今日、わが師は常と異なる、まことに奇特で尊い境地に住まわれておられます。」
(2)「今日、わが師は世雄として、仏の住まう所に住しておられます。」
(3)「今日、わが師は世眼として、全ての衆生を真実の救いに導く導師となっておられます。」
(4)「今日、わが師は世英として、最も勝れた状態に居られます。」
(5)「今日、わが師は天尊として如来の徳を行じておられます。」
過去・未来・現在のどの仏も、仏と仏が相念じあっておられるということです。今、仰ぎ見る釈迦仏(世尊)も諸仏と念じあっておられないはずはありません。でなければこのように光り輝く姿を現じられるはずがありません。」
このような常と異なる釈尊の様子に気付いた阿難ですが、このことに関連して安田理深師は次のように述べておられます。「阿難は侍者(じしゃ)だから今日はじめて釈尊を仰いだわけではない。いつも見ていた。しかし、見れども見えず、聞けども聞かずという状態であったわけである。その阿難が、しかも初めて仏そのものを拝むことができた。そこに「今日」ということが大事な意味を持つ。仏を見るということは一面からいうと仏を見る眼が開いたこと。仏を見る眼が開かねば、仏でも人間に見える。仏の眼を開けば人間が仏に見える。ここに初めて仏を見た阿難があらわされている。」そして更に「
人間の眼で見れば、仏も人間に過ぎない。たゞ秀(すぐ)れた人というだけである。真に自己の一大事を解決して下さる如来に遇うたということが今あらわれている。そこに阿難と釈尊との対話を通して出世の大事ということがあらわしてある。 」 以上のように安田師は述べておられます。
たしかに阿難は他の弟子に比べて、仏道修行に疎(うと)く、凡夫の色合いの強い人物であったということです。その凡夫阿難が、今や耆闍崛山(ぎしゃくっせん)の会座で多くの菩薩衆を前にして『大無量寿経』を説き始めようとされる釈尊の表情に、いつもと違う、何かを感じます。凡夫阿難の眼と心には光顔巍々と表現される釈尊の表情が光り輝きます。『大無量寿経』を説き始めようとされる釈尊は、既に菩提樹の下で覚りを成就されている仏です。しかし、凡夫阿難の眼には、今まで釈尊は、偉大な人間にしか映らなかったわけでしょう。ところが、今、まさに大衆を前にして『大無量寿経』を説こうとされる釈尊の表情に光り輝く仏陀を見た。仏陀釈尊がこの世に出興された瞬間です。しかしこの仏陀釈尊の出興は、物理的にこの世に出興されたのでは勿論ありません。歴史世界へ社会的な出興でさえもないでしょう。ではどこに出興されたのか、これは、まさに阿難の心に、すなわち仏を求める阿難の菩提心に出興されたのです。弟子の中で仏道修行に最も凡庸な阿難に出興されたのです。そして、更に言うならば、凡庸な阿難だから仏が見えたのでしょう。阿難が世間的に賢く、ぬかりのない人間だったら、釈尊の光顔巍々の表情に別の理由を見てしまったかもしれません。例えば大衆を前にして興奮しているからだとか、血圧が高くなっているせいだとか(これは時代錯誤の冗談にしても)、なにか世間的な理由を考えるかもしれません。つまり、真実永遠の覚りを求めようとしている凡庸な阿難か、そのような架空な覚りを求める心はなく、この世を絶対と見るぬかりのない賢者であるかの違いではないでしょうか。
以上は、主に上記(1)の釈尊の奇特の相を見た阿難の様子の描写です。そしてこれは、釈尊の仏としての内面が外に顕れ出た様子に他なりません。その内面をも阿難は次に鋭く讃仰指摘します。これが(2)以下です。
まず、(2)では「世雄として、仏の住まう所に、いまや住しておられる釈尊です。」 この(2)について「普等三昧」の境地に入っておられることを指摘しているのは、教巻のこのあとに出てくる憬興師の『述文賛』においてです。「普等三昧」とは一体どのようなことなのでしょうか。まず、三昧といえば、仏教語大辞典では「なにものかに心を集中することによって心が安定した状態に入ることで禅定と同じ。」となっていますが、釈尊は多くの菩薩方が集まった会座で、今や『大無量寿経』を説き始めようとされているときですから、忙しくされている時で、こころも安定して静かだとはいえないでしょう。とても、型にはまった坐禅や瞑想にふけっている状態ではありません。たしかに心は『大無量寿経』を説かんとして、極度の集中をしておられるときであることは分かります。だから、釈尊がこのような極度の精神集中をしておられる状態を指して三昧の状態に居られるといっていいのだと思います。型にはまった坐禅や瞑想の状態ではないのです。それでは更に『普等三昧』という三昧は、どのような三昧なのでしょうか。これも、仏教語大辞典を参照しますと①「平等に一心不乱の境地」とか②「あまねく諸仏を同一時に等しく見る三昧」となっています。まず、①の「平等に一心不乱の境地」では、これは、人間普通の状態でもなりうるわけで、これでは、とても釈尊の内部から外へ自ずと鏡の清き影が光顔巍巍なる仏の光として阿難の眼に映ることはないでしょう。やはり次の②「あまねく諸仏を同一時に等しく見る三昧」としての「普等三昧」と見るべきでしょう。しかし、②の意味はなるほど読んで字のごとく私たちには受取れますが、結局仏の境地をあらわす事柄としてどういう意味なのでしょうか。「あまねく諸仏を同時に等しく(平等に)みる」とは如何なることか、これは一切が仏であるとみる三昧であると私(HP作成者)は受取らせていただきました。何だって?この有漏穢身である私を含む全ての衆生も仏であるっていえるのか?ということになりますが、安田理深師もいわれるごとく、仏の眼から見れば、三界のあらゆるものはみな仏、すべて大いなるいのち阿弥陀如来に摂取されている存在。仏の眼から見るとそうなるはずです。このような「普等三昧」の境地に居られるのが、今日の釈尊ではないでしょうか。こうなると悪魔であろうと魔王であろうと皆、阿弥陀仏の子として、私たちと同じ、ついでに申し上げると人間も宇宙に現れている魔物かもしれません。おそらく、他の人間以外の生き物はそのように見ているでしょう。だから、魔物に、もし出くわしても、避けることはない。魔物の方から「あら、なつかしや、こんにちわ、お互い同じ阿弥陀仏を親に持つ同じ町内会の子、何か私(魔物)でお役に立つことがあったら言ってください。」と笑顔で言うかもしれません。もっとも、魔物の笑顔というのはどんな笑顔か、具体的にはわかりませんが。
まあ冗談はこれぐらいにして、ここで思い出すのは歎異抄第七条「
念仏者は無礙の一道なり。そのいはれいかんとならば、信心の行者には天神・地祇(じぎ)も敬伏し、魔界・外道も障礙することなし。罪悪も業報を感ずることあたはず、諸善もをよぶことなきゆへに無礙の一道なりと、云々。」という親鸞聖人のメッセージが思い浮かびます。
次に(3) 世眼として「全ての衆生を真実の救いに導く導師」となっておられる釈尊です。安田理深師は、ご自身の『選集第15巻下』で簡潔な言葉で「世眼とは世間の眼ということ。世間の眼となって世間を導くということ。」と言っておられます。なるほど、如何に仏の真実が究極の救いを我々にもたらすといっても、我々衆生から、隔絶した別世界のことばで成り立っているのだとしたら、われわれ衆生とは遂に接点をもたぬまま、遠い彼方の救いになってしまうでしょう。究極の救いであればこそ、世間によく通ずる眼をもって、いや世間のあらゆる事柄の中に身を置いて我々衆生を導いておられるのが如来であってみれば、阿難が釈尊のなかに世眼を見たのは当然といえるのではないでしょうか。
更に(4)では世英(せよう)として「最勝の道に住し給えり」です。安田師は「最勝道とは『無上菩提』、無常菩提とは自ら成仏をかちとったということである。それからいえば、自利の面が主になる。」といわれています。 また、「無常菩提」とは無上最高のさとりということだそうですが、一方、最勝の道として、仏教語大辞典では「最も優れた智慧の境地」といわれています。無上最高のさとりの境地も最も優れた智慧の境地も仏として同じ意(こころ)をいっているわけでしょうから、要は世英とは、釈尊が無上仏として、この世に出興されたという阿難の受けとめであることに、変わりはありません。
最後に(5) の「今日天尊、如来の徳を行じたまへり。」です。安田師は「
④までは『世』、ここでは『天』、仏は人天(にんでん)を超えているので、仏を天というわけにはいかないが、この天は天中天、すなわち「第一義天」とである。」といわれています。 仏教語大辞典によれば「第一義天」とは仏を指すということですから。本文にありますように「今日天尊、如来の徳を行じたまへり」ということでいいのでしょうが、ここで「天」という字がでてきました。仏教では天の世界すなわち天界は精神のみの世界、すなわち天人や梵天、帝釈天など天の神様の世界ですが仏界には遠く及ばず、相変わらず煩悩の世界であって、決して仏の世界ではないということになっています。その「天」という字を使って「天尊」とはこれいかに、ということでしょう。しかし、安田師は、この場合の「天」は「天」中の「天」すなわち第一義天だというわけです。しかし、それでは、このことはどういうことでしょうか。やや飛躍した説明になりますが、天中の天とはいえば「天ぷら」中の「天ぷら」ということでしょうか。普通、「天ぷら」といえば、エビの天ぷらを例に挙げますと、エビは長さ約10cm程度のものを選び、皮をむいて、「卵1個」を「冷水」に溶いて、よく混ぜ合わせ200mlにしたものの中に「てんぷら粉110g」を入れ、ころもとして適当な状態にといて、180℃に熱した天ぷら油の中で約3分間揚げたもの、これは普通の天ぷらでしょう。ところが、ここまででしたら、天ぷらとして全然おいしくない。まだ食べていなののですから。すなわち普通理屈の上で天ぷらとして定義された天ぷらです。これが、天ぷら中の天ぷら、本当の天ぷらとなるには、この普通の天ぷらを、あつあつのご飯の上に置いて、適当な天ぷらつゆをかけて天丼として食べるとき、その微妙な味を味わうとき、その天ぷらは、本当の天ぷら、すなわち「天ぷら」中の「天ぷら」となるでしょう。すなわち、所定の材料を所定のレシピでいわば科学的に揚げただけでは、これはただ、理論上の天ぷらで、美味しくもなんともない。それが天丼としてご飯の上にのって、それを夢中で食べるときにはじめて本当の天ぷら、いわゆる天中の天となるわけでしょう。ことほど左様に、天人の世界は精神世界、理論だけの世界で真実の味も何もない定義だけの世界、いわば科学の世界です。科学の世界ですから、やたらと好奇心は旺盛ですが、その調べ尽くし、作り上げた結果は「あゝ、そんなもんですか」ということで、味わいも何もない世界です。「第一義天」とは、この天丼上におかれて、真の天ぷらとしての微妙な味わいをもつ天ぷら中の天ぷらの状態をさしたものでしょう。すなわち仏の世界です。だから、「天尊」は「天尊」でも如来の徳を行じ給える「天尊」です。
以上のように、阿難は、日頃、単なるすぐれた人としか見なかった釈尊に五つの瑞相すなわち「五徳瑞現」に感応することによって、釈尊の上に仏を見たわけでしょう。
そして、阿難の仏陀釈尊に対する讃嘆は、すぐ次に移ります。「過去・現在・未来の仏がたは、互いに念じあわれるとということでありますが、今、世尊もまた仏がたを念じておいでになるに違いありません。そうでなければ、なぜ世尊のお姿がこのように神々しく輝いておいでになるのでしょうか」。 これは一体、どういうことでしょうか。「過去・現在・未来の仏がたは、互いに念じあわれる」 とはどういうことなのでしょうか。しかし、これは、すぐわかります。すなわち、「互いに念じあわれる」とは一体何を念じあわれるのかということを考えれば、すぐに分かります。仏がたは何を念じあわれるのか、これはもう、分かりきっています。われわれ衆生の真実窮極の救済を念じあわれているのです。それ以外の、一体、何を念じあわれるというのでしょうか。難思の弘誓は難度海を度する大船、無礙の光明は無明の闇(あん)を破する恵日なり。難度海の波間をアップアップする我々衆生を度することが仏方が念じあわれる事柄の全てです。ならば、「過去・現在・未来の仏がたは、互いに念じあわれる」といういことの意味も、自ずと私たちにわかるでしょう。そして、「今の仏、すなわち、阿難の目の当たりにおられる仏陀釈尊も、仏である限り、われわれがここにこうして在るということの真実、すなわち我々衆生の真実窮極の救済を仏方と念じあわれているのです。そのことを阿難の菩提心は、すばやく感応して、「今、世尊もまた仏陀として仏がたを念じ、念じあわれているに違いありません」という言葉となります。
上のような阿難の言葉を聞いて、仏陀釈尊は阿難に問われます「諸天の神々が、汝にそのような質問をさせたのか、それとも、自らが感応し、自らの根源の智慧をもって仏の光顔巍々たる訳を問うたのか。」 阿難は答えます。「諸天の神々が、私に問わしめたのではありません。私自身が光り輝ける釈尊のご様子を拝見したところを、そのままお尋ねしたのです。」
釈尊は「諸天が阿難に問わせたのか」と先ず尋ねられます。諸天は肉体の欲望からははなれて、精神世界に住む者だといわれていますが、それだけに、精神的な好奇心は旺盛で、今日の釈尊の光顔巍々たる様子が気になって仕方がない。そのあたりが、天人がまだ煩悩の子であることを表しています。そこで、自分の知的な好奇心を満足させるために、阿難をそそのかして、釈尊に問わせたということも、あり得るのです。知的好奇心が旺盛な天人というのは、突飛な例えですが科学者に似ています。科学的探究というのも、肉体的欲望をはなれた、純粋に知的な好奇心からの精神生活とすると、この天人の好奇心の満足と似ているのではないでしょうか。
すべてに通じた仏陀釈尊は、まずこの点をおさえられます。すなわち阿難の問いは、諸天のせいなのか、それとも阿難がみずからの根源から問うたのかということを確かめられます。阿難の根源から出た問いであってこそ、初めて仏陀釈尊の出興を問い尋ねる、真実の宗教的問いといえるのではないでしょうか。それだけに、仏陀釈尊の出興は、阿難の根源に、仏の出興となって表れたのではないでしょうか。
阿難の問いは、まさに阿難の根源からでたものであること、そのことを、はっきりと確かめられた仏陀釈尊は「よろしい、阿難、そなたと問いこそ真実の問いである。」としたうえで、「如来が世に出興するゆえは、阿弥陀仏という、大いなるいのちの根源の仏を、この世の、すべての生きとし生ける者につたえ与えようとするもので、これは、三千年に一度しか遇えないという霊瑞華の開花に遇うようなものである、このように如来のさとりは、無限の智慧と、無限の能力と、無限の慈悲をともなうものであり、なにものにもさまたげられることなく、とどめられうことがないものである。」と、はじめて阿難に無限大悲の如来のすばらしさを詳しく伝えられたのです。
今月は以上で終わります。
●今月の言葉(2019年7月)
『顕浄土真実教行証』教文類5
| 次に親鸞聖人は、『大無量寿経』とは別に説かれている『無量寿如来会』、『仏説無量清浄平等覚経』および、『大無量寿経』の注釈書である、新羅の憬興(きょうごう)の『述文賛(じゅつもんさん)』を引用して、更に如来の世に出興された意義を究明されます。 |
【現代語訳】
◎ 『無量寿如来会』に言われている。
「阿難が仏である釈尊に、まさに申し上げるに、〈世尊よ、私は今日、類(たぐい)まれなる光を帯びて輝いておられる世尊の ご様子を拝見しましたので、この問いを奉ったのです。決して、天の神々の意向によってお尋ねしたのではありません。
世尊は阿難に、お告げになりました。「それはよいことだ。阿難よ、汝の問いは大変素晴らしい問いだ。如来の今日の出興の意味をよくわきまえて、問うてくれた。一切の正覚を成就した如来は、大悲のこころをもって迷える衆生を救う為に、優曇華の開花が稀有なる如く、この世に顕れたのである。汝はこのことを問うたのであり、また、生きとし生ける者を哀れんで、こころの安らぎを与える為に、如来である私(釈迦)に、この義を問うたのである。」
◎『平等覚経』に言われている。
「仏(釈尊)が阿難に告げて申された。〈世のなかに優曇鉢樹という樹があるが、ただ実のみが成って華は咲かない。この世に仏が現れることは、優曇華の華が咲くのが稀なように、仏に遇うことは、まことに稀なことである。しかし今、私(釈迦)は仏となってこの世に顕れた。若し汝に大きな徳があって、聡明で善い心をもって仏である私(釈迦)のこころを知ることができ、そのことを忘れないならば、仏の傍に仕えることができるであろう。汝が今問うたところについて、私が説くところをよく聞き、明らかに聞くがよい。〉」
◎新羅の憬興師が、その著『述文賛』で述べている。
今日、釈尊は、「世尊としていまだかってない尊い姿を顕しておられる」というのは、仏の無限の慈悲と、無限の智慧と、無限の能力が顕れ給うた姿であり、これは、ただ常と異なるというというのみではなく、この世において、この限りなき、お姿と等しきものがないが故であります。
「今日、釈尊は世の雄者として仏の住まう所に住しておられる」というのは一切の在りようが普く等しいという仏の三昧の境地におられるということで、これは全てのものが阿弥陀仏に摂取された一つの等しき存在であるが故に、多くの魔物や魔王さえも、阿弥陀仏に摂取されて普くひとつになってしまえば、悪魔が悪魔たりえない存在になっているからであります。
「今日、世眼すなわち、世間を照らす智慧の眼を持たれた釈尊は人々を導く徳を、お持ちになっている」というのは五眼(肉眼、天眼、法眼、慧眼、仏眼)の全てを持っておられる仏(釈尊)は全てを見そなわす仏眼によって現実の世間を見る眼すなわち肉眼、天眼も持っておられるわけで、そうであって、はじめて世間の人々を導く導師としての徳も備えておられるということになる。
「今日、釈尊は世英(せよう)として智慧最勝の道に住しておられる」とは仏の四種の智慧の世界に住しておられるということで、これは仏として、唯一比べることができない存在であるからである。
「今日、天尊として如来の徳を行じておられる。」
仏教で天はやはり煩悩の世界である。しかし天は天でも第一義天は第一義すなわち真如仏性をさとる故に仏性不空、すなわち常住の如来の徳を行じておられるということになる。「阿難よ当(まさ)に如来の正覚を知る」とは、釈尊が仏としてのこの世に出現されたということであり、「慧見無礙」というのは、障りなき仏の智慧ということであり、「無能遏絶」というのは、障碍するものなきことで、すなわち如来の徳をあらわすものである。
したがって、これらの文は、釈尊が説かれた『大無量寿経』が真実の教えであることを明らかに証する根拠である。まことに、これは如来が世に顕れて説かれた正しいおしえであり、稀有なる最も勝れた仏の経であり、必ず、一切の衆生を悉く仏の覚りに至らせる究極の教えであり、これを読む人々を速やかに、浄土に至らせる金言であり、全ての仏がたが称賛されるまことの言葉であり、まことに今日の時機相応の真実の教えであることを知るべきである。
|
【読下し古文】
『 無量寿如来会』(上)にのたまはく、「阿難
、仏にまうしてまうさく、〈世尊、われ如来の光瑞希有なるを見たてまつるがゆゑにこの念を発せり。天等によるにあらず〉と。仏、
阿難に告げたまはく、〈善いかな善いかな、なんぢいま快く問へり。よく微妙の弁才を観察して、よく如来に如是の義を問ひたてまつれり。なんぢ一切如来・応・正等覚および大悲に安住して群生を利益せんがために、優曇華の希有なるがごとくして大士、世間に出現したまへり。ゆゑにこの義を
問ひたてまつる。またもろもろの有
情を哀愍し利楽せんがためのゆゑに、よく如
来に如是の義を問ひたてまつれり〉」と。(以上)
『平等覚経』(一)にのたまはく、「仏、阿難に告げたまはく、〈世間に優曇鉢樹あり、ただ実ありて華あることなし。天下に仏まします、いまし華の出づるがごとくならくのみ。世間に仏ましませども、はなはだ値ふことを得ること難し。いまわれ仏になりて天下に出でたり。若し大徳ありて、聡明善心にして仏意を知るによって、若し忘れずば、仏辺にありて仏に侍えたてまつるなり。若今問えるところ、普く聴き、諦かに聴け」と(以上)
憬興師のいはく(述文賛)、「〈今日世尊住奇特法〉といふは、神通輪によりて現じたまふところの相なり。ただつねに異なるのみにあらず。また等しきものなきがゆゑに。〈今日世雄住仏所住〉といふは、普等三眛に住して、よく衆魔雄健天を制するがゆゑに。〈今日世眼住導師行〉といふは、五眼を導師の行と名づく。衆生を引導するに過上なきがゆゑに。〈今日世英住
最勝道〉といふは、仏、
四智に住したまふ。独り秀でたまへること、匹しきことなきがゆゑに。〈今日天尊行如来徳〉といふは、すなはち第一義天なり。
仏性不空の義をもつてのゆゑに。〈阿難当知如来正覚〉といふは、すなはち奇
特の法なり。〈慧見無礙〉といふは、最勝の道を述するなり。〈無能遏絶〉といふは、すなはち如
来の徳なり」と。(以上)
◎ しかればすなはち、これ 真実の教を顕す明証なり。まことにこれ、如
来興世の正説、奇特最勝の妙典、一乗究竟の極説、速疾円融の金言、十方称讃の誠言、時機純熟の真教なりと、知るべしと。
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【HP作成者感想】
『教行信証』は親鸞聖人の信心の表白書であるとともに、天下に、釈尊にはじまり、七高僧に学び、自己の信ずるところの浄土の教えが真宗すなわち『浄土真宗』であることを宣言された書です。そのために多くの経典を引用して、自らの信心を表白されています。そして、その信心の基盤は『大無量寿経』であります。従って『教行信証』を著すにあたって、まず、『大無量寿経』が真実の教であることを、何を置いても、この『教巻』において示されたのでしょう。
そこで、『大無量寿経』の大綱を表す「往相」「還相」の二種の如来回向を示すとともに、自らの筆で、先ず、この経の大意として「阿弥陀仏の本願」と仏陀釈尊のこの世への出興を説かれ、更に、この経の根源の願いが本願であり、その願いの根源そのものが名号であることを示されます。そして、いよいよ『大無量寿経』を説き始めようとされる釈尊の光り輝く瑞相に阿難が仏陀釈尊を瑞見する『大無量寿経』の一節、更に、この『大無量寿経』とは別途漢訳された『無量寿如来会』と『平等覚経』、また、注釈書として新羅の憬興師が著した『述文賛』も添えて、仏陀釈尊がこの世に出興されたことが間違いのないことだということを親鸞聖人はあらためて顕示されれます。この中の『無量寿如来会』と『平等覚経』は各々現代語訳と古文によって味わっていただくことにし、また憬興師の『述文賛』による註釈部分は、すでに前回『大無量寿経』を『述文賛』の記述によって味あわせていただきましたので、ここではいずれも省略いたします。ただ『平等覚経』からの漢文の引文の中で資料によって(1)、(2)の二種類の違いがあります。
(1)「今我作仏出於天下 若有大徳聡明善心 縁知仏意 若不忘在仏辺侍仏也」
(2)「今我作仏出於天下 若有大徳聡明善心 豫知仏意 若不忘在仏辺侍仏也」
(1)と(2)のちがい一つは(1)の文中の「縁知仏意」と(2)の「豫知仏意」です。
そして、もうひとつの違いは(1)では「若」の字を「若し」すなわち「もし」と読んでいるのに対して、(2)では「若」の字を、「若ジ」として「なんじ」と読んでいるところです。そうしますと
(1)では和文に直すと「今、我、仏と作(な)りて天下(てんげ)に出でたり。若し大徳ありて、聡明善心にして仏意を知るに縁(よ)って、若し忘れずば、仏辺にありて仏に侍(つか)えたてまつるなり。」となるのに対して
(2)を和文に直すと「今、我、仏と作(な)りて天下(てんげ)に出でたり。若(なんじ)大徳ありて、聡明善心にして豫(あらかじ)め仏意を知る。若(なんじ)忘れず仏辺にありて仏に侍(つか)えたてまつるなり。」となります。
これらの訳について、(1)では「若し」を連発し、そのことに縁(よ)って、仏意を知り、仏辺に侍することになり、阿難は普通の平凡な人間であるということが表現されます。
しかし(2)では阿難には大徳が以前から備わっていて、そのことによって豫(あらかじめ)仏意を知ることができた。阿難はそれを、いつも忘れず、仏辺に侍する存在であるということになり。阿難は一種の聖者に近い存在となります。
どちらの解釈が妥当だということは容易にはいえませんが、(2)の方ですと、阿難は、はじめから既に聖者に近かったがたがために、釈尊が仏陀としてこの世に出興されるということが、あらかじめ、わかっていたかのように受取れますし、(1)ですと、阿難は比較的私たちに近い平凡な人間で、釈尊が仏として瑞現されたことが、まさに阿難にとって青天霹靂のことであったということになります。しかし、そうであっても、光り輝く、仏陀釈尊の出現に阿難は見事に感応できたということになります。
ちなみに、この部分、東本願寺発行の『真宗聖典』初版第6刷の和訳ではほぼ(1)が採用され、西本願寺発行の『真宗聖典』第二版第3刷の和訳では(2)が採用されています。また、『真宗聖教全書』では最初の「若」には、送り仮名はなく、次の「若」には「シ」という送り仮名がついていますので「もし」と読むべきでしょう。送り仮名がない最初の「若」は「なんじ」と読むか「もし」と読むかは読者の判断に委ねられるのでしょうか。また、他の親鸞聖人の書かれた文章では「若」がどのように読まれているかを調べて判断することになるのでしょうか。
以上のことは、ともかく『無量寿如来会』、『平等覚経』そして、註釈書としてここに引用されている憬興師の『述文賛』など、いずれの場合も、釈尊が仏として世に出興されたことを物語っているわけで、このことが『教巻』最後の、これらの引文が『大無量寿経』が真実の教を顕す明証であると親鸞聖人が述べられている結論につながります。
◎ いよいよ、『教巻』最後の結論の部分です。親鸞聖人は釈尊のさとりの内容であり、自らの著『顕浄土真実教行証文類』の基盤である『大無量寿経』こそ真実の教であることを、まず、この『教巻』の最後にしっかりと宣言されています。文章全体は、今回までの古文および、その現代語訳でお読みいただくことにして、ここで、我々として何を置いても、自らの中で、自問自答し、しっかりと納得しておかねばならないことがあります。それは何かといえば、この『大無量寿経』で阿難が感得した「五徳瑞現」たる仏陀釈尊、そして、引文である、『無量寿如来会』および『平等覚経』が、唯一説いている事柄、すなわち「仏陀釈尊」の、この世への出現、これをもって『大無量寿経』が真実の教であることの明証であると親鸞聖人がいわれていることを、ほんとうにすんなりと納得できるかということです。その理由はどこにあるかといいますと、我々現代人は親鸞聖人が「明証」とされていることがらを、いわゆる実証的な、いわば科学的な「証拠」であると考えているからではないでしょうか。私は、この「明証」という言葉の意味を、即に実証的な「証拠」といった意味にとることは間違っていると思います。我々現代人はそのように実証的な意味として「明証」という言葉を考えてしまうから、容易に、この部分が納得できないのではないかと思うのです。以前の私の場合も、そうでした。ところが、仏教語大辞典でも「証」という字の意味の第一には『さとること』そして、『明らかにすること』となっています。「証拠」という意味も仏教語大辞典では『事実によって証明すること』となっていると共に『明らかに示すこと』として、いたずらに物理的な事実云々をいわない解釈がなされています。したがって、物理的事実や実証ということを持ち出すことは明らかな間違いです。では、どのように、この「明証」ということばを受取るかです。私はこれを、聖徳太子の有名な言葉、「世間虚仮、唯仏是真」という言葉から、考えてみたいと思います。
「世間虚仮、唯仏是真」、少なくとも仏教徒であれば、この聖徳太子の言葉は真実としていただくべきでしょう。
さて、『大無量寿経』における「五徳瑞現」を顕す釈尊、そして『無量寿如来会』と『平等覚経』のこの部分における釈尊の仏陀としてのこの世への出現、すべて、仏として、この世に顕れた仏陀釈尊を唯一表現しているのです。この場合、釈尊は、いうまでもなく如来として、すなわち阿弥陀如来として、この世に顕れておられるのです。その釈尊がこれから説かれようとする『大無量寿経』。それが真実でない筈がありません。「唯仏是真」なのです。これが親鸞聖人のいわれる「明証」です。これだけで十分です。まことの『明証』です。ここには、親鸞聖人のいわれる「明証」を実証的、科学的証拠などと受取らねばならない余地は全くありません。
余談になりますが、このようなことは「世間虚仮」だとするから言えるのでしょうか。いや、そうではありません。『世間虚仮』は大変重要な言葉です。何故でしょうか、これは『世間虚仮』ということがあるから『唯仏是真』という言葉が成り立つのではないでしょうか。『世間』が『虚仮』でなかったら、『唯仏是真』だけで『唯仏是真』になるはずがありません。『世間虚仮』は大変、大切で肯定すべきことばです。つまり、青信号だけで、黄や赤の信号色がなければ、「青」は「青信号」たりえないからです。ちょっと、脇道に逸(そ)れかけましたが、今月は以上で終わります。
●今月の言葉(2019年8月)
『顕浄土真実教行証』信文類序
| 今月から『信巻』に入ります。『教巻』の次の『行巻』を差し置いて、なぜ『信巻』に入るのか、不審に思われる方があると思います。ここで申し上げておくべきは、『行巻』を差し置いて、『信巻』に先に入ることについて、何か固い信念があるわけではありません。親鸞聖人の御消息にも「信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候。また一向名号をとなふとも、信心あさくば往生しがたく候。」とあり、信心と称名が相伴ってこそ、真実往生の果が成就されるものと思っています。それでは何故『行巻』より先に『信巻』に入るのか。それは、本日の読み進めさせていただく『信文類序』に続いて読む『信巻』の本文の冒頭の【HP作成者感想】のところで述べさせていただきます。 |
【現代語訳】
◎ 顕浄土真実信文類序
よくよく考えてみれば、他力の信心をいただくことは、阿弥陀如来が私にかけられた大悲心によって選びとられた本願のはたらきにより起るのである。そして、真実信心を、広く開き顕わされたのは、私たち衆生を深く哀れんだ大聖釈尊のすぐれたお導きによることは明らかである。
ところが、この末法の時代の出家や在家の者、近ごろの各宗の師ともいうべき人々は「自らの心以外になにものもなく、自らの根源である仏性を磨く以外に衆生が救われる道は無いという思いに捉われて、浄土真実の他力の教えを貶(けな)し、自らの力に因る修業や持戒、あるいは善行を積むことによって、悟りに至ろうとする自力にとらわれて、如来回向の金剛の信心ということに気付かない。
ここに愚禿釈の親鸞は、釈迦・弥陀の真実の教えに信順し、更には七高僧をはじめ多くの祖師がたのお示しを熟読玩味した。そして三経(大無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経)の輝ける光を蒙り、更には、特に天親菩薩が説かれた一心の華文である『浄土論』を開き見て、この『信巻』において、ひとまず考えるところの疑問を示し、それについて経論釈による明証を提示して、その義と理とでもって、論証の決着をしている。
このことについて、まことに深い仏ご恩を思って、世の人々のあざけりに恥じるところは全く無い。清らかな浄土を願う人びとよ、娑婆世界の不条理を厭(いと)う人々よ、この書を見て、これに取捨を加えることがあろうとも、真実を述べるこれらの文を謗るようなことがあってはならない。
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【読下し古文】
顕浄土真実教行証文類序
愚禿釈親鸞集
それおもんみれば、信楽を
獲得することは、如来選択の願心より発起
す。真心
を開闡することは、大聖(釈尊) 矜哀の善巧より顕彰せり。
しかるに末代の道俗、近世の宗師、自性唯心に沈みて浄土の真証を貶す、定散の自心に迷ひて金剛の真信に昏し。
ここに愚禿釈の親鸞、諸仏如来の真説に信順して、論家・釈家の宗義を披閲す。広く三経の光沢を蒙りて、ことに一心の華文を開く。しばらく疑
問を至してつひに明証を出す。まことに仏恩の深重なるを念じて、人倫の哢言を恥ぢず。浄邦を欣ふ徒衆、穢域を厭ふ庶類、取捨を加ふといへども毀謗を生ずることなかれとなり。
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【HP作成者感想】
『信巻』の序で親鸞聖人が先ず述べておられるのは「他力の信心を獲ることです。」、『現代語訳』では、この「信心」は「他力の信心をいただくことは、阿弥陀如来が私にかけられた大悲心によって選びとられた本願のはたらきにより起るのである。」となっています。これこそ『信巻』の主要命題です。信巻は、この「他力の信心」に対する。聖人の己証とそれに対する経・論・釈の引証から成っています。それにしても「他力の信の世界」とは、これほど親鸞浄土教の根本原理でありながら、この信心を獲ることは「往き易くして人無し」というごとく、それを求める人には至難の業であるといわれています。、たしかに多くの人々が「信心というものは自らの力で求められるものではない、只々、如来のお心にお任せするばかりだ。」といわれます。それにしても、これは、あまりにも無気力で消極的な「信」の表白ではないでしょうか。あまりにも、「信心」を、なんとか得たい、なんとか獲たいと「信心」「信心」と思い詰めすぎて、結局得られなかったという実感が、このような無気力で、消極的な表白をさせるのでしょうか。なるほど、「お任せするしかない」というのも他力迴向のひとつの表現かもしれませんが、しかし、任せる、、任せないという前に、もともと、我々衆生は、既に生まれた時から他力の掌中にあるのではないでしょうか。小さなところでは、「生れること自体」、更には「一挙手一投足」、もっといえば「一念一念の心の起滅」自体が、大いなる他力の中の、他力による動きであり、更に大きなところでは、この大気圏、水圏、更には大きな宇宙のはたらき、一つとして、衆生が作り出したものではない、全ては大いなるいのちに生かされ、育まれている存在、それが衆生であるといっていいのであり、その根本をたずねれば、それは、すべてのいのち、更には全ての存在を育み、その根底にある大いなるいのちであり、私たちは、それら大いなるいのちに一瞬一瞬、生かされているということに、気づいていないからではないでしょうか。例えば、魚は水の中にいます。我々も大気の中で生きていますが、これは、あまりにも当たり前のことなので、それによって生かされているということに気が付かない。このように、一瞬一瞬にはたらき、且つ生涯働き続けている大いなるいのち、この中に摂取されてい一体となって生きている自分、このことに気づくことが信心ということではないでしょうか。『大無量寿経』ができた時代には、この大いなるいのちを釈尊と仰ぎ、「阿弥陀仏」と名付けたのではないでしょうか。そして、この全ての群生の真実の親ともいえる根源の親の誓願が「弥陀の本願」であり、それを表現したのが釈尊の教説としての『大無量寿経』ではないでしょうか。『信巻』序文の最初の言葉は、このことを「他力の信心をいただくことは、阿弥陀如来が私にかけられた大悲心によって選びとられた本願のはたらきにより起るのである。そして、真実信心を、広くひらき顕わされたのは、私たち衆生を深く哀れんだ大聖釈尊のすぐれたお導きによることは明らかである。」と表現しています。
次に注目されるのは、その次の『現代語訳』の文章、 「ところが、この末法の時代の出家や在家の者、近ごろの各宗の師ともいうべき人々は「自らの心以外になにものもなく、自らの根源である仏性を磨く以外に衆生が救われる道は無いという聖道門の教えに捉われて、浄土真実の他力の教えを貶(けな)し、自らの力に因る修業や持戒、あるいは善行を積むことによって、悟りに至ろうとする自力にとらわれて、如来回向の金剛の信心ということに気付かない。」というところです。ここで「聖道門の教えに捉われて」というところ、すなわち下の『読下し古文』では「自称唯心に沈みて」というところです。ここのところを、我々は簡単に「自性唯心は聖道門の教えだから駄目なのだ」と軽く片付けて読み進める傾向がありますが、これは、そんなに簡単に片付けられる問題でしょうか。親鸞聖人の時代まで、或いは現代にいたるまでも、連綿と説き続けられている聖道門仏教をあまりにも軽く考えすぎているのではないでしょうか。特にこの自性唯心の部分をある現代語訳では“自らの心をみがいて、さとりを開くという聖道門の教えにとらわれて、西方浄土の往生を願うことを貶し」としていますが、この訳では、いかにも「深い伝統を持つ聖道門の教えを真実批判できているとはいえず、さらには“西方浄土の往生を願うことを貶し”などと、教行信証の元の文にも書いてないようなことを付け加えることは、せっかくの親鸞浄土教の真実の教えを、かえって単なる方便の教えにしてしまうのではないでしょうか」。また、近代の真宗の碩学、山辺習学・赤沼智善両師の共著書『教行信証講義』では、この自性唯心について次のように定義しています。
○ われらの心には先天的に仏性を具えている。仏となられた阿弥陀仏も、この仏性の外(ほか)はない。又、われらの此のこゝろの外(ほか)に別に浄土があるのではない。この心が悟れば浄土が顕れる。
このように「自性唯心」を定義し、山辺・赤沼師の『教行信証講義』では、この聖道門の教えの特徴を親鸞聖人は「自性唯心」として破斥(はしゃく)されたとしています。しかし、親鸞聖人は単純にここで「仏性」について単純に破斥(はしゃく)されたでしょうか、親鸞聖人の浄土和讃にも「信心よろこぶその人を 如来と等しと説きたまふ 大信心は仏性なり 仏性すなはち如来なり」とあり、この和讃は華厳経と涅槃経からとられたもので、これはいうまでもありませんが、「仏性」という事柄自体は、仏教の根底をあらわす言葉であり、親鸞聖人の「仏性」に対するお考えも上の和讃にあるとおりであります。
ただ、ここで聖道門ではこの「仏性を磨くという事柄を自らの修業や持戒によって完成させようとするのです。」このことが、聖道門と親鸞浄土教との間に大きな違いがあり、親鸞聖人はここについて、末代の道俗や近世の宗師が「自性唯心」の殻に閉じこもって、頑強に法然・親鸞浄土教が信心をとおして真実のさとりへの近道であることを認めようとしないことを、この部分んで論じておられるのではないでしょうか。
すなわち、法然聖人も親鸞聖人も、比叡山における厳しい修業(法然約30年、親鸞約20年)の中で悟りを求めたが、遂に得ることができず、懊悩の末、法然は善導の『観経疏 散善義』の中に「一心に弥陀の名号を専念して、行住座臥、時節の久近を問わず、念々に捨てざるをば、これを“正定の業”と名づく、かの仏願に順ずるがゆえに。」という専修念仏の教えに遇い、心眼を開き、また親鸞は、その法然の専修念仏に帰依することによって、他力迴向の弥陀の本願に目ざめ、聖道門の自力修道よりも、大いなるいのちのそのものである阿弥陀仏の大慈大悲に摂取された他力迴向の教えが、多くの民衆が救われる真実の道であることに眼を開くことが出来た。すなわち、千日回峰行や常行念仏など、厳しい修業を成就できる者はほんの一部の人であり、また、生死の境を彷徨うような厳しい修業の中で、一時的に煩悩を断絶した悟りの境地が得られたように思えても、また、通常の生活に還れば、もとの煩悩の世界にたちもどるのが悲しくも多くの衆生の性(さが)ではないかと私自身は思うのですが、いかがでしょうか。それよりも、すでに法蔵菩薩として厳しい修業を成就され、その結果、すでに十劫の昔に成仏され、大いなるいのちの根源になられた阿弥陀仏の本願に我々は全て摂取されていると信ずる他力迴向の浄土教の真実を受け付けず、いたずらに、自らの自力修道に固執して、法然・親鸞浄土教を貶すばかりの聖道門の僧俗や、その指導者である宗師に警鐘を与えておられるのが、この部分、すなわち、上記読下し文「末代の道俗、近世の宗師、自性唯心に沈みて浄土の真証を貶す。」というところだと思います。
さらに次の「定散の自心に迷ひて金剛の真信に昏し。」というところも、同じで、これは、浄土門と自称する人々にも見られるところで、成仏を目当てに造寺、造塔の善行や観仏三昧にふけったり、念仏成仏ということで、平素の平静にして絶えざる念仏行ではなく、いたずらに一時的熱狂的念仏に耽ったりして、束の間の悟りの境地を得たとする人々で、熱狂や三昧が終わってみれば、普通の煩悩の人に還っているという、一時的な宗教体験、いや一種の熱狂体験を繰り返して、真実の平静かつ永続的な金剛の信心、平生業成の世界に入れない人々のことを指しているのではないでしょうか。親鸞聖人は、このあたりのことを鋭く衝いて批判しておられるのではないでしょうか。
このあとは、上の「現代語訳」および「読下し文」をお読みになればいいと思いますが、その中で、現代語訳「とくに、一心をあらわされた『浄土論』の、ご文をひらく。ひとまず疑問を設け、最後にそれを証された文を示そう。」のところは、大無量寿経の四十八願の中で、法然上人が「王本願」とも尊ばれた、念仏往生の第十八願では、至心・信楽・欲生の三心に基づいて、乃至十念すれば往生できるとされているといわれているが、天親菩薩の『浄土論』では「世尊我一心
帰命盡十方無碍光如来 願生安楽国」と、往生の要件が第十八願の「三心」に対して、『浄土論』では「一心」となっていることに対する「問題提議」と、それに対する親鸞聖人の思索と、経・論・釈からの引文による「証し」の部文で、これを「三心一心問答」といいます。これは、このあと、その部分を読み進めるようになったときに、十分味あわせていただくことにしたいと思います。
最後に、これら「三心一心問答」もふくめ、仏恩の深さへの讃嘆と報恩をもって『信巻』の論述を進められるにあたり、①たとえそれを貶(けな)す人があっても、「人々のあざけりを恥じようとは思わない。」と述べ、さらには、②「清らかな浄土を願う人びとよ、娑婆世界の不条理を厭(いと)う人々よ、この書を見て、これに取捨を加えることがあろうとも、真実を述べるこれらの文を謗るようなことがあってはならない。」と決然と宣言されています。①において、親鸞聖人が「人々のあざけりを恥じようとは思わない」と述べられた理由は、「自分がこの『教行信証』を世に出す所以は、すべて真実の仏の教えを伝える為であるが故に、それに対する人々のあざけりが、もしあっても、それは仏の真説をあざけることになるのだから、あざけること自体が、間違っており、私自身は何ら、恥るところはないという、最高の自負ともいえることばです。これは、キリスト教においても、使徒パウロがローマ人への手紙の中で「我は福音を恥とせず」と述べていることばを彷彿させます。東洋と西洋の違いがあっても、どちらも、真実の宗教者としての、微妙な心境と、強い信念にもとづく言葉だと思います。 また、序文の最後に、親鸞聖人が述べておられる、「たとえ、この教行信証を読む人の中で、この文に取捨を加えることがあっても、真実を述べるこれらの文を謗ってはならない」としているのも①の場合と全く同じで、私がこの『信巻』ひいては『教行信証』において述べるのは、心から無限に深い仏の恩徳をおもってのことであるから、私はここに多くの経・論・釈からの引証の文を挙げたが、これらの文に更に付け加える文があったり、不要とする文がもしあると考えたならば、それらを取捨することは、いとはないが、それらはすべて仏祖の言葉である故に、それらを謗ることは謗法にも値することで、そのようなことは決してあってはならない。」と決然と宣言されています。思いめぐらせば、これも、善導大師が『観経疏 散善義』の最後に述べている、この『観経疏』は「古今楷定(ここんかいじょう)の書である、すなわち、古今の諸師の『観経』の解釈を改める基準の書である。」として、その正否を三世の諸仏、釈迦仏、阿弥陀仏等に念じたところ、夢に、この『観経疏』がまさしく「古今楷定」の書であるとして仏が顕れ、それを証されたとし、これによって善導は「この義すでに証を請いて定めをはりぬ。一句一字加減すべからず。写さんと欲するものは、もっぱら経法のごとくすべし、知るべし」と記されている事績が思い出されます。親鸞聖人のこの序文の結びである②のことばを読むにつけ、この善導の言葉が思い起こされるところであります。
今月は以上で終わります。
●今月の言葉(2019年9月)
『顕浄土真実教行証』信文類本文1
【現代語訳】
◎ 顕浄土真実信文類 本文1
つつしんで衆生を浄土に往生させる如来のはたらきを考えると、大信ということがある。大信心は①生死を超えた無量の命を得る不思議な法であり、②浄土往生を信楽し、煩悩渦巻く娑婆世界を厭う勝れた道であり、③阿弥陀仏が選び取られた本願のこころであり、④仏の利他力によって与えられた深く広い信心であり、⑤金剛のように堅く、如何なることがあっても破壊されない仏の真実の心であり、⑥この世が絶対という思いを捨てることができなければ、信心とは縁なく、したがって浄土へ往生できる人も皆無であるが、信心があれば、まことに易しい往生浄土への浄らかな道であり、⑦常に如来に摂取され、守られていることを、ひとえに頂けている一心であり、⑧娑婆に心を奪われている人々の中では稀有であるが、信を恵まれた人には、たぐいまれなすぐれた大信心であり、⑨唯一世間絶対のこころの人には得ることは難いが、この大信心があれば浄土へはいち早く往けるこころであり、⑩往生浄土が如実であることを示す因となるこころであり、⑪自力の修業では得られない極速で横ざまに困難を潜り抜ける往生への道であり、⑫一切の真実の水を湛えた大いなる海のようなこゝろである。
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【読下し古文】
至心信楽の願 正定聚の機
顕浄土真実信文類 (本文)
愚禿釈親鸞集
つつしんで往相の回向を案ずるに、大信あり。大信心は、すなはちこれ長生不死の神方、欣浄厭穢の妙術、選択回向の直心、利他深広の信楽、金剛不壊の真心、易往無人の浄信、心光摂護の一心、希有最勝の大信、世間難信の捷径、証大涅槃の真因、極速円融の白道、真如一実の信海なり。
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【HP作成者感想】
◎ 至心信楽の願 正定聚の機
いよいよ「信巻本文」はじめの標挙 「至心信楽の願 正定聚の機」の部分の読解に入りました。 まず「至心信楽の願」ですが、これは、大無量寿経の初めにある四十八願の内の第十八願を指します。第十八願はこのほかにも「念仏往生の願」、「選択本願」、「本願三心の願」、「往相信心の願」などと呼ばれていますが、この「信巻」と関連して第十八願を顕すには「至心信楽の願」という呼び方が最もふさわしいでしょう。浄土真宗の僧 梯実円師の解説によれば『「至心信楽」の意味合いは私(如来)の真実なる誓願を信楽(疑いなく受容)しなさいとおすすめになる仏の誓願の内容としての至心信楽であって、凡夫の自力の心ではありません』ということになります。ことほど左様に親鸞浄土教においては、如来の回向、すなわち他力のはたらきが全てであるということであり、同時に、このことが親鸞浄土教全体をつらぬく思想であり、当然、「信巻」全体をつらぬく思想でもあります。
次に「正定聚の機」です。「正定聚」という言葉の意味は弥勒菩薩と同じく、やがて浄土に生まれて仏となる仏弟子であるということであります。そこで、右の青色リンクに親鸞聖人の手紙を集めた『末燈鈔(まっとうしょう)』の第三書簡を掲載させていただきました。この書簡の文章ほど、親鸞聖人の「正定聚」ということがらについての明確で、強いメッセージは他に見られないものだと思われます。ぜひ味読していただければと思う次第です。
「正定聚」という仏弟子の在り方としては、上の「末燈鈔 第三書簡」の親鸞の思いを受け継いだ覚如の子息、存覚が著した『六要鈔』に次のような文章があります。「正定聚の機といふは、是れ至心信楽の行人(ぎょうにん)、すなわち摂取不捨の益(やく)を蒙(こうむ)るが故に、現に生死と流れを分つ義を明かす也」。 ここには正定聚の機、すなわち正定聚の信心をいただいた人は、至心信楽の行人だというのです。ここで“至心信楽の行人”とは何を意味する人なのでしょうか、これは、いうまでもなく信心をいただくと同時に称名念仏の行を営む人なのです。すなわち真実の信心にはかならず称名念仏が伴うということです。これは、前回のまとめでも申し上げた末燈鈔第十二書簡の親鸞のことば「信心ありとも、名号を称えざらんは詮なく候。また、一向、名号となふとも信心浅くば往生しがたく候」という言葉に符合します。この「信心には、かならず称名念仏が伴う」という親鸞浄土教の立場は、禅のさとりには必ず坐禅がともなうということと同じことでしょう。すなわち、坐禅のない禅のさとりはないのと同じように、称名念仏のない親鸞浄土教はあり得ないということでもあります。すなわち、称名念仏は、坐禅やそれに伴う厳しい修業を伴う禅のさとり、あるいは、厳しい修業なしにさとりは考えられないとする聖道門仏教と違って、日々の、生きることに精一杯の生活に追われて、とても、長期間の厳しい修業はできない一般の人々も、何時でも、誰でも、何処でも、ただ口で「南無阿弥陀仏」ととなえるという、いわば最も容易な宗教的行為ではありますが、行(ぎょう)であることに変りはありません。「行人」とは、そういう意味であるということです。そこで、それでは、この「教行信証を読む」というこのページで、親鸞浄土教の唯一の行について書かれた「行巻」を飛ばして、「教巻」からいきなり「信巻」に入ったのは何故なのか、こういう疑問が皆さまに湧いていると思います。そこで、それにお答えするために、いよいよ本文に入りました。
まず現代文の方です。「つつしんで、往相の回向をうかがうと、この中に大信がある。」から始まります。「往相の回向」とは我々衆生を浄土に生まれさせる如来の回向でしょう(如来のはたらきといってもいいかもしれません)。そして、大信、および大信心です。どちらも同じ「信心」を意味する言葉ですが、親鸞聖人は、そこに「大」という字を付けて如来のはたらきとしての「信」、および「信心」の意味を顕(あらわ)されています。大信心を顕す以下十二の各項目では、はじめに現代語訳を、そして、その後ろの< >の中には古文のそれに相当する項目名を掲載しました。すなわち大信心とはいかなる内容をもつものであるかということを、現代語訳と古文で表現しています。
① 「無量寿の命(いのち)を得る法である<長生不死の神法>」
親鸞聖人は「大信心は、無量寿の命(いのち)を得る法である」ということを、以下十二個の大信心を顕すことばの筆頭に先ず説かれます。古文では「大信心は長生不死の神法」と表現されている部分です。実は私(HP作成者)は信巻のこの部分を何を置いても、先ず皆さんと共に読みたいと思って、本来なら「教巻」の次なる「行巻」の読みに入るべきところを、それを差し置いて、あえて先に「信巻」に入らせていただきました。これが、行巻に先んじて信巻に入らせていただいた、全ての理由です。このこと以外に特に理由はありません。たとえば親鸞浄土教は「信心正因」だから等といった高度な教義的解釈に基づくものではありません。唯々、『教行信証』を読み進めるなら、そうと決まったできるだけ早い時季に、この「大信心は無量寿の命(いのち)を得る不思議な法である。」という言葉を皆さまと共に読み進めたいと一途に念願したからということになります。すなわち、宗教というものは人類が地球上に現れた古代から、死者を悼む心を如実に持つようになり、例えば超古代に生息したネアンデルタール人が人としての精神の芽生えとして死者を悼むしるしに花を添えて埋葬した歴史があるといったことも考えますと、今後、いかに科学が発達して何百年の長命を実現しても、それでも、いつかは死ぬのであって、また、たとえ無限に生きるということが実現したとしても、一体、その無限に生きることの意味はどこにあるのか、すなわち生を問わず、死を問わず、生きること、死ぬことを、私たちはどう受けとめるのかというのが人間の宗教的要求の第一歩ではないのかと考えたからです。親鸞浄土教においては、まず阿弥陀如来という無量寿の大いなるいのちへの「信」の問題が何よりも問われるのではないかと思います。はからずも、親鸞浄土教の所依の経典である『大無量寿経』の『無量寿』とは、「無限のいのち」ということを顕しているのではないでしょうか。その意味で、皆さんと共に「無量寿のいのちを得る法<長生不死の神方>」ということの読みにまず入るということは、意味のあることではないかと考えた次第です。そのようなことを勝手に思って、伝統ある教行信証の各巻の読み順を変えるとは何たる不遜かと思われる方があるかもしれません。 どうか、共にこの信巻から先ず読み進めることを、あらためて、この場でお願いする次第です。
親鸞聖人の、このことばには更に続きがあります。これは、『浄土論註』を著した曇鸞大師が、それまでは初期大乗仏教の大成者である龍樹菩薩の論述や涅槃経の研究に打ち込んでいたが、病いに襲われ、何とか健康寿命を保って、自己の仏教研究を続けたいと、仙術を行なう陶弘景〘医薬・博物学・本草学を研究するという、まことに博学多才な当時の有名人〙に不老長寿の術を学び、健康を回復し意気揚々と洛陽まで帰ってきたところで、たまたま印度から経を伝えに来ている菩提流支三蔵という人に遇い、自分の会得した不老長寿の仙術を得意になって話したところ、菩提流支は「仏教を研究し相応の実績をあげている君が不老長寿を求めるとは何事か、とあきれた顔をして、少々長生きして何になる、真の長生不死の法を求めよ」と諫められ『観無量寿経』(一説には世親撰『無量寿経論』<世界百科事典第二版>)を渡された。曇鸞は事の道理に気づき、自ら持ち帰った仙術の書を焼き捨て、浄土教に帰したと唐時代の中国の伝記書『続高僧伝』は伝えています。
親鸞聖人の手になる『正信偈』でも、このことを「三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦」と詠われています。
親鸞聖人は大信心を表すことばを、このあと11個挙げておられます。 大信心は「信巻」の中心課題でありますので、このあとも、ひとつひとつ、先ずは、その意味合いを味わっていきたいと思います。
② 「浄土を願い、煩悩の世界(この世)を厭う妙なる道<欣浄厭穢の妙術>」
浄土を願い、煩悩の世界を厭うというのが大信心の妙なる道というわけですが歎異抄第九条にもあるごとく、「久遠劫よりいままで、流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだむまれざる(生れざる)安養の浄土はこいしからず候」と、いのち終わって、往くべき安養の浄土だけれども、有るかどうかもわからないような浄土とやらに行くのはご免で、煩悩に苛(さいな)まれる娑婆世界だけれども、それに執着するのが、我々衆生の偽らざる本音ではないでしょうか。 しかし、このように死ぬまで、この世への執著を離れられないわたしではあるが、大無量寿経における釈尊や、その後に現れた七高僧、親鸞聖人などの善知識の教えによって、生きても死んでも大いなる無量寿のいのちである弥陀の摂取の中にあるという大信心を獲れば、浄土を予見する欣浄の思いも湧き出て、さらには、どうしてもぬぐい切れない煩悩の絆はあっても、そのような者をこそ先ず掬(すく)いとらんとする弥陀大悲の大信のもとで、離れがたい娑婆から、安養の浄土への眼も向かうということではないでしょうか。
③ 「阿弥陀如来が選び取り与えてくださった心<選択回向の直心>」
『正信偈』に「法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所 覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪 建立無上殊勝願 超発稀有大弘誓」、すなわち「法蔵菩薩が修業の身にあるとき、世自在王仏のみもとで、広く諸仏の国土の人間や神々の善し悪しをご覧になり、その中から、選んで、全ての衆生を救わんとの願いのもと、世を超えて稀なる大誓願を発(おこ)された」とあるように、後にこの誓願を成就されて阿弥陀仏になられた如来の大悲回向の直接のお心がこの選択回向の大信心であります。
④ 「如来の利他力より与えられた深く広い信心<利他深広の信楽>」
私たちは度々「他力」ということばを使いますが、これは如来が自ずと我々衆生を救わんとする利他のはたらきから来ている言葉で、いうなれば如来の利他のはたらき、すなわち利他力を略したものが他力ということであるといえます。すなわち利他のはたらきというのは、我々自身が他にはたらきかける利他のはたらきということではなく、如来が我々衆生にはたらきかけることを利他というのであるとされています。他力ということばをはじめて使われたのは曇鸞大師ですが、大師はこれについて、その著『浄土論註』で「他利と利他と談ずるに左右(さう)あり。もし仏よりしていえば、よろしく「利他」というべし。衆生よりしていはば、よろしく「他利」というべし。」といわれています。もちろん、他利というのも衆生の側から見た、仏の利他のはたらきであって、他利も利他も、衆生の側のはたらきでは微塵もない、すべて仏のはたらきだということだと思います。親鸞聖人は、これを大信心を表す言葉として<利他深広の信楽>とあらわされました。すなわち、大信心とは、少しも我々衆生の自力の信心ではないということです。ですから、大信心をいただいている人がいたらなら、そのひとの信心は全て如来のはたらきとしての信心であるということです。つまり、才市妙好人のいう「他力には、自力他力はありはせぬ。ただ一面の他力、なむあみだぶつ」ということでしょうか。
⑤ 金剛のようにどのようなことがあっても破壊されることのない真実の心<金剛不壊の真心>
この場合も、金剛のように堅固である大信心というのは、われわれ衆生の自らの堅い決意による、絶対に壊れない信心というのではなく、あくまでも仏による大信心であるがゆえに金剛のように堅固で破壊されない信心ということです。ことほど左様に、これまでも、これからも全て仏のはたらきとしての大信心であるということで、善導大師は本日の資料で、自身の著『観経疏 散善義』で 「また回向発願して生ずるものは、かならず決定して真実心のうちに回向したまへる願をもちひて得生のおもいをなせ。この心、深信せること金剛のごとくなるによりて一切の異見・異学・別解・別行の人(にん)等(ら)のために動乱破壊せられず。」と、念仏者の信心は仏からいただいた大信心であるが故に、決してゆるぐことのない信心であることを示されています。
⑥ 「信心を得れば浄土へはいとも往きやすいが、煩悩のこの世を絶対と思う心では往く人は無い、信一筋の浄らかな信<易往無人の浄信>」
他力の信心、すなわち大信心に摂取された親鸞教徒、すなわち正定聚の仏弟子である念仏者にとっては、親鸞聖人によれば、浄土に往生することが既に約束されているわけですから、往生浄土はいとも簡単であります。しかし、この往生を容易ならしめる大信心にめぐまれるのは、普通の世俗の世界が全てという人にとっては、大変困難です。なぜなら大信心は仏の回向によってのみ人はその中に存在できるからです。如何に知的に優れた人であっても、この世が全てという世俗世界にどっぷりと身をゆだね、如来の他力回向を信じるこころがない人にとっては、大信心が如来の回向に基づくものであるかぎり、それを獲て、大信心の世界に住むことは有り得ないことになります。易往無人(往き易く人なし)とは、このことを言っているわけでしょう。
⓻ 常に如来に摂取されていることを自然に思える心<心光摂護の一心>
正定聚の人というのは、如来に摂取されていることを自然に心に感じている人のことを指すのだと思います。そのような心も大信心の与え給う心、すなわち大信心ではないでしょうか。
⑧ 世間では、稀なる人にしかみられない、最も勝れた信じ悦ぶ心<稀有最勝の大信>
世間では稀にしか見られない妙好人のように、全てを如来の摂取の中に生きる人に見られる如来の大信心のことを云うのだと思います。
⑨ 世間的な利害得失のみでは難いけれども、何ものをも飛び越えて速やかに生死の道がひらけるのが大信心<世間難信の捷径>
日常の娑婆感覚の利害得失のみに明け暮れる心には無縁だけれども、大信心の世界に摂取されれば、同時に生死の道が開けるのではないでしょうか。
⑩ 浄土往生がまちがいなく証(あか)される因となるこころ<証大涅槃の真因>
今までの自らの生きざまに納得し、そしてやがていのち終わる自分にも納得できる心を与えらえる素となるのが大信心であろうと思います。
⑪ 速やかに生死を飛び越えて、欠けること無き円かな世界、すなわち浄土に溶け込む道<極速円融の白道>
善導大師の二河白道の譬えにあるように、如来の世界である浄土往生への道は、水火に襲われる狭い白道ではあります。したがって、その道をあえて進めば、世間の批判、揶揄はおろか、弾圧にも遭うという、そのような白道であるのですが、親鸞聖人は、信巻の序でも述べておられるように、「仏恩の深重なるを念じて人倫の弄言を恥じず」といわれて、如来道を進まれます。そして大信心に摂取せられて極速に浄土へ横超されたのです。
⑫ 時空を超えた、すべての存在が一つに溶け込んだ、根源のいのちがはたらいている信心の海<真如一実の信海>
ここには一即多、多即一、万有を一つとみる宗教的実存の世界が大いなる信心の海として、大信心展開の結びとされています。
以上大信心をあらわす①から⑫までを親鸞聖人は、この信巻本文の劈頭に示して、如来他力回向の信の世界を、これから更に示されようとしています。まことに稽首礼拝して、親鸞聖人の信心の世界をうかがいたく思うところです。
今月は以上で終わります。
●今月の言葉(2019年10月)
『顕浄土真実教行証』信文類本文2
【現代語訳】
◎ 顕浄土真実信文類 本文2
この信心は念仏往生の願(第十八願)から出でくるものである。この大願は選択本願とも名づけ、本願三心の願とも名づけ、また、至心信楽の願とも名づけ、更にまた往相信心の願とも名づけることができる。
しかるに、常に、この煩悩の世にどっぷりつかり、これを絶対とみて、そこから抜け出られず、生死の海にさまよっている衆生にとって、無上妙果(覚り)を成就することが難しいのではなく、その覚りへの道筋になる真実の信心が、まことに獲がたいのである。なぜなら、この信心は如来のはたらきなのであるから、如来の広大な大悲によるものであり、凡夫の浅はかな手立てによるものでは微塵もないからである。だから、もし、この広大な大悲のこころがこころとなるようなことがあれば、この信心は仏の信心であるから、決して顛倒せず、虚無なることがらとはならないのである。このゆえに、我執のかたまりである極重悪人(自分のこと)ではあるが、称名のなかに、大悲摂取の中なることを感受し、よろこぶことができるのである。 |
【読下し古文】
この心すなはちこれ念仏往生の願(第十八願)より出でたり。この大願を選択本願と名づく、また本願三心の願と名づく、また至心信楽の願と名づく、また往相信心の願と名づくべきなり。しかるに常没の凡愚、流転の群生、無上妙果の成じがたきにあらず、真実の信楽まことに獲ること難し。なにをもつてのゆゑに、いまし如来の加威力によるがゆゑなり、博く大悲広慧の力によるがゆゑなり。たまたま浄信を獲ば、この心顛倒せず、この心虚偽ならず。ここをもって極悪深重の衆生、大慶喜心を得もろもろの聖尊の重愛を獲るなり。
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【HP作成者感想】
◎ 前回は、親鸞聖人が、如来回向の大信心について12の特徴をあげられました。そして、この大信心は「念仏往生の願」すなわち第十八願にもとづくものであることをおさえられたうえで、この第十八願の由来やその特徴から「選択本願」とも、「本願三心の願」とも、「至心信楽の願」とも、「往相信心の願」とも名づけることができると述べておられます。「選択本願」については前回
の【HP作成者感想】の③ 選択回向の直心で書かせていただきましたが、如来が私たち衆生を救いとるために、多くの仏国土の中から選び取られた本願である四十八願の中でも、それを代表する本願(すなわち第十八願)に名づけられた名であり、次の「本願三心の願」とは、この第十八願の文言の中に中心的に含まれる、「至心・信楽・欲生」の三心をあらわす願であり、さらにそれを「至心・信楽」に煮詰めた名としたものが「至心信楽の願」であり、浄土に往生するには欠かせない信心を表す名としての「往相信心の願」であります。このように、我々衆生を何としても救わずにおれない如来の大悲、そしてそれを象徴する如来の四十八願でありますが、実際の我々衆生は、この無上大悲の本願のお心がわからず、毎日あくせくと煩悩の世界を彷徨(さまよ)っているのです。このような衆生が未来永劫に救われる道はどこにあるのでしょうか。親鸞聖人は、このことについて、このような衆生の永劫の救いとしての浄土往生の成就は、難しいことではないと先ずいわれます。ただしそれは、信心の定まった人についていえるので、
そのような信心の人を親鸞聖人は正定聚の人といわれ、正定聚の人は、必ず仏になると約束された人でありますから、当然、浄土往生は決して難しいものではないわけです。ただ、その信心が定まるということが、
毎日あくせくと煩悩の世界を彷徨(さまよ)っている人にとっては困難なのだといわれます。なぜなら信心の世界に入ることができるのは、まさに如来のはたらきによるからです。だから、たまたま、この大信心の世界に入ることができれば、それは如来のはたらきによるがゆえに金剛の信心として、その世界に入った人は決して退転せず、真実の道を歩むことができるのです。こうなれば、それまでは、自分の利益にばかり執着して、他をかえりみることがなかった極重の悪人の自分のような人間は、地獄行きはあたりまえであっても、往生浄土の道は決してあり得ないだろうと思っていた者でも、信心一つで、往生浄土の道も開け、もろもろの浄土の仏さまにも遇えるのであると、親鸞聖人は、ここに書かれています。
さて、そのような、この上なき信心ですが、親鸞聖人に、衆生自らの力では得られるものではなく、すべて如来のはたらきによるのだといわれます、それはそうでしょうけれども、これはまた、まことに、こころもとなく、正直、どうしていいのかわからなくなります。何故なら、どうしていいのかをわかろうとすることは、自力であって、決して如来のはたらきではないということになるからです。
この行き詰まりをどうするか。これは、ある意味では親鸞聖人が我々衆生の眼を開かせようと、我々に出された問題提議であり、その問いかけでもあるのではないでしょうか。
そこで、信心の問題について、親鸞浄土教の碩学でもある安田理深師に聞いてみました。
①安田理深のことばとして『自己に背くもの』より
現代親鸞の精神、即ち真宗の信仰の不透明になった一番の原因は信仰の決断を喪失していることである。今日の真宗は天下り的な直接的信仰に転落している。他力中毒にかかっている。決断がない。信仰が死んでいる。それは実に懺悔を通さないからである。決断は懺悔の精神にある。
②同じく『信仰的実存』より
やっぱり、<信心の道>というものは、思惟の道。それは思惟せんのじゃない。真に思惟する。むしろ思惟の方向転換。方向を転ぜられた思惟。それはつまり「自覚」です。
以上、①、②を見ると、私(HP作成者)自身が注目させられるのは、①においては、「今日の真宗は天下り的な直接的信仰に転落している。他力中毒にかかっている。決断がない。」ということです。あまりにも権威による経釈の解釈に、こだわり過ぎて、先達の説を超えて、異安心といわれないかと、そればかりに汲々として、生活の中から生まれた、生身の衆生の宗教的発想を封じ込んでいるのではないでしょうか。その結果、自らの生身(なまみ)の思いは自力であって、ただただ、お任せと、任せるのも、任せる自分があって、これはどう考えても自力であるのに、現状維持に汲々として、先人を超えないことをモットーに先達の説をただ鵜呑みにしているのではないでしょうか。これを、安田師は「他力中毒」といわれたのではないか、そして、生身の発想を勇気をもって言挙げすることを「決断」といわれたのではないでしょうか。
そして②です。ここで注目されるのは「<信心の道>というものは、思惟の道。それは思惟せんのじゃない。真に思惟する。むしろ思惟の方向転換。方向を転ぜられた思惟。」ということばです。①の、悪くすると「他力中毒」すなわち思惟の放棄ということに対して、生身の生活から生まれる宗教的思惟、これこそ宗教的エネルギーの源泉となるものではないでしょうか。これを自力として放棄してしまうと、そこにあるのは、ただ怠惰な先達頼みの現状維持。すなわち世間感覚のみとなるのではないでしょうか。そして、安田師は「真に思惟する。むしろ思惟の方向転換」といっておられます。これをどう受取るべきでしょうか。我々は普通、自らの所作動作はすべて、自らの判断によるものと考えて思考し、行動しています。つまり、全ての事柄は究極的に自己責任であります。それはその通りなのです。しかし、この通常の至極もっともな事柄(あたりまえの事として問わない)についての思惟を方向転換(あたりまえを問う)としてみてはどうでしょうか。我々の、この世における、“ありよう”はすべて如来回向による“ありよう”すなわち、“他力”による“ありよう”だとみることはできないでしょうか。我々の吐く息、吸う息、心臓の動き、一念一念のこころの起滅にいたるまで、考えてみれば、私がここに、こうして二十一世紀の世界を生きていること自体、すべて、宇宙生成以来の如来回向の他力のはたらき、我々がここに、こうして在ることの根源のはたらき、すなわち真実の親のはたらきであるとみることはできないでしょうか。そのように思惟の方向転換をすれば、私たちは、常に大いなるいのちの根源、真実の親であるが故の大悲の根源、それに全て摂取されている。そのような“ありよう”がここにあります。それこそ、聖徳太子の言われた、世間絶対から、唯仏是真への方向転換ではないでしょうか。こうなれば、私たちは、あくせくと自力で“如来の加威力”の可否を考え嘆くことはありません。すでに“如来の加威力”の中に、すべて摂取され、信心の大海のど真ん中に否応なくどっぷりとつかっているのですから。そして、最後に、このような「唯仏是真」のありようを安田師は“自覚”といわれたのではないでしょうか。
今月は以上で終ります。
●今月の言葉(2019年11月)
『顕浄土真実教行証』信文類本文3
【現代語訳】
◎ 顕浄土真実信文類 本文3
至心信楽の本願、すなわち第十八願の文『大無量寿経 上巻』にいわれている。「もし、わたしが仏になるとき、ありとあらゆる世界の衆生が、わたしの誓願の真実を信じよろこんで、わたしの国(浄土)に生まれたいと欲(おも)って、たとえば十声念仏して、もし、生まれることができないならば、わたしは仏にならない。ただ、父を殺したり母をころしたり、仏法の聖者をころすという罪のほか、仏教をないがしろにするような行ない、および、正法たる仏法を謗るものを除くのである。」
また、『無量寿如来会』にいわれている。
「もし、わたしが無上覚を得て仏になろうとするとき、浄土以外の国の衆生が
わたしの名号のいわれを聞きおわって、あらゆる善根がこころの底まで回向され、わたしの国(浄土)へ往生を願って、たとえば十声念仏して、もし、往生できなければ、わたしは決してさとりを開くまい。ただ無間地獄におちるような悪業をつくり正しい法や、もろもろの聖者たちを誹謗するものを除くのである。」
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【読下し古文】
至心信楽の本願(第十八願)の文、『大経』(上)にのたまはく、「たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、心を至し信楽してわが国に生れんと欲ひて、乃至十念せん。もし生れざれば、正覚を取らじと。ただ五逆と誹謗正法を除く」と。(以上)
『無量寿如来会』(上)にのたまはく、「もしわれ無上覚を証得せん時、余仏の刹のうちのもろもろの有情類、わが名を聞き已(お)はりて、所有の善根、心々に回向せしむ。わが国に生ぜんと願じて、乃至十念せん。もし生ぜずは、菩提を取らじと。ただ無間の悪業を造り、正法およびもろもろの聖人を誹謗せんをば除く」と。(以上)
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【HP作成者感想】
前回は往相回向の大信心の12の相を親鸞聖人は挙げられました。そして、この大信心は、すべて、大無量寿経の弥陀の本願の内、第十八願より出ずるものであることを示されました。
今月は、この大信心の根源である第十八願を信巻最初の引文に挙げられます。当然のことです。まず『大無量寿経 上』の、この誓願を、次いで無量寿如来会の、この誓願を
、ここに挙げられました。 この第十八願の意(こころ)については親鸞聖人が『尊号真像銘文』の最初に、その意(こころ)を説いておられます。この意によれば十方の煩悩熾盛の凡夫でも、第十八の誓願の至心、信楽、欲生、乃至十念によって大涅槃を証することができると説いておられます。
ところが、ここで気がかりなのは、「唯除五逆誹謗正法」の部分です。すなわち五逆の罪を犯したり、正法を誹謗したりするものを除くとなると、はたして、自分は第十八願の救いにあずかれるのだろうかということです。親鸞聖人は、ここで『尊号真像銘文』において、「「唯除五逆誹謗正法」といふは、「唯除」といふはただ除くといふことばなり。五逆のつみびとをきらひ誹膀のおもきとがをしらせんとなり。このふたっの罪のおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせんとなり。」といわれています。すなわち、唯除の項目を設けたのは、五逆と誹謗正法は、極重の罪であるから、決して犯してはならないということを示して、その上で十方の一切の衆生を第十八の誓願によって浄土往生させるという弥陀のおこゝろであると親鸞聖人はここでといておられるのです。これは、師法然上人の教えを受け継いで善導大師の抑止門のおこゝろを、ここで説いておられるのだと思います。
親鸞聖人は涅槃経の阿闍世の造悪と懺悔、そして大悲に基づく釈尊の救済の経緯を引文として紹介された後、上の『尊号真像銘文』での唯除五逆誹謗正法にたいするお考えを念頭に、あらためて弥陀の本願によって五逆・謗法・一闡提も弥陀の他力迴向の信心に帰すれば、如来は深くあわれみ、救ってくださることを説かれています。そして唯除五逆について七高僧の中から、あらためて浄土論註における曇鸞大師の観経に基づくものと、善導大師の『観経疏 散善義』の抑止門のお考えを、問答形式によって説いておられのを引文で紹介されていますので、上のそれぞれのリンクからお読みください。いずれも、本願寺出版社刊 『浄土真宗聖典 顕浄土真実教行証文類(現代語版)』)の信文類三 310頁および321頁から引用させていただき掲載いたしました。
以上、唯除の項について、七高僧の内のお二人の説を読みますと、曇鸞大師は観無量寿経によれば五逆の罪を犯した者は南無阿弥陀仏を信じて念仏すれば救われるのに対して、謗法の罪は地獄から抜け出ることができず永劫に救われないといわれています。
それに対して、善導大師は五逆も謗法もこの上ない罪であるから、これを抑止するために、唯除を説いておられるのであって、既に五逆の罪を犯した者は大慈悲のもとで第十八願の救いの対象とされます。また、まだ謗法の罪を犯していない者に対しては未造業の間に、唯除を説き聞かせて、その罪を犯すのを抑止されます。また、もし、既に謗法の罪を犯してしまったなら、五逆の罪を犯した者と同じく、第十八願の対象者として救いの場に誘(いざな)うのですが、それによって晴れて浄土の土を踏む前に、浄土の蓮の花の中に包まれて長い間過ごさねばならないと説かれます。
そこで、HP作成者の思うことは、七高僧の内、お二人の祖師の説が異なるということはどういうことか。親鸞浄土教の中心的な本願である第十八願の唯除五逆の解釈が異なるのはどういうことかと考えてしまいます。
そこで、唐突のようですが、HP作成者は、どのようにこの「唯除五逆誹謗正法」を受取らせて頂いたかを述べさせていただきたいと思います。ただ、これは私(HP作成者)の全くの個人的発想でありますので、その点は前もって申し上げておかねばならないと思います。
まず「唯除五逆誹謗正法」の中の五逆をどのように受け取るかということです。
「五逆」については、信巻の最後に親鸞聖人は淄州という中国法相宗の人物の説、『倶舎論』、『薩遮尼乾子経』、『大方広十輪経』等の引文によって三乗の五逆と大乗の五逆を挙げておられます(上のリンクをご覧ください)。その中で、どちらの五逆にも含まれているのが「父を殺し、母を殺す」という部分です。「父を殺し、母を殺す」というのは、肉体上の父母を殺すというように普通は受取れますが、はたしてそうでしょうか。そして、五逆とされている項目の内、三乗も大乗も、この部分以外の罪は、すべて、仏教を否定する事柄を指しています。いわく、阿羅漢を殺す、出仏身血、破和合僧、・・・・その他、全てが仏教ならびに仏教教団を否定破滅させるような行為を指して五逆としています。そこで「父を殺す、母を殺す」すなわち、親を殺すということですが、これは、単なる肉体上の親を殺すということではなく、もっと根本的な親、すなわち、我々衆生を、ここにこうして有らしめた真実の親、永劫の過去、それこそ、宇宙開闢以来の無数の因果によって、ここにこうして衆生である私を、有らしめた真実の親、これを如来、すなわち南無阿弥陀仏と考えてはいけないでしょうか。すなわち「父を殺し、母を殺す」とは、この南無阿弥陀仏を否定抹殺することではないでしょうか。すくなくとも大乗仏教であるならば、こう受取るべきだと思います。であるならば、この「父を殺す、母を殺す」という項目も、他の全ての項目と同じように仏と仏の教えを否定する業ということになるのではないでしょうか。そこで更に思惟を進めますと、「五逆」ということがらも詮ずるところ、謗法ということになるのではないでしょうか。すなわち「五逆・謗法」というふうに分けてありますが、すべて「謗法」ということです。すべて、仏法を否定しているのですから。曇鸞的にいえば最も救われ難い存在ということになります。そうしますと、考えてみれば、普通の人間、すなわち、如何にヒューマニストであろうとも、それだけなら、謗法の人ということになります。その通りでしょう、人間という存在は、他の衆生、すなわち他の動物、植物から見れば、最も恐ろしい悪逆の存在なのですから。すなわち、自らの生存のために動物を殺戮し、森林を伐採し焼き尽くし、おまけに地球ごと絶滅するような「核」まで造り出しているのですから。そのような存在は、これは、とてもとても救われそうにはありません。しかし、それでも無限の大悲である如来は、それを掬い取ろうと第十八願でいわれているのです。すなわち、「五逆・謗法」の徒は、共に、仏の教えを否定する「謗法」の徒です。謗法の徒ではあるけれど、こころからの、弥陀の大悲迴向による回心のもとで、「至心信楽欲生において乃至十念」すれば、掬い取ろうと第十八願においていわれているわけです。 そして、今まで、私は第十八願の「はじめから~不取正覚」までと、唯除以降」は矛盾していると思い、この矛盾はどうしても分かりませんでしたが、今や、この両者は、まったく、矛盾していない一つの大悲の顕れであると思うのです。 すなわち、唯除の「唯」という部分ですが、これを古文や現代文に訳す場合、「ただ」とか「ただし」とかの訳になっています。この内で「ただし」は漢字では「但」という字も適用され、この漢字には「しかし」とか「けれども」という意味が強くあります。 その点、「唯」という漢字は、「ただ」という意味が主体です。そうなりますと、「唯除五逆誹謗正法」という部分は、上記のように「五逆」は「誹謗正法」に統一されると思惟すれば「唯除誹謗正法」ということになり、「ただ誹謗正法の者を除く」となれば、もし、このような衆生であっても回心に恵まれれば「至心信楽欲生乃至十念」、つまり「本願を信じ念仏する」衆生と成り、見事に第十八願の前半によって掬い取られる存在となります。すなわち、このように受けとらせていただくと、第十八願の前半の「至心信楽欲生乃至十念」の部部分と「唯除」の部分は矛盾なくつながることになります。すなわち「わたしが仏になるとき、あらゆる人々が、まことの心で(至心)、信じ喜び(信楽)、わたしの国に生まれると思って(欲生)、たとえば十声念仏して(乃至十念)、もし生れることができないようなら、わたしは決してさとりを開くまい。すなわち、「お前たちは唯除かれるべき五逆謗法の存在なのだから、速やかに他力回向のもと、回心して至心信楽の念仏の徒になれよ」という仏の言葉であり、願いなのだと思うのです。これで、信巻の終りのあたりで親鸞聖人が浄土論註の曇鸞大師が唯除についてのお考えを述べられている少し前に「五逆・謗法」もすべて掬い取るというという仏の意(こころ)を力強く発信されていることばも、有難く受取らせていただくことができます。ちなみに、親鸞聖人は末燈鈔第四十二書簡で「本願の名号は能生する因なり、能生の因というはこれ父なり、大悲の光明はこれ所生の縁なり、所生の縁というはすなわちこれ母なり」といっておられます。これこそ、大乗仏教における、真実の父と母、すなわち真実の親ということではないでしょうか。
なお、無量寿如来会については、仏の願いと唯除との関係は、第十八願と同じであると思いますが、一点、如来会の現代文で「あらゆる善根がこころの底まで回向され」となっているところ、古文では「
所有の善根、心々に回向せしむ。」となっているところ、所依の経典『大無量寿経』よりも、この部分で如来の回向が強調されているところが注目され、常々如来の回向を強調されている親鸞聖人のおこゝろが強く伝わり、如来会の、この文を添えられている意味が拝受されました。。。
[今月の各リンクの文章は本願寺出版『注釈版 顕浄土真実教行証文類 (現代語版)』を参照させていただきました。]
今月は以上で終ります。
●今月の言葉(2019年12月)
『顕浄土真実教行証』信文類本文3
【現代語訳】
◎ 顕浄土真実信文類 本文4
(第十八願の)本願成就の文、大無量寿経下に次のように説かれている。
「すべての衆生は名号のいわれを聞いて信心歓喜するまさにそのとき、浄土往生を願う衆生は如来の回向により、その願いを成就され不退転のくらいに至るのである。唯(ただ)、五逆・謗法の身では、この救いからは当然除かれる。」
『無量寿如来会 下』にも説かれている。「他の諸仏の国にある衆生も含めてすべての国の生あるものは、無量寿如来の名号のいわれを聞いたまさにそのとき、浄らかな信を回向せしめられ、無量寿国に往生したいと願えば、その願いに随って、みな往生し、不退転のくらいとなって無上のさとりを開くことができる。唯(ただ)、五逆・謗法の身では、この救いからは当然除かれる。」
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【読下し古文】
本願成就の文、『経』(大経・下)にのたまはく、「あらゆる衆生、その名号を聞きて信心歓喜せんこと、乃至一念せん。至心に回向したまへり。かの国に生ぜんと願ぜば、すなはち往生を得、不退転に住せん。ただ五逆と誹謗正法とをば除く」と。(以上)
『無暈寿如来会』(下)にのたまはく、菩提流志訳 「他方の仏国の所有の有情、無量寿如来の名号を聞きてよく一念の浄信を発して歓喜せしめ、諸有の善根回向したまへるを愛楽して無量寿国に生ぜんと願ぜば、願に随ひてみな生れ、不退転乃至無上正等菩提を得んと。五無間、正法を誹謗し、および聖者を謗らんをば除く」と。(以上)
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【HP作成者感想】
前回は『大無量寿経』の法蔵菩薩の四十八願の内の第十八願、すなわち至心信楽の願と、それに相当する『無量寿如来会』からの引文を味わいましたが今月は、『大無量寿経』第十八願の本願成就文とそれに相当する『無量寿如来会』からの引文を味あわせていただきます。
まず初めに、本願成就文とは一体、どういう文なのかということです。我々初心者には気になるところです。すなわち、本願が成就された結果の文とは一体どういうことか、また、『大無量寿経』の四十八願との関係はどうなのかということです。 一般の仏教書には、本願成就文の内容、特に第十八願成就文の内容は詳しく解説されていますが、何を以て成就文というのかということを説かれた解説はなかなか見つかりませんでした。中には(A)「阿弥陀如来の第十八願が成就していることを、釈尊が衆生に告げられる文であるから本願成就文と呼ぶ」といった解説もあります。そこで『大無量寿経』における、このあたりの経緯を、しらべてみました。専門の仏教者の方なら、わかりきったことといわれるかもしれませんが、とにかく調べてみました。
まず、『大無量寿経』下巻冒頭の、本願成就文として釈尊が説かれている部分です。『仏、阿難に告げたまわく、「それ衆生ありてかの国に生ずれば、みなことごとく正定の聚に住す。所以は何ん。かの仏国の中には、もろもろの邪聚および不定聚なければなり。十方恒沙の諸仏如来、みな共に無量寿仏の威神功徳の不可思議なることを讃歎したまう。あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと、乃至一念せん。心を至し回向したまえり。かの国に生まれんと願ずれば、すなわち往生を得て不退転に住す。唯五逆と誹謗正法とを除く。」』。この「 」内の全体を本願成就文といっていいでしょう。つまり、ここには、第十八願の成就文の外に、第十一願、及び第十七願の成就も含まれていることになります。上の(A)で第十八願の成就文をもって本願成就文とされているのは、おそらく、上の「 」内の成就文の中で、第十八願の成就文が、『教行信証の信巻』で、上記、現代文および読下し文で、第十八願の成就文を引文として出しておられることにもとづいているのでしょう。ともあれ、この「 」内の文章を、釈尊が阿難に説かれたのは、どのような経緯に依るのでしょうか。これを『大無量寿経』の中でたどりますと、本願寺出版 注釈版真宗聖典(第二版) 『仏説無量寿経
上』27頁【10】、東本願寺出版部(第四版)発行『真宗聖典』においては、28頁の和文9行目で阿難が釈尊に尋ねます。「法蔵菩薩、すでに成仏して滅度を取りたまヘリとやせん、いまだ成仏したまはずとやせん、いま現にましますとやせん」と。それにたいして釈尊は阿難に告げて「法蔵菩薩、いますでに成仏して、現に西方にまします。ここを去ること十万億刹なり。その仏の世界をば名づけて安楽という。」と答えられます。阿難は更に釈尊に問います。「その仏、成道したまひしよりこのかた、いくばくの時を経たまへりとやせん」、それに対して釈尊は「成仏よりこのかた、おほよそ十劫を歴(へ)たまへり。」と答えられます。これが『大無量寿経』において法蔵菩薩がすでに成仏され、その本願が成就したことが説かれている部分です。したがって、事柄はまことに簡単です。この成就した本願の内、第十一、第十七、第十八の本願を本願成就文として、『大無量寿経
下巻』の初めに釈尊が説かれていることになります。したがって、ここでは、既に弥陀として成就された本願が説かれていることになります。ちなみに、上の経緯で、阿難が釈尊に問うた、法蔵菩薩が正覚をとられて阿弥陀仏になられ本願が成就され浄土を建立されたことがわかるのは上巻においてです。それ以後、しばらくして、下巻の初めに本願成就文としてあらためて、釈尊が阿難に説かれるわけです。これは、何故かを考えてみますと、この正覚が成就された後の上巻のしばらくの間は、正覚を成就された阿弥陀仏の浄土や仏のすばらしい有様を荘厳されている部分が続いています。それが、下巻になって、はじめて、本願成就文として、この三つの誓願の成就を釈尊が説かれているのは、やはり、この三つが我々衆生の救いの中心だからだと私は思います。如来浄土の荘厳もさることながら、我々衆生の根本的な救済を説く本願成就文を、この下巻の初めにあらためてはっきりと説かれた。このことこそ、四十八願で象徴的に表わされる全ての衆生の絶対的救済が如来の第一義の願いであるからだと思います。皆さんはどのように思われるでしょうか。私(HP作成者)はそのように、思います。
さて、成就文の経緯についての、考察はこれぐらいにして、いよいよ下巻初めの本願成就文、わけても第十八願成就文のこころを窺うことにします。
上の本願成就文の現代語訳と、その下の読下し古文を読みすすめます。
先ず、「あらゆる衆生」とは、すべての衆生でしょう。この衆生が「その名号を聞きて」とあります。漢文では「聞其名号」にあたります。現代語訳では「名号のいわれを聞いて」と訳しました。親鸞聖人は、この「聞」を「聞といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。」と『教行信証の「信巻」』でいわれています。このことは、私は、私たち衆生の絶対の救いを「仏願の生起本末」において誓われていることと受取らせていただきました。
これが「名号のいわれ」であり、「名号」そのものであると思います。すなわち、私という存在の根源、すなわち永劫の過去からの無数の縁起によって、ここにこうして有らしめられた根源、すなわち真実の親として、私たちを絶対的に救うぞという誓われ、またそのとおりにはたらいておられるのが名号であると受取らせていただいています。そして、親鸞聖人は、この「聞其名号」における「聞」を疑心あることなき「信」と受取っておられます。したがって、成就文のその次に「信心歓喜」という言葉がでてくるのは当然です。これで、「全ての衆生は、名号のいわれを聞いて信心歓喜する」ところまできました。
そして「乃至一念」です。親鸞聖人は、この「一念」を「信楽開発の時剋の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり。」とされました。第十八願の「乃至十念」は口称の念仏ととらえられているのに対して、本願成就文の「乃至一念」は念仏ではなく「信心が開け起る最初の時」ということですから、これは少し戸惑います。法然聖人は成就文のこの「乃至一念」を「念仏」、すなわち口称の念仏ととらえておられます。しかし、親鸞聖人は上記のように「信心開発の時剋の極促」ととらえておられることが分かります。法然上人と親鸞聖人の、この一念に対する見方の違いに対して、親鸞聖人の曾孫の覚如の子で碩学の名が高い存覚上人は『浄土真要鈔』において、法然上人は本願成就文の文の顕相(文面)から見られて口称の一念ととらえられたのに対して、親鸞聖人は文の隠意すなわち、「文章の表面には顕れていない隠れた意味」として信心が開発する時剋の極促ととらえられたのだとしておられます。
そして、この一念の信心のおこるのは、ひとえに弥陀が至心に回向したまえる結果であるとして、「乃至一念、至心に迴向したまえり」とされました。これも法然上人までは、普通に「至心に回向して」と、衆生の側の回向とされていますが、親鸞聖人は「一念の信心」のおこるのも如来の回向によるものであるとはっきりと他力迴向の立場を明らかにしておられます。このようにして、本願成就文は、如来の至心迴向のはたらきにより、信心歓喜して衆生が浄土往生を願ったまさにその時に、即得往生、住不退転という衆生の浄土往生を明確にされています。ところが、このように完ぺきな衆生往生がとかれた成就文の最後に「唯除五逆誹謗正法」の文があります。この重大にして、我々凡夫が考えますと、天地が逆転するような文言、すなわち、すべて名号のいわれを聞き受けて信心歓喜した衆生の即得往生、住不退転を説かれたすぐあとに、唯除五逆誹謗正法とあるのですから、これは随分戸惑います。しかし、これは前回の第十八願における唯除と同じように受け取りますと、矛盾なく受取ることができるのではないでしょうか。すなわち、唯除される五逆謗法は自分の事なのです。 他人の五逆謗法を高見の位置から唯除という風に評する資格などはどこにもないのです。この人間界には信心をいただいた正定聚の人間か、五逆謗法の人間かしかいないのです。正定聚でもなく、五逆謗法でもない「普通の人間」などはどこにもいないのです。だから、第十八願も、第十八願成就文も、この五逆謗法の衆生を救うための願であり、成就文だと思うのです。歎異抄第一条においても「罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にてまします。」とあり、正信偈にあるように、往生要集の源信僧都も「極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中 煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我」すなわち「極重の悪人は唯仏名を称すべし 我もまた彼の仏の摂取の中にあり 煩悩に眼さえられて摂取の光明を見ざれども 大悲ものうきことなくて 常にわが身を照らす也」と述べておられます。これこそ第十八願も、第十八願成就文も、このような罪悪深重・煩悩熾盛の極重悪人を、すなわち「五逆謗法」の我々に絶対的な救いを与えるための願であることはまちがいありません。だから第十八願成就文においても「真実の親である名号のいわれを聞いて信心歓喜するその時に、全ての衆生は、弥陀のはたらきによって、絶対的な救いにあずかることができる。ただ五逆謗法の状態ではこの救いから除かれ無間地獄に堕ちるしかないのだから、速やかに回心して救いにあずかれよ」という意味に捉えるべきだと思います。ここにおいて、はじめて第十八願および第十八願成就文の唯除以前の文と、唯除以降の文は矛盾なくつながるのであって、それどころか、第十八願、および第十八願成就文は信心のない「五逆謗法」の我々を救うためにこそある願であるということになります。
今月は以上で終ります。