◎今月の言葉(2003年12月)
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-無量光寿より- 吾人が瞻仰するところの大宇宙を通じて全体、これ吾人が仰ぐところの大御親の身心にましま せり。宇宙全体が如来の御身にして、また如来の精神にまします。吾人は宇宙全体を通じて絶対 的なる如来を信ぜざるを得ず。全体が身にして、また如来心なり。全体が如来心なるが故に、宇 宙は如来の大智慧光明の至らざる所なし。また如来大威神カの存在せざる所なし。吾人が見ると ころの天地万物、日月星辰、一切万有も惹く如来心身の現象ならざるはなし。如来の本体は一体 にて、しかも一切なり。実に不可思議にして不可思議なるものは、如来にましませり。自然界の 万有も、如来心を離れてあることなし。一切の動植物、いかに微細なるも、如来心を離れたる者 あるべけんや。微少なるものは微にしてまた不可思議なり。宇宙の大なるは大にしてまた不可思 議なり。宇宙は如来心霊態の故に、実に深玄なり。吾人が肉眼をもって見るところのものは、あ る一方面に過ぎず。もし心眼を開きて見る時は、ここが即ち常寂光土なり。宇宙を尽して蓮華蔵 世界なり。これ、重々無尽の妙色荘厳界なり、また大日自性法界宮なり。大毘盧舎那如来、無量 の法身の菩薩のために常恒に説法したまえり。ここが即ち西方極楽世界なり。弥陀如来、常に法 輪を転じたまう処なり。大日と云い、弥陀と云い、唯一の大御親の異名に過ぎず。 |
◎今月の言葉(2003年11月)
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-昭和11年頃、安右衛門がふともらす世相のこと- このごろは日本精神の大流行で、耳にタコの出来る程聞き飽きた。今朝も坊さんがラヂオで日本精神のお説教だ。厭になったのでスイッチを切った。 あまり御用説教を無理強いされると反感が起る。何が日本精神か、軍閥、重臣閥、資本閥、政党閥、そうした階級をハッキリ認識せよ。--といいたくなるではないか。何が日本精神か、馬鹿馬鹿しくなる。殊に唱える輩に真の日本精神があるや否や疑わしい気さえ起る。何もかも近頃の世相は癪にさわることばかりだ。口をひらけば明徴明徴と咆哮する。そんなことは今更云わんだって、こちとらには解っているよ。あんまり我々に国家観念を御説教されると、逆に人類主義四海同胞主義を高潮したくなる。 |
◎今月の言葉(2003年10月)
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他よりみると自分の信仰は確かりして徹底してゐる、余ほど悟つて居るーーと見られ思われ信 じられて居るやうだ。實は恥づかしくてならぬほど自分の信仰は小さい、どうかすると我等亡ぶ ーーと悲鳴をあげる自分である。自分のあさましさに呆れてゐる。女房の言ひぶりが気に食わん とすぐと腹がたつ、子供が騒ぐと怒る、友が違約すると癪にさわる、美しい女性を見ると心がさわ ぐ、おまけに、怠けもので気に入ることなら進んでやるが、さうでない時は頼まれてもやらぬ、 人と約束しても中々實行せぬ、よわいくせに強がりぶりを示し、少しく銭が入れば喜び、無一文 のときは淋しく元気がない、ことに嘘をつく、實行するつもりでゐても、時がたつと忘却して了ふ、 貧乏なくせに貴族的生活を好み、他が説法をするのを忌み嫌つて、自分の説法は肯定するといふ 工合に萬事につけて自分ぐらゐエゴイストは無い。自分を解剖してメスを振うといやはやどこも かしこも悪いところだらけで善いところは皆目ない。全く他より徹底してゐるとか篤信とか達人 とか見られることは情ない次第だ。見られるだけ嘘をついてゐる不届千萬な自分だ。その癖他よ りほめられると快よく思ひ、悪評されると心では肯定してゐても表は反抗する。他の失敗を喜び、 他の成功を妬み、他がよくほめられ評判がよいと不快を感じる、他に奢って貰ふ時は平気で、自分 が銭を出す時は渋り、他に物をやる時は少なく、貰ふ時は多きを望む、といった工合に全然自分 といふものは風上におけぬ代物だ。斯の如く自分のわるさを検査して厳しく糾弾してゆくと、あ ッ・・・・・・・・書けるような、公表されるような欠点は欠点ではないといふ事になる。もつと深刻 な公表の出来ぬ秘密がある。それがはつきり書けぬといふ弱い自分である。 |
◎今月の言葉(2003年9月)
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本来不安無しと決定(けつじょう)して不安に遊びて 貪著せず。 本来妄想無しと決定して妄想に遊びて貪著せず。 本来恐怖(くふ)無しと決定して恐怖に遊びて 貪著せず。 本来矛盾無しと決定して矛盾に遊びて貪著せず。 |
◎今月の言葉(2003年8月)
| 自己発見 宗教というものは神と人間との関係だ - と 定義されている。 然し自分は云ふ。 宗教こそは真実なる自己発見の道を示してくれるものだ。 宗教によって初めて自己を発見した自分なのだ。 その真実なる自分こそ久遠の如来だ。イエスだ。仏陀だ。 自分は 今その無限絶対の大生命に乗託し、一如になって新しく生活し始める。 このことは自分ばかりであってはならない。人類全体が一人残 らず此の大自覚に目覚めねばならぬ。 ー宮崎安右衛門著 「信仰生活の書」よりー |
◎今月の言葉(2003年7月)
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やみが月になるこた(ことは)出来の(ぬ) 月にてらされ、つきになる。 さいちがほどけになるこたできの(ぬ) 名号不思議にてらしとられて、 なむあみだぶつ、なむあみだぶつ みだ(弥陀)とわたしにかわわない。 機法一体、なむあみだぶつ わしが、ねんぶつを、となゑるじゃない、 ねんぶつの、ほをから、 わしのこころにあたる、ねんぶつ なむあみだぶつ 『さいちよ、われわ、さきの後生わ、 どがなかや(どうなったか)。 あかるうなうたかや(なったかや)』 『いいや、まだ、あかるうなりません。 やつぱりむかしの通りであります。』 『それではつまらんでわ、ないかへ』 『わしが後生わ、如来さんの、 ゑゑよにして(よいようにして)、 をうて(おいて)くださるでな、 わたしやお手をあふせて(あわせて)、 なむあみだぶつ、なむあみだぶつ。』 |
◎今月の言葉(2003年6月)
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とをりゆう(当流=浄土真宗)のあんじん(安心)わ ゑゑのがでても、それをよろこぶじやない また、わるいのがでても、それをくやむじゃない ただあをいで(仰いで)、あたまをさげ、 とをとむ(尊む)ばかり。 うみのうしをも、さしひきあるよ。 わしのこころに、さすしをは、 ざんぎ(慙愧)、くわんぎ(歓喜)の さしひきのしを。 くわんぎのしをわ、さすしをで、 ざんぎのしをわ、ひきしをで、 ざんぎ、くわんぎの、さしひきのしを。 これがたのしみ、なむあみだぶつ あさましとよろこびわ どうちも(どちらも)ひとつ、 なむあみだぶつ さいちがたのしみや(楽しみは)、なにがもと。 もをねんの(妄念の)くよくよがもと、 これにできたが、なむあみだぶつ。 そのけ(其故に)あなたらちでも(あなたたちでも) もをねんをみて、くやみなさんな。 くよくよみて、くやむものわ、ばかのををばか。 -以上、鈴木大拙著「妙好人」より- |
◎今月の言葉(2003年5月)
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ゑゑな 世界虚空が みなほとけ わしも そのなか なむあみだぶつ これが世界のなむあみだぶつ これが虚空のなむあみだぶつ わしの世界も虚空もひとつ をやのこころのかたまりでできた こんな、みなさん、もうたいないことであります。 (もったいない) なむあみだぶつさんの、わたしを佛になさる ことわ。 あらゆる世界虚空が、みなほどけ この中に、この さいちの悪人が、こめてあること なむあみだぶつ こくう(虚空)世界も、わたしも、じひも、 みんな一つのなむあみだぶつ。 をやのこころわ、ふじきなこころ、 こ(子)をたのしむをやのこころよ、 をやのこころわ、こどもにくるよ。 こどものこころわ、をやにいく、 なむあみだぶにもつれられ。 これが、をやのなむあみだぶつ、 これが、わたしのなむあみだぶつ、 これが、せかいのなむあみだぶつ、 これが、こくう(虚空)のなむあみだぶつ。 わしのせかいも、こくう(虚空)も、ひとつ をやのこころのかたまり(塊り)でできた、 こころにをさめとられて、これがあんしん。 -以上、鈴木大拙著「妙好人」より- |
◎今月の言葉(2003年4月)
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さいちこころを、あとからみれば、 かひる(蛙)すが太に、ようにてをるよ まゑ(前)のてをつき、かをのいて(仰向いて) 京け(教化)きけども、いつもぶるうと 京けのみず(水)のなかにをることしらず。 ありがたや、京けのみずいましられ(今知られ) 京けのみずのしられたのわ ちしき(知識)によらい(如来)のごをんのおかげ、 ごおんうれしや、なむあみだぶつ 才一よい、うれしいか、ありがたいか。 ありがたいときやありがたい、 なつともないときやなつともない 才市、なつともないときやどぎあすりやあ。 どがあも仕様ないよ なむあみだぶと、どんぐり、へんぐりしているよ。 今日も、来る日も、やーい、やーい。 さいちがごくらく、どこにある。 心にみちて身にみちて、 なむあみだぶが、わしのごくらく。 しゃばせかいわ、ここのこと、 ごくらくせかいも、ここのこと、 これわ、めのまくぎりを、ゆうこと。 (目の幕切り、目の開閉の一瞬) さいちやどこにねてをるか。 しゃばの浄土にねてをるよ。 をこされて、まいる、みだの浄土に。 うきことに、ををた(逢うた)人なら、わかるぞな。 うきことに、あわざるひとなら、わからんぞな。 ためいきほど、つらいものわない。 こころのやりばない、ためき(ためいき)、 みだにとられて、なむあみだぶつ。 なむあみだぶと申すばかりよ。 ゆくたびも(幾度も)、むねをいためた、 いまは六字にこころとられて。 -以上、鈴木大拙著「妙好人」より- |
◎今月の言葉(2003年3月)
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あさまし、あさまし、じやけん、京まん、あくさいち。 じやけん、京まん、あくさいち。 あさまし、じやけん、京まん、あくさいち。 あさまし、あさまし、あくさいち。 ひとのものわ、なんぼでも、ほしい。 とうても(取っても)、とうても、ほしい、ほしい、 ほしいのつの(角)がはゑ、 あさまし、あさまし、あさまし、あさまし、 じやけんものとわ、このさいちがことよ、 このさいちにわ、ひとがをそれて(恐れて)をります、 それに、ひとがしらんと、をもをて(思うて)、をります。 ありがたいな、ごをん、をもゑば、みなごをん。 「これ、さいち、なにがごをんか。」 「へゑ、ごをんがありますよ。 このさいちも、ごをんで、できました。 きものも、ごをんで、できました。 たべものも、ごをんで、できました。 あしにはく、はきものも、ごをんで、できました。 そのほか、せかいにあるもの、みなごをんで できました。 ちやわん、はしまでも、ごをんで、できました。 ひきば(仕事場)までも、ごをんで、できました。 ことごとくみな、なむあみだぷつで、ござります。 ごをん、うれしや、なむあみだぶつ。」 |
◎今月の言葉(2003年2月)
| 才市や 何が幸せ 才市 死なんが幸せ 死なずに 親の極楽に参ること わしが往生 あなたにあるよ あなたの心は わしにある これが楽しみ なむあみだぶつ 才市 今 息が切れたら どうするか はいはい あなたの中で 切れまする なむあみだぶつ なむあみだぶつ 一日一日 自然(じねん)の浄土に帰る うれしや なむあみだぶつ なむあみだぶつ 死ぬること 味よてみましょう 死ぬるじゃのうて 生きること 南無阿弥陀仏に 生きること なむあみだぶつ なむあみだぶつ 才市 今度 未来は なんで越す わたしゃ 阿弥陀の 慈悲で越す なむあみだぶつ なむあみだぶつ 死ぬるは 浮世のきまりなり 死なんは 浄土の きまりなり これが楽しみ なむあみだぶつ |
◎今月の言葉(2003年1月)