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『顕浄土真実教行証』信文類本文39
「はじめに」 先月に引き続いて五逆の悪人であるマガダ国の王 阿闍世ははたして救われるかという問題を追求し論じてみたいと思います。 今月も先月に引き続いて長い文章になります。すなわち釈尊の教えを、この上なく信奉す る耆婆という医師の勧めによって、阿闍世が釈尊に直接会って、その教えを聞き、そして自らの生きる道を発見する物語です。釈尊の教えとはどのような教えなのか、また、阿闍世は、どのようにして救いの世界に導かれるのかをしっかり読み進めたいと思います。 |
| 【読下し古文】
【116】 またのたまはく( |
| 【現代意訳】 【116】 また(涅槃経 梵行品)でいわれている。「釈尊は云われた。<善良な者よ私(釈迦牟尼)がいうところは次のようである。私は阿闍世が救われなければ涅槃に入らない(仏の正覚を悟らない)。このことの深い意味をお前はわからないだろう。 それは何の爲かと云えば、為というのは一切の凡夫の為ということであり、《阿闍世》の為というのは、一切の五逆を造る者の為ということである。ということは全ての衆生の為ということである。ところで私(仏)は、この為の対象にならない衆生、 すなわち、仏のさとり(仏性)を充分に身につけた衆生がもしいるとすれば、その衆生の為には、私は必要ないのだ。なぜかというと、すでにさとりの世界に居るものは、いうまでもなく衆生とはいえない。だから《阿闍世》というのは、 すなわちこれは、まだ仏道のさとりとは無縁の者のことなのである。―中略― 上に云うように「為」というのは名づけて「仏性」ということになる。《阿闍》は名づけて仏性を生じないこと(不生)であり、《世(せ)》は煩悩の怨(あだ)にまみれていることに名づける。 すなわち仏性を生じない(不生)ので煩悩の怨(あだ)が生ずるのである。また煩悩の怨(あだ)が生ずるので仏性を見ないのである。 逆に云うと煩悩を生じないが故に仏性を見ることが出来るのである。そして仏性を見るが故に往生浄土に安住することが 出来るのである。 これを不生という。この故に名付けて《阿闍世》とする。善良な者よ、この場合《阿闍》は不生と名付ける。そしてこの場合不生は涅槃と名付けるのである。《世(せ)》は世間のきまりと名付ける。 そうして《為》とは不汚(ふわ)すなわち 汚されないことであり、これは仏性のことである。仏は世間のさまざまな事柄によって汚されるということがないから、はかり知れないほど長い間、世間に居て、涅槃に入らなくとも大丈夫である。だから私(釈迦牟尼仏)は「阿闍世のために、 いつまでも涅槃に入らず阿闍世と共にあると云われたのである。善良な者よ如来の神秘な言葉はまさに不可思議である。仏・法・僧という三宝があるのも不可思議なることだ。仏道を求める尊い菩薩方がいるのも不可思議である。『大涅槃経』これまた 不可思議である。>と。 その時に大悲に満ちた釈尊は阿闍世王の苦悩を除くために月愛三昧に入られた。三昧に入りおわって大悲の光明を放たれた。その光は清らかですがすがしく、王のもとへ至ってその身を照らすと全身のできものはたちまち癒えた。―中略― 王は釈尊を指して耆婆に<あの方は神々の中でも最も尊いお方である。どういうわけで、このようなすばらしい光明を放たれたのであろうか。>と云った。<大王さま、いまこのような光明を放たれたのはすべて大王さまのためであると思われます。 まず云えることは、世の中に王の心身を癒やす良医が居ないので、釈尊は光明を放って王の身の苦しみを先ず癒やされたのです。そうして、その後に、王さまのこころの病いを癒やそうとなさるのです。> と耆婆が云った。 王が耆婆に云った。 <釈迦如来は、また私(阿闍世)に再び会おうと思って下さるだろうか> と。耆婆が答えていうに<たとえば七人の子をもつひとりの人がいるとしましょう。この七人の子の中に一人の子が病いにおかされれば、父母の心は平等でないわけではないが、 しかし、病いに冒された子を思う親のこころはひときわ重いというがごときものであります。大王よ、如来もまたこれと同じです。仏がもろもろの衆生を見るに平等でないはずはありませんが、しかし罪を犯す者を見る仏の目はひときわ重いのです。 放逸の者に仏は特に慈悲の目を注がれるのです。放逸のこゝろ少なく、仏道もよくわきまえているような人(不放逸な人)には仏の慈悲はそれほど必要ではないため、仏の慈悲の目は注がれないのです。不放逸の者とは、実例で示しますと、 たとえば初地から六地の位にある菩薩、つまりさとりに近い菩薩たちです。仏がたは、あらゆる衆生に対して、その家柄、老少か中年か、貧富の差、運の善し悪し、仕事の種類、人にこき使われている人間かどうかなどは一切、眼にかけず、たゞ、 その人に慚・愧の仏ごころがあるかどうかを見そなわし、もし衆生に、そのような善なる心があれば直ぐに慈悲の念(こころ)を発し給います。大王よ、今、釈尊が瞑想されている奇特なありさまは如来が月愛三昧に入られて放たれる光明そのものです。> と耆婆が云った。 王は続けて<何をもって、月愛三昧とするのか>と耆婆に問うた。耆婆は<たとえば月の光がよく一切の優鉢羅華(うはらけ=青い蓮華)を鮮やかに開花させるようなものです。月愛三昧も同じで、よく衆生をして善なる仏のこゝろを 開かせるもとになるのです。このゆえに、月愛三昧と名付けるのです。大王さま、たとえば月の光が、よく一切の路を歩く人のこゝろに歓喜(よろこび)を生じさせるのと同じです。月愛三昧もまた同じで、よく仏道を修習する者の心に歓喜を生じさせるのです。 このゆえにまた月愛三昧と名付けるのです。―中略― 月愛三昧は、まさに諸善の中の王なのです。これを甘露味として一切衆生の愛楽するところなのです。この故にこれをまた月愛三昧と名付けるのです。> と耆婆は答えた。―中略― そのときに 釈尊は多くの人たちに<どのような衆生も、無上のさとりに近づくために先ずは善き友に遇うことが大切だ。なぜかというと阿闍世王よ、もし耆婆の言葉にしたがわなかったら来月の七日には必ず命が尽きて絶え間なく苦しみを受け、それが絶えることがない 阿鼻地獄に堕ちるところだった。この故にそうならないためには善き友、すなわち善知識に遇うことが大切なのだ。> と云われた。そのようにして阿闍世王は釈尊のもとへ参ずる途中で<舎婆提(しゃばだい=舎衛国→釈迦在世の頃、インドにあった コーサラ国の首都)の毘瑠璃王(びるりおう)は船に乗って海にでたけれども船火事に遇って死んだ。また瞿伽離比丘(くかりびく)は生身のまゝ、地が裂けて無間地獄に堕ちた。また須那刹多(しゅなせった)は、いろいろ悪を作ったけれども仏のもとに 行き(回心したのか?) 多くの罪が消滅した。> ということを聞いた。 阿闍世はこの言葉を聞き終わって耆婆に語っていうに<今、私は、そのような悪をなし、それによって地獄に堕ちた話と、悪をなしても、その後に回心して多くの罪が消えて地獄に堕ちることを免れた (『教行信証 註釈版』)。 ということを聞き終わって阿闍世は耆婆に語って云うに<今、このように直ぐに地獄に堕ちた話と、悪をなしても、その後に回心して地獄落ちを免れたという二つの話を聞いても、まだいまだ安心できない。 汝(なんじ)がきたからには耆婆よ、私(阿闍世)は 汝と一緒に 同じ象に乗りたいと欲(おも)う。そしてたとえ私(阿闍世)が阿鼻地獄に堕ちようとしてもどうか汝がすぐに私を地獄に堕ちないように支えてほしい。なぜかというと、私は、かって昔、聞いたことががある《道を得た人は地獄に堕ちない》 と。―中略― そこで釈尊が云われた。<大王よ、どうしてそのように地獄に堕ちると決めてしまうのか。大王よ、一切衆生が作るところの罪業におほよそ二種ある。一つには軽いもの、二つには重いものである。心と口に作る罪は名付けて軽いものとする。 身と心と口に 作ってしまう罪は名付けて重いものである。大王よ、心に念(おも)い、口に説くだけで身に行わなければ報いとしてうける罪は軽いものとなる。大王よ、昔、父王を殺せと口で命じたわけではない。たゞ父王を幽閉して身を動けなくしたのみだ。大王は もし、取り巻きの家来に命じて、父王の首を斬れと命じたなら、それをできたであろう。たとえ父王の首が切られたとしても、なお、それを命じただけなら罪にはならない。ましてや王の権威をもって命じてもいない、どうして罪になろうか。もし王にもし罪が あるというなら仏がたにも罪があることになる。なぜかというと王の父である先王の頻婆娑羅王(びんばしゃらおう)は常に諸仏を重んじ、もろもろの供養を植えた、その故に今日(こんにち)彼(頻婆娑羅)は王の地位を得られたのである。仏さまたちがその供養を、 お受けにならなかった なら頻婆娑羅は王にはなれなかっただろう。頻婆娑羅が王でなかったなら、汝(阿闍世)が頻婆娑羅王から国を奪うために父王を殺すような害に及ぶことはなかっただろう。だから、汝(阿闍世)が父を殺害した為に罪があるというのなら、 私たち仏にも罪があるということになる。もし仏たちに罪が無いというのなら、汝(阿闍世)に罪があるとどうしていえようか。大王よ、頻婆娑羅王は昔、悪い心を起こして毘富羅山(びふらせん)という山に鹿狩り遊びをして広い野原を鹿を射止めようと駆け巡った。 ところが、ほとんど射止めることができなかった。その時、そこに一人の超能力を持った仙人がいるのを見た。その結果、王は劣悪な怒りの心を起して「私が鹿を狩っているとき、どうにも鹿が狩れなかったのは、まさしくこの仙人が鹿を追い払って狩れないように したからだ。」 と、身近にいる側近に命じて、この仙人を殺害したことがある。この仙人はいのち終る時、瞋(いかり)を起こして立派な神通力もなくしてしまったが、王を恨んで《私には鹿を追い払うようなことはしておらず罪はない。お前が横暴にも私を 殺害するようなことをした。私は来世で、お前(頻婆娑羅)を同じように横暴なやり口で、お前を殺害する。》 と遺言した。その時、王(頻婆娑羅)はこれを聞いた後、後悔の心を起して、その死骸を供養した。先王の所業はこのようであったが、このように供養し たこともあって、罪が軽くなり地獄には堕ちなかった。況や阿闍世王、そなたは直接に殺せとたわけではないから、地獄に堕ちるはずがあろうか。先王はみずから上述のような悪業をして、その悪業の報いがあって、このように命を落とすことになったのだ。 阿闍世王よ、あなたには、父を殺したという罪はない。王(阿闍世)は父王に罪はないというけれども、どうして罪が無いといえようか。罪があれば罪の報いがあり、罪が無ければ罪の報いもないはずだ。あなたの父に罪が無いというなら、どうして殺される という報いがあろうか、あるはずがない。頻婆娑羅王は、この世で王になるという善い果報と、殺されるという悪業の報いを受けた。だから父王は善とも悪ともいえない。善か悪かは定まらないから、たとえこの人を殺しても善とも悪ともいえないのである。 殺したことが善が悪かが定まらないなら、どうして、あなた(阿闍世)が必ず地獄に堕ちるといえようか。王よ衆生が錯乱するのには四種がある。一つは貪りによるもの、二つには薬を飲むことに因ること、三つには呪われたことによるもの、四つには過ぎた 昔の諸行によるものである。王よ私(釈尊)の弟子の中にも、この四種の錯乱を起こした者がいる。この錯乱したものが多くの悪を作ったとしても私(釈尊)は、この人が戒律を犯したものとは思わない。錯乱したものが行った悪は地獄、餓鬼、畜生となるような 罪とはならない。もし正気に戻ったなら、その人が戒律を犯したとはしないのである。大王は、かって国を奪って王になりたいという心から父王を殺害した。それは貪欲による錯乱が行ったことである。どうして罪になろうか。王よ、人が酒に酔って母に 逆害を犯して、その後、後悔の念に苛(さいな)まれるようなものである。この行ないもまた報いの対象とならないことを知るべきだ。大王は今、貪欲による錯乱から父王を殺害したのであって、正気でしたことではない。正気でしたことでないのなら どうして罪になることがあろうか。大王よ、たとえば幻術師が街の四つ角で種々の男女、象、馬、瓔珞、衣服の幻(まぼろし)を作ることがあるが、愚かな人は真実であると思うが智慧ある人は真実ではないと知っている。殺害ということも亦(また)これと 同じで凡夫には真実と見えるが、仏たちには、それは真実ではないと知っている。大王よ怨みを持った人が親しく付きまとってくるようなものだ。愚かな人は、親しくしてくれる人を真実だと思うが、智者は、それが虚仮の詐(いつわ)りであると知ることが できる。殺害も亦(また)これと同じで、凡夫は真実と謂(おも)うが、仏がたは真にあらずと知っておられる。 大王よ、人が鏡で自分の顔を見るようなものだ、愚かな人は、その面像が真実だと謂(おも)うが、智者は真実にあらじと知っている。殺害もまたこれと同じで 凡夫は真実だと謂(おも)うが、仏がたは真実ではないと知っておられる。 大王、熱のときの炎の如し、愚かな人はこれを水と謂(おも)う、智者はそれが水ではないことを知っている。殺害もこれと同じで、凡夫は之を真実であると謂(おも)うが、仏がたは真実では ないと知っておられる。大王よ、蜃気楼の城のようである。愚人はこれを真実のお城と謂(おも)うが、仏がたは、これを真実ではないと知っておられる。 大王よ、人が五つの悦楽の夢を見る時のようなものである。愚人はこれを真実と見るが、仏がたは、 その悦楽は現実のものではないことを知っておられる。 大王よ、私(釈尊)は殺害の方法、殺害の仕業、殺害を行なう人、殺害を行った結果、そしてまたその殺害からのがれる方法を皆心得ているが、そのことが罪ではないことを知っている。王も殺害を知ると雖(いえど)も何ぞ罪になろうか。 大王よ、たとえば酒のことを よく知る人がいても、酒を飲まなかったならば酔わないようなものである。また、これは火だとわかっても、燃えないようなものである。大王も同じである。殺害を知っているといっても、殺害の罪はないのである。 大王よもろもろの衆生が居て、日の出ているときには種々の罪を作り、月が出ているときには、復(ま)た強盗をはたらき、日月のでない時には罪を作らない。日月によって罪を作らせるといっても、日月そのものには罪はない。殺害もまたこの如しで直接手を 加えなければ罪はないのである。―中略― 大王よ、涅槃は有でもなく無でもなくて、しかも有であるようなものである。殺害もまた、このようなものである。有でなく、無でなくして、根源は有であるといっても、慚愧の人には有ではないとなる。慚愧の 無い人には無ではない。報いを受ける者にとっては之を有となすようなものである。 あらゆるものは実体がなく空であると知った人は、すなわち有に非(あら)ずとするし、あらゆるものには固定した実態があるとする人は亦(また)あらゆるものを名付けて 有とするのである。なぜそうかというと全てが有だとする人は果報を得るが故に。また全てが無であるとする者はすなわち果報もないのである。涅槃の常住をさとっている人は、すなわち有にあらずとする。涅槃を常住と見ない人は、すなわち無に非ずとする。 涅槃が常に存在していることに執(とら)われて見ている人には無であるとすることはできない。なぜかというと涅槃が常に存在していることにこだわる人は悪業の報いがあるが故にすべてを無と見ることができないのである。このようなわけであるから有に非ず、 無に非ずして、また是れ有なのである。大王よ、衆生というのは息の出入りする者を指していうのである。出入の息が断たれると名付けて殺とするのである。仏がたも、この俗世界に順じて、これを殺と説くのである。> ―中略― <尊き師(釈尊)よ、私(阿闍世)が世間を見るに伊蘭子(いらんし=伊蘭樹の種)からは伊蘭樹(悪臭を放つ樹)が生じます。伊蘭から栴檀樹を生じることは見たこともありません。今、私(阿闍世)ははじめて伊蘭子から栴檀樹が生じるのを見ました。 伊蘭子は私です。栴檀樹は私(阿闍世)の心です。すなわち、煩悩にまみれ何の力もない私の心に仏(釈尊)がお与えになった信の心です。無根とは如来を敬う心のかけらもなく、仏法や僧を信じない今までの私(阿闍世)の心です。これを無根と 名づけるのです。尊い師(釈尊)よ、私(阿闍世)が若し如来世尊である釈尊にお遇いしなかったなら無限の長い間にわたって、大地獄に堕ちて、この上ない苦しみを受けねばならないところでした。しかし今、私(阿闍世)は仏に お遇いすることができました。これを以て、見仏を得るという功徳が、私という衆生の煩悩悪心を砕き去ったのです。> 仏(釈尊)が<大王、それは、とても善いことだ。私(釈尊)は今、汝(阿闍世)が衆生の悪心を見事に砕き去るのを知った。> と云われた。 阿闍世は云った<尊い師(釈尊)よ、若し私が審(つまび)らかに能く衆生のもろもろの悪心を砕き去ることができたなら、私(阿闍世)は無限の長い間阿鼻地獄に常に在って、もろもろの衆生の爲に苦悩を受けようとも、私はそれを苦と思いません> と。 その時に、摩伽陀国の無数の人々が、ことごとく阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい=仏教のさとりの心)を発(おこ)した。このように無数の人民が大いなるいのちを生きる心を発(おこ)したが故に、阿闍世王の身についた重罪は たちまち微薄なものとなった。このようにして阿闍世王および、その母の韋提希夫人、および妃(きさき)や女官たちも、みな、さとりの心を発(おこ)したのである。その時、阿闍世王が耆婆に云った。<耆婆よ、私は今、仏によって生きる者となった。 私のいのちは生死を超えたものとかり、無常の身ではなく常に仏と共にある身となった。そしてまた、無数の人々にさとりの心を起こさせたのである。 仏弟子となった阿闍世王は、上の言葉を語り終わって仏を称える種々ののぼりをもって、また仏を称える歌を以て讃歎して言わ く、<仏の真実のことばは、はなはだ微妙である。 ことばの一句一句がまことに善く巧みである。 はかり知れない深い意味が篭められている。 人々のための故に顕かに示す。 すなわち人々のために広くいきわたる教えを顕かに示す。 人々のために時にわかり易く要点を示して説かれる。 このようにして能く人々を苦海の軛(くびき)から解き放つ。 もし、もろもろの衆生が、このような仏のことばに出遇うことができたなら、 信、不信に関わらず、さだめて、ほとけの説くこころを知るであろう。 もろもろの仏は常にやさしい言葉をもって、 また時に衆生の爲に厳しい言葉をもって お説きになるが やさしい言葉も 厳しい言葉も 皆、仏の真実の言葉である。> この故に、私は今、釈尊に帰依したてまつる。 釈迦如来のことばは真実であること、無限の大海の如くです。 これを第一義諦と名付けます。 故に意味のない言葉は何一つなく 如来の説きたまうことばは全て真実のことばである。 老若男女この言葉を聞いて、みな同じく真実のさとりを得しめたまう。 如来のことばは因果の法則を超えており 無生であり、亦た、無滅の真実である。 これを大いなるさとりの世界と名付ける。 もろもろの煩悩の束縛を解き放つ 如来は一切の衆生の爲に 常に慈悲の父母となりたまう。 まさに知るべし 一切の衆生は皆、如来の子である。 尊き師の大慈悲は衆生の爲に苦行を修めたまうこと 衆生が魔物に取り憑かれて 錯乱する所業にも似て激しいものである。 私(阿闍世)は今、仏を見たてまつることを得た。 得るところの身・口・意(しん・く・い)の三つによって行なう善を 願わくば、その功徳をもって、この上ないさとりに回向したい 私(阿闍世)が今、供養するところの仏・法・多くの僧すなわち三宝。 願わくば、この功徳を以て、三宝が常に世に在りますように 私(阿闍世)が今、当(まさ)に獲べきところの種々の諸功徳 願わくば此れを以て衆生の煩悩魔・死魔など四種の魔を打ち砕きましょう。 私(阿闍世)は仏法に背く悪い師に遇って過去・現在・未来にわたって罪を作ってきたが 今、仏の前で、その事を心底から後悔しています。 以後は決してそのような罪を作らぬことを身命に誓って願っている。 もろもろの衆生が等しく、そして悉(ことごと)く仏の道を進むことを願わしく思う。 心に繋けて常に十方の一切の仏を念じたいと思う。 復(また)もろもろの衆生が、等しく、もろもろの煩悩を砕き去って 最後の最後に仏性を見ること文殊菩薩の如くであることをこころから願う>。 そのとき釈尊は阿闍世王をほめて<それは善いことだ。もしそのように菩提心を発(おこ)す人があれば、まさにこの人はすなわち仏がたと、そこに集まる人々に光を当てる人なのである。 大王よ、あなたは過去に毘婆尸仏のもとで無上菩提心を発(おこ)した。それ以来、私(釈迦)が世に出るまで、いまだかって地獄堕ちの苦を受けたことが無い。大王よ、仏の道をもとめるという菩提心を起こせば このように、はかりしれない果報があることを、知るがよい。大王よ、今より後、常に、まさに、ねんごろに菩提心を修めるべきである。何故かというと、そのことによる因と縁によって多くの悪を消滅されることが出来るからである。>といわれた。 その時に阿闍世王とマガダ国の人民は挙(こぞ)って座より立ち仏の回(まわ)りを、右に三回まわって、その場を離れ、王は宮殿に還ったということである。」 【語釈】 五通→五神通のこと。仏語。五種の不思議な超人的はたらき。思いどおりのところに行ったり、心biのままに境界を変えたりすることのできる神足通(神境通)、遠近粗細の境が見わけられる(天眼通)、三界の声が聞こえる(天耳通)、 他人の心を知ることができる(他心通)、過去の一切がわかる(宿命通)の五つ。 |
| 【HP作成者私考】 自らの地獄堕ちを、この上なく恐れる悪人阿闍世はどうなるのか、いよいよ釈尊の登場です。親鸞聖人の『涅槃経』からの引文は、まず最初に「私は阿闍世のために涅槃に入らず』 ということばから始まります。 「涅槃に入らない」とは、一見、死なないということを意味するのかと思います。すなわち阿闍世がいなければ、近いいうちにいのちが終わるところだったけれども、阿闍世が 自らの罪に苦しんでいるのを見て、私は阿闍世のために死なないで生きていよう、もっと言えば阿闍世が犯した罪の苦しみに私も向きあおうということでしょうか。更にもっと言えば悟りの世界に入らない、すなわち 「仏にならない」ということでしょう。あれっ、釈尊はこの時点で既に仏では なかったのか、ということになりますが、仏であればこそ、この時点で即座に悩みある人間に還って、「私は阿闍世が救われない限り、わたしも阿闍世のために阿闍世とともにいつまでも 地獄に堕ちる苦しみを味わおう」 ということだと私は思います。釈尊はこのあとに「《阿闍世》の為というのは、一切の五逆を造る者の為ということであり、これはとりもなおさず全ての衆生の為ということである。」 ということばが続きますが、これは『涅槃経』の作者が仏教教義の正統的立場から発した言葉であって、阿闍世にとっては、はじめの釈尊のことば「私(釈尊)は阿闍世が救われない限り、私も人間に帰って 人間として阿闍世のために阿闍世とともにいつまでも地獄に堕ちる苦しみを味わおう」 という言葉、この言葉こそ阿闍世の胸を撃ち、阿闍世に釈尊への「信」が芽生えた瞬間であり、阿闍世に救いの光が はじめてあたった瞬間であったと思うのです。釈尊はこの言葉を 発したあと阿闍世のために月愛三昧に入られましたが、何をおいても、釈尊の上記の言葉こそ阿闍世の心の芯を撃ち、だからこそ、阿闍世は「かれ(釈尊)は天中の天(すなわち仏)なり」 と釈尊の中 に生きておられる仏にはじめて気づきます。月愛三昧が阿闍世の身の瘡を瞬時にして癒やすという奇蹟が語られ、仏はまず身の病いを癒やし、そのあと心の病いを癒やされると耆婆は語りますが 宗教的には、まず心の病が癒され、それによって身の病いが癒されるのではないかと、いささか疑問に思うところもあります。 この後、釈尊が直接に阿闍世に語りかけられるくだりが、始まりますが こゝでの釈尊のことばは如何なものでしょう。たとえば、阿闍世の父王の殺害について「心に思い、口にいうだけで、身に行わないなら、その報いは軽い、命じただけでは王の罪にはならない、ましてや 阿闍世はそのように命令をしたのではないから、どうして罪になろうか。」とか、そのほか「父王にも、家来に命じて仙人を殺害するという行為があった、父王はその罪の報いによって 命をおとすことになった。」 など、ここでの阿闍世に罪はないという釈尊の一連の言説にはまったく頷(うなづ)けないことばが並んでいます。これでは、前回の外道六師の、ことばと変わりが ありません。なにか具体的現実的な状況分析によって阿闍世に罪がないことを説いているようなものです。それも、現代の私たち衆生としても受け入れがたい表現です。 これでは釈尊のことばであることに驚くばかりで、全く頷(うなづ)けません。 したがってここで云えることは、世の中のことばで、阿闍世の救いを説くことがいかに困難であるかということを『涅槃経』は 指し示しているというしかありません。それにひきかえ釈尊がこの「116」の引文の最初に発した言葉「阿闍世が救われなければ、私(釈尊)も仏から人間に還って、いつまでも阿闍世とともに地獄堕ちの苦悩の世界にとどまる。」という 釈尊のことば、このことばによって阿闍世は仏の世界に目覚めさせられ、釈尊に対する「信」の世界が開かれたといえるのではないでしょうか。 このように釈尊を信ずる世界、すなわち仏を信ずる世界に入った阿闍世は悪臭を放つ伊蘭樹の種から栴檀の樹が芽吹いたという喩えのもとで、自らが根本から救われたことを表白します。 まさに、仏が人間に立ち還って「お前(阿闍世)が救われなければ、私(釈尊)もお前と同じ人間になって、お前と同じ苦しみをいつまでも受けていこう。」 という言葉によってのみ釈尊への信の 世界に導き入れられたのです。 そして阿闍世は次のような言葉を発します。<若し私が審(つまび)らかに能く衆生のもろもろの悪心を砕き去ることができたなら、私(阿闍世)は無限の長い間阿鼻地獄に常に在って、 もろもろの衆生の爲に苦悩を受けようとも、私はそれを苦と思いません> この言葉こそ、同時に、この上もなく地獄堕ちを怖れていた阿闍世が自らの罪に向きあい、それを償うのに地獄堕ちも厭わないという表白です。 阿闍世が真に救われたことを示す言葉に外なりません。これはもちろん自らも衆生の一人として、全ての衆生の悪心を破壊(はえ)し共に救いの道を進もうとして、その為にも地獄に在ることも厭わないということでもあります。 まさに真宗の安田理深師が『下総たより(4)ある老人の問いと答』 で云われているように「信心に眼が開けば地獄におちても、そこが浄土、信心がなければ浄土におっても地獄」 ということばは、 この阿闍世のこころを表しているのではないでしょうか。 今月は以上で終わります。
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『顕浄土真実教行証』信文類本文40
「はじめに」 今回読む進める【117】は、ちょっと奇妙な構成になっています。前半には、すでに【116】において、見事に回心し仏弟子となった阿闍世王がこんどは善見という名になって登場し、父の頻婆娑羅王を殺害しようと
するけれども、そのような善見にとって思うように事が運ばない状態のときに、提婆達多という人物が登場するという物語です。それでは早速本文に入ります。
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| 【読下し古文】
【117】 またのたまはく( 太子のためのゆゑに、種々の神通の事を現作す。門にあらざるより出でて門よりして入りて、門よりして出でて門にあらざるよりして入る。ある時は象・馬・牛・羊・男・女の身を示現す。善見太子見をはりて、すなはち愛心・喜心・敬信の心を生ず。これを本とするがゆゑに、種々の供養の具を厳設しこれを供養す。またまうしてまうさく、〈大師聖人、われいま曼陀羅華を見んと欲ふ〉と。時に提婆達多、すなはち往きで三十三天に至りて、かの天人に従ひてこれを 善男子、われこの事を知らんと。阿難に告げたまはく、〈三月を過ぎをはりて、われまさに涅槃すべきがゆゑに〉と。善見聞きをはりて、すなはちわが所に来れり。われために法を説きて、重罪をして薄きことを得しめき、無根の信を獲しむ。 善男子、わがもろもろの弟子、この説を聞きをはりて、わが意を解らざるがゆゑに、この言をなさく、〈如来さだめて畢竟涅槃を説きたまへり〉と。善男子、菩薩に二種あり。一つには実義、二つには仮名なり。仮名の菩薩、われ三月あってまさに涅槃に入るべしと聞きて、みな退心を生じてこの言をなさ く、〈もしそれ |
| 【現代意訳】 【117】 またいわれている(涅槃経・迦葉品)。 「善良な人々よ。王舎城の王に善見(阿闍世)という名の太子がいた。それまでのいろいないきさつから悪逆の心が生じて、その父(頻婆娑羅)を殺害しようとしたが、うまくいかなかった。その時、悪人の提婆達多という男がいて、これもまた過去の いきさつから、またわたしの所で、よくない心を起こし、わたしを殺害しようとした。すなわち五つの神通力を修めて、やがて善見太子と親しくなった。太子のためという理由で種々の神通力を表して見せた。すなわち門でないところから出て、 門から入ったり、門から出て門でないところから入ったり、ある時は象・馬・牛・羊・男・女になってみせたりした。善見太子はこれを見て、これはすばらしいと喜び、提婆達多を敬い信じるようになった。このようなことがもとになって、提婆達多の ために種々の供養の道具を恭(うやうや)しく設けて崇め奉った。そして心をこめて「偉大な師よ、私は今、曼荼羅の華が見たいのですが」と言った。提婆達多はすぐに忉利天という帝釈天の住む天国に行って、そこの神々に曼荼羅の華が ほしいと頼んだが、彼(提婆達多)の神通力が弱っていたので、だれも与えてくれなかった。華を得られなかったので、彼は<曼荼羅は植物だから自分とか自分の物といった意識はないから、もしこれを奪って持って帰っても何の罪があろうか> と考えて、自らこれを獲ろうとしたところ、そのとたんに神通力を失った。そして気が付くと都の王舎城にいることがわかった。提婆達多は悔(くや)しく思って善見太子(阿闍世)のところに会いに行くことができなかった。また次のように考えた。 <私は今、まさに釈迦如来のところに行って多くの弟子たちを自分の弟子にして、釈尊がもしそれを聴き入れたら私は思うままに弟子たちを統率して、高弟の舎利弗なども自分の意のままに使ってやろう>。 そうして提婆達多は私(釈尊) のところに来て<ところで願わくば釈迦如来よ、あなたの弟子たちを私(提婆達多)に任せてもらいたい。私はそれらの者にいろいろ教えを説いて信服させましょう。> と云った。私(釈尊)は、この愚か者に対して云った。<舎利弗などは 大いなる仏智を覚って世の中から信頼されている。それでも私(釈尊)は世の人々を導くのを任せてはいない。いわんやお前のような智慧もなく、人の唾をなめて自分の説にするようなものに任せるわけにはいかない。> と。 その時、提婆 (提婆達多の略)は、怒って私(釈尊)に向かって<瞿曇(釈尊のこと)よ、お前さんは多くの弟子たちを教え従わせているが、いつまでも、それが続くと思うな。今に滅んでしまうだろう。> と云った。これを言い終ったとたんに大地が六回振動し 提婆はたちまち地に倒れて、その身から大暴風を起こして砂塵を巻き上げあたりを汚しまくった。 更に提婆は自分のひどい姿を見て、また<もし私(提婆)が生きながら阿鼻地獄に堕ちるなら、私の恨みは、まさにそれにも増した大きな 悪の報いをお前に与えるだろう。> と云った。そして間もなく立ち上がって善見太子(阿闍世)のところに行った。 善見は提婆の様子を見て、すぐれた聖なる師(提婆)に問うて<どうして、顔色が憔悴して憂いておられるのですか> と云ったところ、提婆は<私はいつもこうなんです。ご存じなかったのですか>と云った。 善見はそれに応えて<それでは、どのような訳があって、そのように憂いているのですか、その訳を話してください。> と云った。 提婆は<私は あなたにこの上なき好意をもっています。ところが宮廷外の人々が、あなたの悪口を云っています。私(提婆)はこのことを聞くにつけ、憂いを持たざるを得ません。>と云った。 善見太子はそれに対して<わが国の 民は、どのようなわけで私の悪口を云うのか> と尋ねた。 提婆はそれに答えて<国の人民は、あなたを未生怨(みしょうおん)であると罵(ののし)っています。> 善見は気色ばんで<何故、私を未生怨と名付けるのか。だれがそのような名を つけたのか。>と云う。提婆達多はいう<あなたがまだ生まれ出なかったとき、全ての占い師がみな《この児は生まれたら必ず父を殺すだろう》 と、それで宮廷外の民は、みなあなたのことを名付けて未生怨というのです。宮廷内の者は あなたの心を思いはかって善見太子と呼ぶのです。あなたの母の毘提(びだい=韋提希)夫人は、この占い師のことばを聞いて、あなたが生まれる時、高い建物の上からあなたを産み捨てたのですが、あなたは指を一本折っただけでした。 このようなわけで、人々はあなたを名付けて婆羅留枝(ばらるし=指折れ)というのです。私(提婆)はこのことを聞いて憤懣と愁いを持っていたのですが、しかしあなたに向かってこの事をお教えすることをはばかったのです。 このようにして提婆達多はこのような悪い因縁を教えそそのかして、善見に、その父を殺すように仕向けた。 そうして<もしあなた(善見=阿闍世)の父が死ねば、私(提婆)もあの仏者瞿曇(釈迦)を殺しましょう> と云い添えた。 善見太子は、雨行という一人の大臣に<私の父である大王は、なぜ私のあざなが未生怨といわれるようになるようなことをしたのか。> と問うた。大臣は善見の問うところにしたがって、その一部始終を話した。それは提婆達多の説くところと 異なるところがなかった。善見は聞き終わって、すぐに大臣とともに父の王を捕まえて、これを城外に閉じ込め四種の兵をつかって、これを幽閉した。毘提(いだいけ)夫人は、このことを聞いて、ただちに夫の頻婆娑羅王のところへ行き会おうと したが、守衛がそれをさえぎって会わせまいとした。夫人はもの凄く瞋(いか)って、守衛を叱り罵(ののし)った。そこで守衛は、すぐさま太子に、告げに行って<大王(頻婆娑羅王)の夫人が来られて大王に会うといっておられますが どうしましょうか。>と云って伺いをたてた。 善見はこれを聞いて、さらに怒って母に向かって行き、母の髪を掴んで刀を抜き切り殺そうとした。その時、耆婆という王家に使える重臣が善見に向かって<この国が始まって以来、如何に罪が 重くとも女性を処刑したことはありません。ましてや生みの母にそのようなことをすることは許されません。> と諫(いさ)めた。善見太子はこの言葉を聞き終わって、耆婆に免じて、母の髪を掴んでいる手を放したが、その代わりに父王に 衣服・臥具・飲食・湯薬の一切を与えることを禁止した。そして七日を過ぎて父王のいのちは断たれた。 善見太子は父の死骸を見終わったとたん、彼は激しい後悔の念に苛(さいな)まれ始めた。そこで雨行大臣は邪まな心をもって<大王、一切の行ないに全て罪はありません。どうして後悔されているのですか。>と説得しはじめた。 耆婆はすかさず、また<大王(善見)、まさに知るべきです。このような大王の行為は罪業が二重になります。一つは父の王を殺したこと。二つには須陀洹という覚りの境地にある父王を殺し、その境地をを滅してしまったこと。 このような罪は仏である釈尊を除いては、これをよく除滅させることはできません。>と云い加えた。 善見王はそれに対して<釈迦如来は清浄の極致に在り、汚れや穢れが全くない方だ。私のような罪人がどうしてお遇いする事 ができようぞ。> と云った。 <善き人々よ、私(釈尊)は、善見がこのように思うであろうことはよくわかっている。>と釈尊は云われ、弟子の阿難に<三か月経つと私は涅槃に入って、この世から姿を消すであろう。>と云われた。 善見は、これを聞き、すぐさま、私(釈尊)のところに来た。わたしは善見のために、その事の意味や対処法を説き、その重い罪を軽くしてやり、大いなるいのちに基づく「信」の心(無根の信)を起こさせたのである。 善き人々よ、私(釈尊)のもろもろの弟子の中で、私が説いた無根の信などの教えを聞き終わっても私の意(こころ)がわからずに<如来はさだめて結局死を迎えられるのだ。> というものがいる。 善き人々よ、菩薩に二つの種類がある。 一つは本当の菩薩、 二つには名前だけの菩薩である。名前だけの菩薩は、私(釈尊)が三か月後にこの世から姿を消すだろう(死ぬだろう)と聞いて、混乱を生じて<もし釈迦如来が無常で永遠でないならば、私たちはどのように生きればいいのだろうか。 この無常の世ということがあるばかりに、過去の 限りない年月の間、このことによって大苦悩を受けてきました。如来は限りない功徳を成就しそれを具えられておられるのに、しかもなお死を超えることができないとするなら、ましてや私たちが死を超えることができようか。よき人々よ、 私はこのような菩薩に <如来は常住であり、遷り変わったりするものではない。> と説いても、私(釈尊)の多くの弟子が、この説くところを聞いて、私の真意を解せず、こんどは、さだめてこのように云うであろう。<釈迦如来は死んでしまわれるようなことはなく、 いつまでも生きておられる。> と。 。 |
| 【HP作成者感想】 この、提婆達多という人物は、これまた善見以上の悪巧みの男です。善見は大王の位を父王から奪いたい、提婆達多は釈尊を亡き者にして自分が釈尊の教団を奪いたいという共通のたくらみをもっており、それには先ず善見に取入って、彼を大王にして、その王の力で 自分の釈尊教団に対する野望をとげようと、いろいろ画策します。このあたり、本文をお読みいただければその様子がわかりますが、何事もうまくいかない提婆は、いよいよ、善見にその父王を殺害させようと、善見に起こった過去の不幸を暴露します。それは 善見がこの世に生をうけようとするときに父王とその夫人が、自分たちが殺害した仙人の呪いにかからない様に善見を 高い建物から生み落とし、そのいのちを奪おうとしたこと、ところが、善見は指を一本失っただけでいのちは奪われなかったことを告げて、 善見の復讐心を煽(あお)りました。この結果、善見は父を殺害し母を幽閉する結果となった。このように提婆達多の告げ口によって善見は王位を奪うことができた。【117】において涅槃経は提婆達多の悪人ぶりを、このように表現しますが、善見は父を殺害 しましたが、父の死骸を見て激しい後悔の念に苛(さいな)まれました。そこで宮廷の名医で釈尊の弟子でもある耆婆(ぎば)という人物が現れ、善見に対して、あなたの心の病を治すことが出来るのは釈尊のみであるとして、善見に釈尊に会うことを進言するの ですが、 善見は私のような悪人に、釈尊のような清浄な仏ともいえる方が会ってくれるだろうかと躊躇します。釈尊はその様子を見て、<三ヶ月後に私(釈尊)は涅槃に入る(いのちが終わる)>といって、いわば善見が速やかに会いに来るように促します。このような釈尊の ことばを聞いた善見は、急いで釈尊に会って、その教えに接し、その結果 往生浄土を成就することができるのですが、提婆達多はそれを知ってか知らずか、いずれにしても、信巻の涅槃経からの引文では、上記の記述のように善見の悪行を煽ったのちは、 もし善見が父を殺害することを果たせば、私も釈尊を亡き者にすると云います。ところが、その後、 提婆はどのようになったかは、この引文では記述されていません。 ものの本には、その後、自分の手の爪に毒を塗って、釈尊に掴みかかって、毒爪を突き刺して 釈尊を殺そうとしますが、その途端に提婆自身がつまづいて毒爪が自分の身体に突き刺り、その結果彼はいのちを落として阿鼻地獄に堕ちることになります。 となると、この段階で気になるのは、悪人である提婆達多は救われなかったのかということです。 阿闍世は【116】で見られたように、それまでの自身の煩悩に振り回される世界から回心して、釈尊、すなわち如来の教えを信じる世界に入ることができたのに、提婆達多には救いの道はないのかということです。なるほど【観無量寿経】には、提婆のような 五逆の罪を犯した人間は死の間際に善知識の勧めによって細々といえども称名念仏を十回称えれ往生浄土が成就して救われるというということなのですが、具体的に阿闍世王が回心の結果救われたように、提婆が救われる、そのようないきさつを説いた経 を見たことがありません。 では親鸞聖人は、提婆達多のような経典に登場する悪人をどのように見られていたのかということも気になります。 親鸞聖人が作られた浄土和讃に次のようなものがあります。「弥陀・釈迦方便して 阿難・目連・富楼那・韋提・達多 ・闍王・頻婆娑羅・耆婆・月光・行雨等」、「大聖おのおのもろともに 凡愚底下のつみびとを 逆悪もらさぬ誓願に 方便引入せしめけり。」 というのがあります。この中の達多は提婆達多であり、闍王は阿闍世王です。阿難・目連・耆婆などの善玉に加えて、 達多・闍王の悪玉に至るまでを動員して、我々凡愚底下の凡夫に弥陀の本願を気付かせ、救い上げようとされるのが弥陀のはたらきなのだと受取っておられます。こうなると何をか云わんや、阿闍世も提婆も弥陀のはたらき、いうならば我々を往生浄土せしめ ようとする弥陀のはたらきをあらわす化身であったということになります。 このように見れば提婆達多は救われるか救われないかという議論を超えて、すでに、これらの悪逆無道の人間は、仏が我々凡夫に弥陀の本願を気づかせようと方便として現れた存在であり、 提婆の救いの 問題を云々する前に既に提婆は仏であったということになるわけで、提婆はすでに救われている、いや既に仏であったということになり、この議論はここで終わればいいということになるわけです。 ところで、このあと【117】の記述は、善見が父王殺害のあと激しい後悔に苛まれているとき、宮廷の良医の耆婆が釈尊に会うことを善見に勧めますが、善見は私のような悪人に清浄な仏である釈尊がお会いにならないだろうと躊躇する場面があり、 釈尊は善見を救おうという心から、早く来なければ「私は三月のあとに涅槃に入る」 と云って、善見が会いに来ることを促されます。このことばについて、それを受取る菩薩に、本当の大乗の真実を体得した菩薩と、そうでない仮名(けみょう)の菩薩 すなわち大乗の真実を体得していない二種類があると、釈尊がいわれる部分があります。釈尊の弟子の多くも、「如来は結局涅槃に入られるのだ」すなわち「死んでしまわれるのだ」 と云って「もし如来が死んでしまわれたなら、私たちはどうすればいいのだ、 私たちは無常な 死と いうことがらがあるために、はかり知れない昔から、大いに苦しみ悩み続けてきたのだ、それなのに、無限の功徳を成就された如来も無常な死というものの前には無力なのか、それでは、とても私たち凡夫は死という無常な事柄を超える ことなど、でき ないでは ないか」と困惑し絶望する弟子がいる。そこで私(釈尊)はあらためて「如来は永遠不滅である」と言い直されます。しかし、そのとたんに、こんどは、その真実の意味が解らずに、「如来は結局死んだりはなさらないのだ。」と肉体をもった 釈尊が何時までも死なずに生きておられると解釈してしまうと、いささか嘆かわしいかぎりだと いわんばかりに釈尊はいわれて、それでこの【117】の『涅槃経 迦葉品』からの引文は終ります。これは一体どういうことがいわれているのでしょうか、私はしばらく、 その意味がわかりませんでした。しかしこれは、まことに大切なことを表現している文章 であることが今やっとわかりました。すなわち、釈尊は歴史上の肉体をもった仏でした。したがって、釈尊は人間として有限のいのちを全うされて亡くなられます。 これを弟子たちは表面的にのみ受取って、仏である釈尊が死んでしまわれる、 そうなると私たちはどうすればいいのだ、仏である釈尊は永遠に生きておられる筈ではないのかと、うろたえ嘆き絶望するのです。そこで釈尊は、いやいや「如来は永遠不滅 だ」といわれたら、こんどは歴史上の有限ないのちを持っておられる釈尊は 永遠に死んだりなさらないなどと、なお事実と異なる理解をしてしまう。このことは、まさに仏である釈尊を理解していないことになるのであって、釈尊は有限のいのちをお持ちで あると同時にた無限のいのちをもたれた仏であるということが真実であって、これこそまさに釈尊と阿弥陀如来の関係ということになるのであって、すなわち釈尊のさとりの内容が阿弥陀如来であるということであります。そうしてそのことが 現代語訳にあるように<如来は三月の後に涅槃に入る>ということと、<如来はいつまでも世にとどまられ、決して涅槃にお入りにならない。>ということの矛盾を解消することであると今、考えています。 今月は以上で終わります。 |
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『顕浄土真実教行証』信文類本文41
「はじめに」 先月まで、この3ヶ月ほどは五逆の悪人阿闍世の救いにまつわる、長い文章が続きました。今月からは、阿闍世のような五逆の徒が救われるということは如何にして成り立つのかということを『大無量寿経』の第十八願を中心に『唯除五逆誹謗正法』の部分も含めて考えていきたいと思います。そこで、先ず今月の初めは、第十八願後半の『唯除』以外の前半の部分について考え、その後に「唯除」の問題の入口に入りたいと思います。 それでは例によって、『教行信証 信巻』の【118】と【119】の部分の【読下し古文】および、その部分の【現代意訳】をお読みいただき、その後に続く【HP作成者感想】をもお読みいただければ幸いです。 |
| 【読下し古文】
【118】ここをもっていま |
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【現代意訳】
【118】 さて大聖釈尊の真実の教えによれば、救われ難い三種の衆 生、癒やしがたい三つの病いを表す五逆・謗法・一闡提であっても、 弥陀の衆生救済の誓いを憑(たの)み、他力迴向の信心の世界に生きておれば弥陀の大悲は、 これを深く悲しみ哀れんで、たとえば醍醐という特効薬が全ての病を癒やすのとおなじように、これらの病いを治癒してくださるのである。 濁った世に住む人々、最下等の穢れた悪人でしかありえないもろもろの人々よ、壊れることのない真実のこゝろを もとめるべきである。 仏が誓われた衆生救済の醍醐の特効薬をしっかりと身にいただくべきである。 【119】 さて、いろいろな大乗経典によると、上にのべたように救われ難い三種の衆生について説かれている。 そうして『大無量寿経』には「たゞ五逆と謗正法の者を除く」といい、また如来会には「たゞ絶え間ない悪業を作り、正法および 仏教のもろもろの聖人を謗る者を除く」となっている。ところが『観無量寿経』には五逆は往生の可能性があると説かれているが、謗法の者が救われるとは説かれていない。はたまた『涅槃経』には、上で説かれた五逆・謗法・一闡提という 治しがたい三種の病いのことが説かれている。 これら真実の教えを説く聖教をどのように考えるべきだろうか。 |
| 【HP作成者感想】 第十八願の「唯除」の部分までの前半、すなわち釈尊が説かれる十劫のむかし法蔵菩薩が衆生救済の四十八の誓願をたてられ、その中でも至心信楽の願とも念仏往生の願とも説かれる第十八の誓願において五逆・謗法・一闡提といわれる治し難い人生の重病人も、この第十八の誓願のはたらきに任せて、他力迴向の信心の世界に住むことが出来れば、如来は大悲の思いから共に悩み、真実の修行を成就され、その功徳による大いなる力(本願力)によって間違いなく救われるのだということを先ず信巻の【118】において親鸞聖人は強調されています。 さてここで筆者の思いますことは、この世にある時点で生まれ出でたのだが、さて、自分は何のために生まれてきたのか、生きているとは一体どのような意味を持つのかということが死ぬまで分からずじまいで死んでいく、いつに変わらぬ、この衆生の有りようが上記の『大無量寿経』という経典の記述にある法蔵菩薩の誓願、特にその第十八の誓願によって「至心に阿弥陀仏を信じ、浄土に往生したいと乃至十念、すなわち十回ほどの念仏をすれば往生できる、すなわち人として生じする意味とは南無阿弥陀仏において生死する、すなわち大いなるいのちである阿弥陀仏に帰命することにおいて生死するということだと納得することができると説かれていることになります。現代のように科学主義、事実主義こそ唯一の信ずべき根拠であるということを根っこから教育され尽くしている我々のような現代人は、法然・親鸞あるいはその背後の七高僧のように、経典という真実の書に書かれている内容であるから、それを信じるということができないのは、どうすればいいのでしょうか。 そこで私(筆者)の考えはこうです。上記法蔵菩薩の誓願は、まことに自らを省みずに、まず他人が救われることを主眼とし、全ての自ら以外の他者が救われれなければ、自分は決して救われないとする誓いです。法然上人はもとより親鸞聖人も、いのちの根源からこの誓いを信楽されました。すなわち、この誓いは法然・親鸞両聖人にとって真実でありました。 しかし、同時に、親鸞聖人は、その著「唯信鈔文意」において、この法蔵菩薩の誓願成就の真実における法蔵菩薩を方便法身であると説かれているのです。「法身はいろもなし、かたちもましまさず。しかればこゝろもおよばれずことばもたへたり。この一如よりかたちをあらわして『方便法身』とまふす御すがたを示して『法蔵比丘』となりたまひて、不可思議の大誓願をおこしてあらわれたまふ御かたちをば世親菩薩は『尽十方無碍光如来』と名づけたてまつりたまへり。」と、このように表現しておられます。 すなわち『法蔵菩薩』も『尽十方無碍光如来』すなわち『阿弥陀如来』も方便法身、すなわち私たちを含む全存在の有りようの根源の真実である法身とも真如ともいわれ、我々宇宙全体を含む大いなるいのちともいえる根源の有りようを私たち衆生にわかりやすいように姿とことばをもちいて現れ給うたのが『法蔵菩薩』であり、その誓願成就のすがたである『尽十方無碍光如来』すなわち『阿弥陀仏』であるということ、更に言えば、それだけではなく『大無量寿経』における誓願成就の物語全体が、法身とも真如ともいわれる『大いなるいのち』である我々の根源の相(すがた)と意思を、我々にわかり易く表すための方便の物語であるということだということになります。 法身とか真如とかいう私たちの有りようの根源について、親鸞聖人は「いろもなしかたちもましまさず、しかれば、こころもおよばれず、ことばもたへたり。」といわれましたが、「いま、大いなるいのち、阿弥陀仏ともいえるいのちが、わたしを生きている。」といえば真如や法身が私たちという現象を生きているという事になるでしょう。これは、とりもなおさず、私たちが今、ここにこうして有ることの根源です。南無阿弥陀仏。すなわち私たちは、いま真如法身に摂取されて、生きて今その中に居るのです。つまり、私たちは絶対他力の中に居るということになります。どこの世界に、自分は段取して、この世に生まれてきたのだという人がいるでしょうか。私たちは一挙手一投足、一念一念のこゝろの起滅すらも他力の掌中にあるということです。自力の出るまくはありません。救われるためにあれこれと画策するという自力往生の痕跡すらそこには見られませんから。島根県温泉津の妙好人才市翁が「他力には自力他力はありはせぬ、一面の他力、南無阿弥陀仏」と歌ったのはこのことでしょう。 したがって上のように法蔵菩薩の誓願成就による衆生救済も、方便としてあらわれた真如法身のはたらきと受取れば、真如法身、方便法身のどちらの道をあるいても、称名念仏と共にわれわれは、仏の恵みの真っ只中にいるということになります。「いま、大いなるいのちが、あなたやわたしを生きている。」このことに納得できれば、いたずらに生きる意味を模索することもないのではありませんか。 さて、再びここで『教行信証 信巻』に帰って、次の【119】に進みます。 ここでは、上記のような絶対的な人類の救済を讃歎した第十八願の前半を終って【119】では、第十八願の後半に付加されている「唯除五逆誹謗正法」の導入部分がとかれているのを読むことになります。人間には五逆の罪をつくり、正しい仏の法を謗り、まったく仏法を受け付けない究極の一闡提など、いわゆる難化の三機(救いがたい三種類の衆生)がいます。法然上人や親鸞聖人は『大無量寿経』の第十八願をその信心の根底におかれていますが、その第十八願の後半には「唯除五逆誹謗正法」、すなわち古来から「ただし、五逆の罪を犯した者と正法を謗る者を除く」と読まれている部分があります。 この点について第十八願は前半で「至心に阿弥陀仏を信じ、浄土に生まれたいと、乃至十念する衆生は全て救われる」と書かれているにもかかわらず、それを後半の「唯除」の部分で、五逆と謗法の徒はそこから除かれるということになれば、法然・親鸞浄土教の根幹ともなる第十八願を、どのように読めばいいのかという、まことに重大な問題が提起されることになります。親鸞聖人は、この問題に対して『大無量寿経』の「唯除」のところでは「五逆と誹謗正法」の両方が救済から除かれるとされているにもかかわらず、この内の五逆の往生は可能となっていることを指摘し、『涅槃経』には先月までに述べた五逆の徒ともいえる阿闍世が釈尊の教えによって救われることが記されている。「これらの教えはどのように考えるべきなのだろうか」と【119】の最後に問題提議されています。 いずれにしても『教行信証 信巻』では次の【120】以降においては、曇鸞や善導の、この問題に対する思索が引文されています。したがって今月の【118】、【119】はこの問題に対する入口の「序論」と 云うべき部分であって、来月以降に、これら曇鸞・善導の説を読み進めることによって、この問題について思索を深め、たどっていきたいと思っています。 今月は特に古文本文について語釈を入れませんでした。現代語訳、または、ネット上のWikiArc等もご参考にしていただければ有難いです。 今月は以上で終わります。 |
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『顕浄土真実教行証』信文類本文42
「はじめに」 昨年の12月以来、阿闍世のような救われ難い五逆の徒が釈尊と出遇うことによってどのように救われていくのかを見てきました。そして、先月は【118】において、本願を信じ念仏する者を、
この無明煩悩の世界から、すべて漏らさず救おうという弥陀の誓願があるにもかかわらず、【119】において、その誓願には、それを否定するかの如き「唯除五逆、誹謗正法」、すなわち五逆と正法を謗るものは除くという項目が付帯しているということ、
更にこのような第十八願の矛盾ともいえる 事柄に加えて、このような「唯除」の項目に更に矛盾するように『観経』には、臨終において、それまで仏とは無縁の生き方をしてきた五逆の罪人が、善知識の勧めを信じて十念の称名をするだけで
往生浄土が成就するということが説かれている。 また『涅槃経』には上記のように阿闍世という具体的な五逆の罪人が釈尊によって救われるということがはっきりと説かれている。 いずれも真実の教えが説かれているという『観経』や『涅槃経』
に説かれている事柄について、どのように考えたら よいのかと親鸞聖人は【119】で提議されます。 【120】を読む今月からは、この疑問に関して七高僧である曇鸞大師はどのように考えておられるかを読み進めることになります。 曇鸞大師は論理を尽くして、この矛盾に答えておられるのですが、 たゞ、曇鸞大師は『業道経』という経の譬えも入れて論述されているため場合によっては難解であると受取られる部分もありますので、論述の主旨の理解には注意して読む必要があります。 注意して読むと、この部分には大変斬新な譬え話など面白い部分もありますので弛まず読み進め思索の翼を伸ばしてくださることを願っています。 |
| 【読下し古文】
【120】 |
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【現代意訳】 【120】 それでは【119】の疑問に答えてみよう。 曇鸞大師の『浄土論註 上』にいわれている。 「問うていうに、『無量寿経 下』には<五逆・謗法・一闡提という悪人も弥陀大悲の衆生救済の誓いを頼りとし、他力回向の信心をもって浄土往生を願う者には皆、往生を得させよう。 たゞし五逆の徒と正法を謗る者を除く>といわれている。 ところが『観無量寿経』には<五逆・十悪のもろもろの悪人は善知識の勧めで十声の称名をするだけで浄土往生をすることができる。>とある。この矛盾はどのように考えれば納得できるのか。」 このことに答えていうに『大無量寿経』に<唯除五逆誹謗正法>とあるのは、五逆と謗法をひとつの事として説かれているので、こうなるのである。 『観無量寿経』の見方は五逆と謗法とは別々の事柄であるとする点にある。すなわち五逆・十悪は、たしかに許しがたい罪ではあるが、仏法を謗っているのではない。 仏法を謗っていないのだから仏法の救い、すなわち浄土往生の対象になるということである。 それでは問うていうが「たとえばある人は五逆罪を犯したが正法を誹謗しなかったので『観経』に浄土に生まれることが許されている。 ところが、また別のある人で、正法を誹謗はするが、五逆など、もろもろの悪逆な行ないは全く犯していないのに浄土往生を願っても浄土往生はできないのだろうか。 答えて言おう。正法を謗るけれども他には何の悪逆な罪も犯さない者であっても、その者は決して浄土に生まれることはできない。 どうしてそのように言えるかというと『経(大品般若経)』には<五逆の罪人は阿鼻地獄に堕ちて一劫の間、悪の報いを受ける。ところが正法を誹謗する者は 同じように阿鼻大地獄に堕ちて、一劫の間その報いを受けるが、それが終わればまた別の阿鼻地獄に堕ちる、このようにして転々として百千の阿鼻地獄を経ることになる> と云われ、そこからいつ脱出できるのかは説かれていない。これは正法を誹謗する罪が極重であるからだ。またこの正法というのは仏法のことである。この愚か者は仏法を 謗り否定して、どうして仏法が説く浄土に往生することが出来ようぞ。仏法無しで安楽だけを求めて浄土に生まれようと願っても、それは水でない氷、煙のない火を求めて いるようなものだ。このような人間がどうして真実の浄土に生まれることができようぞ、できるはずがない。 問うて言うに、どのような有様を誹謗正法というのか。 答えて言おう。 もし仏もなく、仏の教えもなく、菩薩もなく、菩薩の教えもないというような見解を自らの心の内に持ったり、他の人の、このような見解に随って自分の有りようを 決めるなど、みな誹謗正法と名付けるのである。 問うて言うに、上のような誹謗正法という事柄は皆、自分の身のまわりのことで、他の誰にも害を及ぼさないことである。衆生に何の危害も加えないのに、どうしてあの悪逆な五逆の重罪を 超える罪だというのか。 答えて言おう。もし諸仏や諸菩薩が世の法や仏の法それぞれにおいて善き教えを説いて衆生を導くことがなかったなら、どうして儒教が説く仁・義・礼・智・信という人の道 が有るのを知ることができようか。このようなことでは世間の全ての善の道は断たれ、仏道の全ての賢人と聖人すなわち菩薩と仏はみな滅してしまうだろう。お前さんは たゞ五逆の罪が重いことは知っているが、五逆の罪は正法がないことから起こるということを知らない。だから、その根本の正法を誹謗することは最も重い罪なのである。 問うて言う。業道について説かれている経には人間の行ないというのは秤(はかり)のようなもので、重い方に牽(ひ)かれるとある。 ところで『観無量寿経』では <ある人が五逆・十悪の業を造って、もろもろの不善をなした場合、地獄に堕ちて長い時間を経過して量(はか)り知れない苦しみを受けることになるが、この人がいのち終る時、善知識が たゞ口で無量寿仏の名を南無阿弥陀仏と称えよと教えたとする、その人は善知識のこの勧めをひとえに信じて十声の称名をしたところ、たちまちに大乗正定聚の位を与えられ最終的に 往生浄土が定まることになった。そうすれば地獄・餓鬼・畜生の三塗の苦しみから解き放たれる。このとき五逆の罪への誘惑と、それを解き放つ十声の称名との業の重さの関係は どうなるのか。 答えて言おう。お前さんがもし五逆・十悪の業の牽く重さが重く、五逆を行うような最低の人間の十声の念仏の功徳が軽いと考えて五逆の罪を犯す方に秤が牽(ひ)かれて、五逆の罪人は地獄に堕ちるというのなら、 思い切って、この時点で道理をもって、どちらが軽いか重いかを量り比べてみよう。この軽重をきめるのは心にあり、縁にあり、心の決定に有るというのであって、時節の長さや、量の多少にあるというのではないのだ。 さて心にあるということはどういうことか。五逆の罪を造るという人は、自(みずか)ら、およそ真実をひっくり返したような虚妄の見解にとらわれて五逆のような罪を犯してしまう。それに対して この十声の称名は善知識が巧みな方法でこの罪人の心を安らげ真実の有りようを聞かせることによって浄土に生まれさせるのである。一方の五逆は虚仮、他方の十声の念仏は真実なのである。だからまったく 比べ物にならないのだ。 例えば千年の間、光が入らない闇の部屋があったとしよう、そのような部屋に光が射し込めば、瞬間に明るくなるようなものである。 千年の間、闇の中にあった部屋だから 光が差し込んでも急には明るくならないということはあり得ないことである。 以上を心にあると名づけるのである。 重さの軽重が縁にあるとはどういうことか。このような人が犯す罪は、その人の迷妄の心に捉われ、煩悩虚妄にまみれた結果起こることである。ところが、この十声の称名は この上なき信心に依っており、また阿弥陀如来の巧みな手立てとしての方便の真実で清らかな 尊いはたらきをあらわす名号によって生ずるのである。例えば、ある人が毒の矢に当たって筋が切れ骨までとどいたとしよう、その時、その危害の滅除薬を塗った 鼓の音を聞けば、たちまち矢が抜け毒も除かれるようなものである。 『首楞厳経』に<たとえば名付けて「滅除」という薬があるとしよう。もし戦いのときに、これを鼓に塗ると鼓の音を聞けば 矢は抜けて毒が除かれるようなものである。菩薩もまたこれと同じである。首楞厳三昧という煩悩のけがれを無くす三昧の中にあってその滅除薬の名を聞くと貪欲・瞋恚・愚智の三毒の矢は 自ずから抜け去る>といわれている。どうして、かの矢が深く刺さり、激しい毒があるので鼓の音を聞いても矢が抜け去ることはないなどといえようか。いえないだろう。これを、軽重の義は縁に在ると名づけるのである。 それでは次に業の軽重を決めるのは決定(けつじょう)にあるとはどういうことか。かの罪を造る人は、このような罪を造っても、まだ何とかなるだろうという心や他にも何か方法が あって罪の報いを逃れられるだろうといった心が起こって罪を犯してしまうのだ。 しかし、この十念は、浄土に生まれるには、もうこれをのがせば後がない、他には絶対に方法はないという 切羽詰まった心によるので、間違いなく浄土に生まれることができるのだ。これを決定(けつじょう)と名付ける。 五逆を去って、浄土に生まれることについて、この心・縁・決定という三つのはたらきを計り比べてみると十念こそまさに五逆の業縁よりも重いのである。この五逆より重い十念という業縁によって、 迷いの世界を出て浄土に生まれることができる。臨終の十声の称名で五逆の徒が救われると説く『観経』と、人間の業はその重さによって決まるという 『業道経』とは、浄土往生 という一つのことに関して矛盾したことを言ってはいないのだ。 問うて言うに、十念の内の一念というのは、どれほどの時間をいうのか。 答えて言おう。物事が消滅する時間の百分の一を一刹那、その六十刹那の時間を一念という。 たゞ、念というのは、こういった時間とか、数のことをいうのではない。これは唯々(たゞたゞ)阿弥陀仏を 憶念して、仏のはたらき全体のすがた(すなわち全ては弥陀仏に摂取されているということ)、あるいは仏があらわすはたらきの具体的一部(例えば出る息、入る息も仏のはたらきなど)を思うことによって、 人生の真実を見るということ。などという縁にしたがって、ひとえに念じ続けることを名付けて 十念というのである。また、南無阿弥陀仏を口で称えることも同じである。 問うて言うに、もし十念を一心不乱に間を置かずに続けて念ずるという場合に、心がもし 念仏以外のことを考えて念が中断すれば、また思い直して念仏にかえって続けることになる。この場合は仏を念ずる回数も分かるというものだが、このように中断によって回数がわかるというのなら 念仏を間(ひま)なく続けたということになならない。またもし念仏に専念し、間(ひま)なく続けるならば、 どのようにして念仏の回数を十念と云うふうに数えることができるのか。 答えて言おう。『観無量寿経』に十声の念仏というのは、それによって浄土に生まれることができる ということを明らかにする言葉であって、かならずしも、その回数を気にすることではないのだ。 例えば<セミは春秋には居ないので春秋を知るはずもない。夏だけ鳴いているだけである。だから セミは夏ということも知らない> ということである。春・夏・秋を知る人間のみがセミは夏に鳴くというのみである。これと同じで、十念で浄土にうまれることができるということは 神通力に通じた仏のみが知ることであって、神通力を持たない衆生はたゞ念仏を称えることに専念して他事に心を移さなければそれでよいのであって、念仏の数を十念か そうでないかを気にすることはないのだ。また、もしその数を知る必要があるというのであれば、方法がある。それは必ず口づてに伝授することであって筆によって書き記することではない。 |
| 【HP作成者感想】 今月は【119】の「唯除五逆、誹謗正法」についての問題提議に対して【120】で曇鸞大師の『浄土論註』から親鸞聖人が引文されたものを読み進めることになります。 ここでは、曇鸞大師(以下曇鸞と呼称)のまことに見事な論理の積み重ねによって「唯除五逆、誹謗正法」に対する見方が述べられています。 ①まず【119】の問題提議にあったように『大無量寿経』には唯除の対象になるのは「五逆と誹謗正法」の二つであるのにたいして『観無量寿経』では五逆十悪など多くの罪を犯した者であっても、臨終に際して苦しみの中で 善知識の勧めを信じて十回の念仏を称えることにより往生浄土が成就するとなっていることについての曇鸞の見方がまず述べられています。ここでの曇鸞の説はまことに簡単明快です。すなわち『大無量寿経』では「五逆と誹謗正法」の二つを 一まとめにして「唯除」の対象にしているのに対して『観無量寿経』では「五逆」と「誹謗正法」を別々の項目として捉え、その内の悪辣極まりない「五逆」の罪を犯した者でも誹謗正法は犯していない者は上の本文のように善知識の教えを信じて十念の 称名をすることによって救われるとするのです。すなわち「五逆」を唯除の項目から外すのです。 ② それでは、上のような悪辣極まりない「五逆」の罪は犯していないが、「誹謗正法」すなわち正法を謗る罪だけを犯した者は救われないのかという疑問に突き当たりますが、曇鸞は、たとえ「謗法」の罪を犯しただけで「五逆」の罪などは 毛ほども犯していなくとも謗法の罪を犯すだけで「唯除」の対象から決して免れることはできないと言います。何故なら『大品般若経』という経には「五逆」の罪人は、その報いとして一劫という長い時間「阿鼻地獄」に堕ちて激しい苦しみをたっぷり 受けることはまちがいない(しかしそれ以上に長い間阿鼻地獄に居続けねばならないとは書いてない。)、ところが「誹謗正法」の罪をおかしたものは同じように阿鼻地獄に堕ちるのだが、この者たちは一劫が過ぎても、また他の阿鼻地獄に堕ちて、 この繰り返して百千の阿鼻地獄を経めぐらなくてはならないと説かれている。これは誹謗正法の罪が極重だからであると曇鸞は説きます。まことに経典(『大品般若経』)の根拠をあげ理路整然と「誹謗正法」が「五逆・十悪」以上の大罪で 、決して「唯除」から免れることはできないと説きます。まことに曇鸞らしい厳しさと共に理路整然とした説き方です。 考えてみれば「誹謗正法」というのは正法を誹謗し認めないのですから認めない以上は正法によって救われるということはないだろう とも考えられます。 ところが曇鸞はさらに重ねて、上のような「誹謗正法」の罪への報いは個人的な救われなさを表しているのだけれども、多くの人々(衆生)に対して「誹謗正法」はどんな苦しみを与えることになるのかと問題提議します。現代で云えば自分という個人 の中だけの罪を云々しているが、社会的な害悪の罪はないのかと問い返しているのです。まことに曇鸞の論理の緻密さには頭が下がります。これに対する答えとして、「誹謗正法」のように正法をないがしろにしては正法の主人公である諸仏や 菩薩が世の中の生き方や世を超えた仏の道を説いて世の道義を保てるようにしなければ、それこそ五逆の罪を犯す者も増え、多くの人々(衆生)が苦しむことになる。これもひとえに正法を謗ることがその原因であり、「誹謗正法」が最も 重い罪となるのだと曇鸞は説くのです。 ③ 次に曇鸞は「五逆」のような煩悩によっておこる強烈な迷いの罪を犯した者が臨終の時に、善知識の勧めによるわずか十念の称名によって浄土往生を遂げることが出来るという、普通にいえばあり得ないことがらについて、 「業道経」が説く「業の道理」にもとづいて説き進めます。『業道経』によれば「業」つまり「人の行ない」は秤(はかり)で見られるように業がおこる要因の重い方に牽かれるというのです。まあいえば、「五逆罪」を筆頭とした迷いの世界の煩悩が 人の生き方を強烈に牽きつけるのが重いのか、「五逆」を犯した人間でも臨終の瀬戸際にわずか十念の称名念仏で迷いの世界を離脱して往生浄土を果たす力の方が強くて重いのかということをここでは論じています。そうして、一見、煩悩のはたらきは まことに強烈で人々を迷いの世界につなぎとめる力が大きく、それに対して、わずか十回の称名念仏などは、まことに簡単で、そえゆえにその功徳が弱いように見えがちであるために、もしそのように考えるならそれは間違っていると、十念の功徳が大きいと いうことを心と縁と決定という三つの観点から説きはじめます。その説くところは、上記「現代意訳」の青緑文字の部分で色々な譬えを用いて、十念の称名がいかに大きな功徳を持つものかということ、秤で云えば、十念称名の功徳が煩悩の迷いの 繋縛に比べてはるかに重いことを讃歎もこめて説き進められます。 更にまた、「現代意訳」の青緑の文字で示した文章に続く、黒文字の部分で、十念について一念の時間の長さから説き始め、それは十回の念仏の数というよりも、いのち終るときまで仏を思って称名を続ければよいので、数の云々をいう必要はない。 それは丁度、夏にだけ鳴き続けて、冬はもちろん春秋にもこの世には居ないセミは、自分が鳴いているのは夏だということも知らないということ、それを知っているのは春夏秋冬ずっとこの世で生きている人間だから分かるようなものだ。だから自分の 称名の回数が十念だったか十一念だったかと数のことなど気にせずに、ひたすら善知識の勧めにもとづいて称名を続けて心が他のことに移らなければ、それでよいのだと説いています。 以上が曇鸞の理路整然とした「唯除五逆、誹謗正法」に対する見解ですが、ここでは「誹謗正法」を犯した者は全く見捨てられています。曇鸞一流の論理からすると、こうなるのでしょうが、ここには全く仏の慈悲は感じられません。親鸞聖人も同じ思いであったのか 「唯除五逆、誹謗正法」に対する見方において、曇鸞の考えは採用されていません。そこで親鸞聖人は次に【121】において善導大師の考えを、その著『観経疏(かんぎょうしょ)』から引文されます。次回にこれを読み進めることになります。 このように親鸞聖人は必ずしも、自説の方向を肯定しバックアップする引文のみではなく、自説の方向にやゝ反するような引文も採用されて『教行信証』という大著をまとめ上げておられます。まことに学問的というか、親鸞聖人が七高僧からの意見で 自説に好もしいもののみを集めたりされず、平等に冷静に宗教的価値あるものを引文されていることが分かるような気がします。親鸞聖人の度量の大きさが窺われるところです。 ちなみに曇鸞は上の引文の最後に、それまで十念の回数など一々気にして数えたりすることの無意味さを説いていますが、それでもなお称名の数を知りたいというなら、その方法は、無いではないが、それは、筆を以て書き記すことではなく 口づてに伝えるべもので、ここでは記さないと記しています。この口で伝えるべき方法とはどういうものか、この引文の内容からは全く分かりません。また、分からなくともよいものと思っています。 今月は以上で終わります。 |
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『顕浄土真実教行証』信文類本文43
「はじめに」 先月の曇鸞の唯除五逆論に次いで、今月は善導の唯除五逆論からはじまります。そして、いよいよ『教行信証 信巻』も全ての範囲を読破し今月で終わりを告げることになりました。 そして、今月もいろいろ考えさせられる事柄が多い文章を読み進めることになります。【121】の善導の唯除論もそうですが、更に【123】ではこれが信巻の最後を かざる文章になるのかということも相まって、とくに謗法について複雑な思索をしなければならないことになりました。 いずれにしても、信巻最後の文章、うまく平穏にろんじられるかどうか、大きな問題を含んでいるだけになんだか恐ろしい気もします。 それでは早速、読みに入りたいと思います。 |
| 【読下し古文】 【121】 光明寺の 答へていはく、この 【122】 またいはく( 【123】 五逆といふは(往生十因)「もし淄州によるに五逆に二つあり。一つには三乗の五逆なり。いはく、一つにはことさらに思うて父を殺す、二つにはことさらに思うて母を殺す、三つにはことさらに思うて羅漢を殺す、四つには倒見して和合僧を破す、五つには悪心をもって仏身より血を出す。恩田に背き福田に違するをもつてのゆゑに、これを名づけて逆とす。この逆を執するものは、身壊れ命終へて、必定して無間地獄に堕して、一大劫のうちに無間の苦を受けん、無間業と名づく。また『倶舎論』のなかに、五無間の同類の業あり。かの頌にいはく、〈母・無学の尼を汚す、母を殺す罪の同類。住定の菩薩、父を殺す罪の同類。および有学・無学を殺す、羅漢を殺す同類。僧の和合縁を奪ふ、僧を破する罪の同類。卒都波を破壊する、仏身より血を出す〉と。 二つには大乗の五逆なり。『 顕浄土真実信文類 三 |
| 【現代意訳】 光明寺の善導の散善義の中の記述にいわれている。「問うて云うに、四十八願の中では、五逆と正法を謗(そし)る者は、浄土往生から除かれるとあるが、『観経』の
下品下生の中では謗法はたしかに簡(はぶ)かれるが、五逆は摂取されるとある、これはどのように解釈したらよいか。」とある。 これに答えて「このわけは、先ずはひとえに如来が逆謗の罪を造らせまいとされる意(こころ)から発せられたということから解釈すべきだ。四十八願の中の第十八願で謗法と五逆を除くとされているのは、この二つの行為はまことに その罪が極重だからである。衆生がもし、このような罪を造れば、ただちに阿鼻地獄に堕ちて長い時間にわたって苦しみ周って、そこから逃れ出ることができない。そこで如来は、衆生が、この二つの罪を造るのをおそれて、そうならないように 慮(おもんばか)った結果、そのようなことをすれば浄土に往生できないぞと抑え止(とど)められたのである。何が何でも往生させないといわれたのではない。 『観経』の下品下生のくだりでは、五逆は摂取して謗法を除くとされたのは、 五逆は已(すで)に、その罪を造ってしまったので、これを見捨てて迷いの世界を流転させてはいけないと、如来の大悲心によって摂取して浄土に往生させてくださったのだ。しかし、謗法の罪はまだ為(つく)られていないので、<もし謗法の罪を 起こせば、即刻に浄土に往生することはできない。>といわれたのである。これは、まだ爲(つく)らぬ罪への対処であると解釈できる。それではもし、謗法の罪を犯してしまったらどうなるか、その時も結果として、如来は、このような人々も摂取して 浄土に生まれることができるようにされるのである。ただ浄土に生まれることができるといても、蓮華の華の蕾(つぼみ)の中に生まれて大変長い間、そこに留まるのである。これらの罪人は 華の蕾をの中にあるとき三種の障(さわ)りがある。 一つには、そこでは仏や仏に近い菩薩に遇うことが出来ない。二つには仏法の教えを聞くことが出来ない。三つには蕾の外の仏や菩薩の方々に供養することが出来ない。このようなことを除けばこれ以外に特にいろいろな苦をうけることがない。 経典には<仏道修行者が、快楽ではあるが本当の喜びの無い世界にいるようなものである。>といわれている。 華の蕾(つぼみ)の中にで長い間閉じ込められているといっても、阿鼻地獄の中で永劫の間、あらゆる苦をうけることよりも よいのではないか。このあたりのこと、逆謗の罪を犯すことを止めるということについて答え終わった。」 と。 【122】 また『法事讃』には「浄土では永久に謗ったり嫌ったりすること無く、全てにおいて差異なく、したがって憂い悩むことも無く、人間や天人に善悪なく皆が仏になる。浄土においては皆が殊(こと)なるところなく、皆が仏道から退くことが無い。 どうしてそうなるかといえば、これは阿弥陀仏が、真実の生き方をもとめて模索しているとき、安穏な現世の幸せを全て捨てて出家し世自在王仏のみもとで、慈悲と智慧の心を起こして、広大な四十八の誓願を建てられことによるのである。この仏願力 によって五逆と十悪のの罪を滅して、浄土のさとりの世界に生じることを得しめられたのである。この故に、謗法も闡提も回心して仏のみもとに馳せ参じれば皆、浄土に生まれることができるのである。 【123】 日本の平安時代後期の永観があらわした『往生拾因』には「いま、中国の僧である淄州(ししゅう)よれば五逆に二つの種類がある。第一には釈尊に近い時代の仏教である三乗の教えにおける五逆罪である。そこでの 第一は故意に父を殺すこと。二つには故意に母を殺すこと。三つには故意に聖者の阿羅漢を殺すこと。四つには間違った考えを起こして仏教教団の中で争いごとを起こしてその和を乱すこと。五つには悪い心を起こして仏の身体を傷つけて血を 見るようなことをすること。これは恩を施してくれた父母に背くことであり、福徳を施してくれる仏・法・僧に背くことだからである。この故にこれを名づけて五逆というのである。この逆罪に執着する者は命が終われば必ず無間地獄に堕ちて、無限とも いえる長い間、絶え間ない苦を受ける。だからこれを無間業と名付けるのだ。また『倶舎論(くしゃろん)』の中に五無間(五逆)と同類の業(行ない)が述べられている。すなわちその詩文の中に<母やさとりを尽くした聖者である比丘尼(女性の修行者) を汚す、これは母を殺す罪と同類。煩悩を断じることができた聖者を殺すことは父を殺すことと同類。仏道に精進し、さとりに至った者や,その手前の段階に至っている聖者を殺すことは、阿羅漢を殺す罪と同類。僧伽(修行者の集まり)の和合の手立て となるような縁をうばうことも、僧伽を壊す罪と同類。仏塔を壊すことは、仏の身体を傷つけて血を見るようなことをする罪と同類。>と いわれている。 第二には大乗の五逆罪がある。『薩遮尼乾子経(さっしゃにけんじきょう)』に、一つには仏塔を壊し、経典を焼き、また仏法の財物を盗むこと<、二つには声聞・縁覚・菩薩の教えを謗って聖教にあらずと云い、仏法の流布をさまたげ、仏法の徳を覆い隠す。 三つにはすべての出家者、あるいは持戒の者であろうと、無戒、破戒の者を問わず、罵り打ちかかって害し、仏法は害あるものとして禁止し、出家者の身を俗人に還し、労役を課し、税を取り立て、あげくの果てには、その命を奪う。四つ目には、古い三乗の 五逆と同じ罪。五つには因果の理法に難癖をつけ、長らく十悪の罪を行ずる>と説かれている。 また『十輪経』では<一に善くない心を起こして自らさとりの道に精進する者を殺害する。これは殺生である。二つには聖者の域に達したような女性を犯す。 これを邪行という。三つには仏法のお供え物を盗む。これは仏から与えられないものを盗む偸盗である。四つには心倒転して僧伽の和合を壊す。これは仏教からみてあってはならない虚妄なことである。>と説かれている。 以上で「顕浄土真実信文類三」を終ります。 |
| 【HP作成者感想】 今月は曇鸞に続いて、光明寺の善導の唯除についての問答がまず語られます。まず問いとして「『大無量寿経』の四十八願の中の第十八願には五逆と謗法のどちらの罪を犯しても 、 浄土往生から除かれると あるが、しかし『観無量寿経』の下品下生の文では謗法は除かれるけれども五逆の罪を犯した者でも臨終時に善知識が勧める第十八願の十声の念仏によって救われるとあるのはなぜだろうか。」という問いに対して 、 答えとして「これは四十八願の中で 謗法と五逆を除くとあるのは、それをもし犯したときは、衆生の浄土往生にたいする障りがまことに大きいので如来は衆生がそのようなことにならない様にと慈悲の心から抑え止めるためにであると 善導は解釈します。また、『観経』で五逆の者は摂取して救うが、謗法の者は、そのような摂取から除かれるとするのは、五逆の者は已(すで)ににその罪を犯しており、これを見捨てて迷いの世界に放置するのは、仏の慈悲の心が許さない ので、 この者を十声の念仏によってお救いになるのである。ところが謗法についてはどうかというと、謗法の罪は、まだ爲(つく)られていないので、今後もこれを決して爲(つく)らないようにと抑止する意味が込められて いるのがこの唯除の項の意味であるとします。 ここで善導は謗法の罪はまだ爲(つく)られていないと、あたかも断定しているようですが、これはどういうことでしょうか。私(筆者)は、この点がよくわかりませんでした。しかし、この事は大きな問題を含んでいると 思いますので後ほどに論ずることにして、 この場合、もし謗法の罪を犯してしまえばどうなるかを善導は、その次に言及しています。この点については古文および現代意訳をお読みいただけばわかりますが、この場合、たとえ仏の慈悲で浄土に生まれることが できたとしても真実の浄土ではなく、浄土の蓮華の華の蕾(つぼみ)の中に生まれて、外に出ることが出来ない、しまもそこでは(1)仏に遇えない、(2)仏の正法を聴聞することができない、(3)諸仏に仕え供養することができないということでは、 すくなくとも(1)と(2)のようなことがあれば、これは永久に真実の浄土に往生できないということではないでしょうか。しかし善導は、たとえこのような待遇であっても、永劫の長い時間、阿鼻地獄におちて苦痛を受け続けるよりは、ましであろうと いうことで、善導の抑止門についての引文は終わっています。 どうもこの善導の抑止門についての論述を読みますと納得できないところがいろいろあります。 それはともかく引文は【122】に移ります。ここで善導は『法事讃』という『阿弥陀経』にもとづいて 浄土往生を説いた書において、上記の「唯除」における謗法にたいして「謗法・闡提回心皆往」すなわち「謗法も闡提も回心すれば、皆、浄土に生まれることができる」といいます。この場合の回心とは、それまで仏教を謗り、認めなかった心を改め、ひるがえして第十八の念仏往生の願に回心するということでしょう。 なるほどこれなら納得できます。 謗法の罪は未造業の罪であるから、そのような罪を爲(つく)れば、永久地獄で大変なことになるから、抑止門によって、そのような罪を犯さないようにとするのが「唯除」の文言であるとしておきながら、それでももし謗法の罪を犯してしまったらどうなるか 上記のような疑城胎宮(本当の浄土ではない、浄土に咲く蓮の花の蕾の中)に閉じ込めて、そこからいつ出られるのかも明示しない救われない状態で放置したままで(この部分の文章を読むとそうなります。)、それでも無間地獄に堕ちて苦しむよりは ましだろうとする。それだったら、なぜ初めから『法事讃』にあるように回心すれば真実の浄土に皆、往生できるとすればよいのにと思うのです。これでは、いったい謗法の罪とは、どういうことなのかと疑問だらけになります。大体がはじめに謗法の罪は 未造業の罪であるとしてあることからして納得でき兼ねることです。下世話な考えになるかもしれませんが、まだ爲(つく)っていない罪なのにそれがどうして謗法の罪になるのか。そして謗法の罪というのは全て未造業の罪だから、今のうちに抑止門で、 それをしない様に止(とゞ)めているのが唯除であるとしながら、もし犯してしまったら、その結果は、いつまでも疑城胎宮の蕾の中なのか、このあといったいどうなるのかということでは、なんだか前後の論理の組み立てが破綻したままで、この【121】、【122】の 文章を読み終わってしまわねばならないのです。 そうして、この『教行信証』の信巻の文章は最後の【123】の文章を迎えます。 これがまた、奇妙なのです。この【123】の文章は、ここでまた、あらためて小乗の五逆の罪と大乗の五逆の罪のいちいち を説明して、それらが説明し終わったら、そこでいかにもポッキリと教行信証の信巻全体が終わるのです。これでは一体、この【123】の五逆の説明の文章はそれまでの【122】までの信巻の文章とはどう整合性をもってつながるのでしょうか。そして、 更にこの【123】の 文章が、まことに大きなテーマをもつ信巻の結びの文章となるのか。まことにその意味がわかりません。明石書店発行の『親鸞 教行信証を読み解くⅡ 信巻』の著者である藤場俊基氏も信巻を自然な形で終わらせるなら、 『法事讃』の中の「謗法闡提回心皆往」すなわち「謗法も闡提も回心すればみな浄土に生まれる。」という言葉で終わる【122】の引文を最後にすれば信巻としての終りもビシッと決まるといわれています。 また同氏は「信巻がこれで終わってしまうというのは何か物足りない気がしませんか。信巻は未完成なのではないかという人もいるほどです。」ともいわれ、【123】に続く文章として『化身土巻』はじめのあたりにある「しかるに濁世の群萌(ぐんもう)、 穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども真なるものははなはだもって難く、実なるものははなはだもって稀なり・・・」に続くのではないかといわれているほどです。 ともあれ、第十八願の唯除の項目における五逆や謗法の行く末について、五逆は『観経』の下品下生の臨終における救いについて、更には謗法も『法事讃』における「謗法・闡提回心皆往」によって、みな救われるとした、まさに その後で、あらためて、このような小乗と大乗の五逆の一々の定義を、ここに付け加えねばならないのかということについて、藤場俊基氏はあらためて、この【123】の文章に眼を向けておられます。かねがね筆者も五逆の罪の内容について たとえば小乗の五逆についても、阿羅漢を殺すこと、仏身を傷つけて血をみること、僧伽の和合を壊すことはむしろ謗法の罪ではないか、また更にそれに付け加えて、大乗の五逆についても① 搭寺を破壊し、経蔵を焼き三宝の財宝を 盗むこと。②声聞(しょうもん)・縁覚(えんがく)・大乗の教えをそしること。③出家者の修行を妨げあるいは殺すこと。④因果の道理を信じず十の不善業をなすこと等々、これらは五逆の罪というよりも謗法の罪と云った方がよいのではないか、そして、小乗の五逆で残っている父を殺す。母を殺す。ということも 大乗である浄土教からすれば父と母として釈尊と阿弥陀仏を無きものにすることですから、これこそ謗法ではないか。すなわち五逆・謗法の意味をもう一度考えねばならないということになるのではないかと藤場氏jは指摘して おられるように筆者は解釈します。そこで藤場氏は善導が五逆と謗法の違いについて論じている言葉、「それ五逆は已(すで)に作れり、捨てて流転せしむべからず」といったあとで、「しかるに謗法の罪は未(いま)だ爲(つく)らざれば、また止めて 「もし謗法を起こさばすなわち生まるることを得じ」 という二つの言葉に注目します。ここで「五逆は已(すで)に作れり」と「謗法は未(いま)だ爲(つく)らざれば」として「作る」は已(すで)に確固として作ってしまったと「本人も、そのことを自覚し ている」 としているのに対し「爲(つく)る」の「為」という字は象を手なづけて言うことをきくようにする意味をもっており人の作為が加わった上で「爲(な)す」という意味である。だから「未爲(みい)」すなわち「未だ爲(つく)らず」というのは「作為的な行為になっ ていない」あるいは 「意識化されていない行為」になるかと思う、つまり「未造業」すなわち「未だ為(つく)らず」というのは「未だ自覚化されず」という意味がその中に含まれている。このように藤場氏は述べています。これはまことに鋭いというか、 筆者として、いままで他の解釈書では見なかった 卓見といわざるを得ません。なぜなら、五逆は已(すで)に作った罪であるのに対して、謗法は未だ爲(つくっ)ていない罪(未造業)であると一方的に決めつけている善導の論旨が、ここで、 わかってくるように思うからです(筆者私考)。すなわち「謗法」=「未だ爲(つく)らざる罪」=「作っていても未(いま)だ自覚されていない罪」=「未造業」。つまり「謗法」=「未造業」として、善導の云う「謗法」は「未造業」であるという論述に納得がいくからです。 さてこれで善導が謗法はまだ爲(つく)らざる罪であると一方的に云っていることに対する疑問は解消されたように思うのですが、さて大きな問題として「自覚されない罪」、「気付かない罪」とは、どのような罪なのかということが残ります。 このことについて 答えることは、気付かない罪であるだけに、まことに難解なことですが、いずれにしても謗法は仏法をないがしろにする罪であることにかわりはないことを考え、更に 仏法は生死の問題を究極的問題意識の中にもつ教えであることを考えると、結論として謗法とは「この世が全て」、「この世が絶対」という意識から抜け出られない状態をいうのではないか。 「この世が全て」、 「この世が絶対」、「死んだら何もかも、お仕舞」ということは「生死」の内の「生」だけを問題にして、死の問題は切り捨てゝいるということで、まさにこれは仏法の基本をないがしろにしているのではないでしょうか、まさに謗法です。 しかも誰もそれが謗法であることを 自覚していません。すなわち気が付いていません。むしろ、常にこの世として清く正しく生きていると思っています。「未造業」の罪、すなわち「未だ爲(つく)らざる罪」である謗法とはこのように「この世が全て」ということ、すなわち「仏の世界などはじめからその人の心の中にはない」ということを云っているのではないでしょうか。 それでは次に、善導が云う、「謗法・闡提回心皆往」ということ、すなわち「謗法も闡提も回心すれば皆、往生する」ということ、すなわち回心ということは、この場合どうなるのでしょうか。自分では犯していると自覚していない罪について回心するとはどういうことで しょうか。これもよく考えてみれば、気が付いていない、すなわち「自覚していない」ということでしょうから、「自覚した」すなわち「気が付いた」状態になることが、この場合の回心ということになるのではないでしょうか。しかし、これは言葉ではいえるものの 実際には自分の力でできるものとは思えません。なぜなら、自分では「気が付いていない」事柄を「気が付いた」状態にすることは、自分の力では絶対といってもいいほどできないことではないでしょうか。だから、これは他力によるしかないということになります。 しかし他力を認めると云うのは仏法に眼が開かれている状態でしょうから、仏法に眼が開かれていない「気付いていない」謗法者には他力ということも気付かないでしょう。これでは説明にも解決にもなりません。ではどうなるか、これは私たち人間には幸い思考力 が与えられています。私たち人間には、いつか、自分とは何者か、宇宙とは一体、何か、ということを考える時期があるように思うのです。「そんなことは、我々現実を生きる者にとって何の役にたつのか」という人もあるかもしれませんが、この自分とは何者かという思いの底にこそ 仏法があると思うのからです。そのような経緯が、仏法に気付く、他力に気付く、ひいては、自らの謗法に気づく、すなわち、回心の状態になりうることではないかと思うのです。 いかがでしょうか皆様のご査読の網にかかることを願うところです。 さて、この【123】をもって、信巻は終わります。初めは、このくだりは、その前の文章とのつながり、信巻という大著の終りの部分として、大変物足りないようなことを申し上げましたが、これは決してそうではなくて、「唯除」、「五逆」、「謗法」という信巻の 根本的大きな問題に対する親鸞聖人の思いがこめられた、まとめの文章が【123】の引文であったと思うのですがいかがでしょうか。あらためて再度皆様のご査読を願うところです。 今月は以上で終わります。 |
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『顕浄土真実教行証』行文類1
『行巻』を読み進めるにあたって」 いよいよ行文類に入りました。本来なら親鸞聖人が著わされた『顕浄土真実教行証文類』すなわち『教行信証』の順から言えば、『教巻』の次には、この『行巻』が来るのですが、この「仏教 こころの言葉」では、 『教巻』の次に『信巻』を読み進めました。これは特別な意味があるわけではなく、『信巻』の本文初めの「大信心は、すなはちこれ長生不死の神方」というくだりのことば、現代語版では、この同じ部分を更に深く、素晴らしい表現で 「大信心は生死を超えたいのちを得る不思議な法」ということばで表現されており、これらのことばに筆者自身が魅せられてしまって、『教巻』の次には、何をおいても、この文章で始まる『信巻』を読み進めたいと思った、 それだけなのです。『長生不死の神方』といえば、単に長生きすることでは勿論無く、また「生死を超えたいのちを得る」ということも、単に死なないということでもなく、まさに親鸞さまの妻であられた恵信尼さまが『恵信尼文書』に 書き残されているように、若き親鸞さまが比叡の山を降りて法然上人の膝下に参ずることを決心されたのは、ひとえに「生死出づべき道」すなわち「生死を超えた人間存在の真実」を問い聞かんがためであったということです。 法然さまも、同じく比叡の山から京都の巷におりて人々に唯、一途に説かれたのが称名念仏に基づく「生死出づべき道」の探究でありました。日々生き物を殺生せずには生きていけない一文不知の我々愚者こそが 「生死出づべき道」に至らなければ大乗仏教の真実は全うされないというのが、その最大の動機であったわけでしょう。そしてまさに法然さまが歩まれたこの道を、同じようにたどろうとされたのが親鸞さまであり、その法然さまの「生死出づべき道」 の基盤は、選択本願念仏集にあるように、「念仏為本」の道でありました。称名念仏によって「生死出づべき道」を真直ぐに進もうとされたのが法然さまであり、親鸞さまであったわけで、そのことを学ぶことこそが『教行信証』の行巻の主意であることを、 今ここに申し上げたいと思います。それでは親鸞さまの著わされた『行巻』の読みに早速入りたいと思います。 |
| 【読下し古文】
【1】 つつしん 『 【3】またのたまはく( 【4】 願(第十七願)成就の文、『経』」(大経・下)にのたまはく、「十方恒沙の諸仏如来みなともに無量寿仏の威神功徳不可思議なるを讚嘆したまふ」と。(以上) 【5】 またのたまはく(同・下)、「無量寿仏の威神極まりなし。十方世界無量無辺不可思議の諸仏如来、かれを称嘆せざるはなし」と。(以上) 【6】 またのたまはく(同・下)、「その仏の本願力、名を聞きて往生せんと欲へば、みなことごとくかの国に到りて、おのづから不退転に致る」と。 【7】『無量寿如来会』(上)にのたまはく、「いま如来に対して弘誓を発せり。 まさ無上菩提の因を証(証の字、験なり)すべし。もしもろもろの 上願を満足せずは、 十力無等尊を取らじと。 心、あるいは 常行に堪へざらんものに施せん。広く貧窮を済ひてもろもろの苦を免れしめ、世間を利益 して 最勝丈夫修行しをはりて、かの貧窮において 伏蔵とならん。善法を円満して 等倫なけん。大衆のなかにして獅子吼せん」と。(以上 抄出) 【8】 またのたまはく( 【9】 【10】『 この |
| 【現代意訳】 【1】 つつしんで如来から与えられる浄土往生のはたらきについて考えると大行があり、大信がある。大行というのはすなわち無碍光如来のみ名を称えることである。この行は無限の善きこと、すなわち生死を超えた善きことと、この上なき価値を具え
すべてを瞬時に満たす大いなるいのちの功徳の宝海である。故にこれを大行、すなわち仏の行と名づける。 ともあれこの行は如来大悲の願(すなわいt第十七願)に基づいている。すなわちこれを諸仏称揚の願と名付け、諸仏称名の願と名づけ、
諸仏が称賛する願とも名づけ、仏のはたらきによって浄土に往生できる願とも名づけるのである。また多くの行の中から選び抜かれた行、すなわち選択称名の願とも名づけるべき願である。
【2】 諸仏称名の願 『大経』上に云われている。「十方世界の無数の諸仏が、ことごとくわたしの名を称えて称賛することがなければ、わたしは決して仏にならない。」 (以上) 【3】 またいわれている(同 上)。「わたしが仏道を究めるとき、わたしの名号が究極において十方に響き渡って聞こえるところなくば、誓って仏にならない。」 「衆生の為に仏の宝蔵を開いて広く功徳の宝を施したい。常に大衆の中にあって、仏の功徳を説法獅子吼したい。」 【4】 『大経』下で第十七願の成就文は次のように言っている。「十方の無数の諸仏如来は皆ともに無量寿仏の不可思議な無限の功徳を讃歎し給う」と。 【5】 また同じく『無量寿経・下』で云われている。「無量寿仏の無限の能力は極りがない。十方世界にあまねく広がる不可思議の無数の諸仏如来が無量寿仏の名を称え讃歎しない者は無い。」 と。 【6】 また同じく『無量寿経・下』で云われている。「その仏(阿弥陀仏)の本願のはたらきは、名号を聞き開いて浄土に往生したいと欲(おも)えば、みなことごとく浄土に到って、自ずと不退転のさとりに到る。」 と。 【7】 『無量寿如来会・上』に云われている。「いま仏に対して弘く誓いを発(おこ)した。まさに無上のさとりへの道の証(あかし)としよう。(証の字はしるしを表す)。もしすべての誓願が充たされないなら無限の力を持った 仏にはなれない。だから普通の行に堪えることができない者に施しを与え、広く心の貧しき者のもろもろの苦を免れしめ、広く世の人々に利益を与え安楽にさせよう。最も勝れた偉丈夫として修行を完成させ、心の 貧しい人々の隠れた宝としよう。生死を超えた善の宝で世を満たし比ぶべきものなき有様にしよう。そうして大衆の中で大いなる仏法を思い切り説こう」 と。(以上) 【8】 また釈尊は云われている(如来会・上)。「阿難よ、この大いなる利益(りやく)をもっての故に、はかりしれない広い世界の諸仏如来が、みなともに無量寿仏(阿弥陀仏)の無限の功徳を称賛している」 と。 【9】 『仏説諸仏阿弥陀三耶三仏薩楼仏檀過度人道経・上』 これを『大阿弥陀経』という。『二十四願経』ともいう。この経に云われている。 阿弥陀如来は第四番目に願われた。「わたしが仏になるときは、わたしの名号を、ありとあらゆる無数の 仏国の生き物に聞かせよう。もろもろの国々の仏に、それぞれの国の僧や大衆の中でわたしの生死を超えた功徳や浄土の善を説かせよう。それを聞いて梵天・帝釈天など天に住む神々、そしてこの世の人々や、そのほかの動物・虫などあらゆる生き物が わたしの名号のいわれを聞いて喜びに充ち溢れ、幸せな心を起こさないものはないだろう。このような喜びに充ち溢れる者を、みなわが浄土の生まれさせて、はじめて我が願いが成就されて私は仏になることができる。すなわち、この願いが成就しなけ れば、わたしは決して仏にはなるまい」。 と。 【10】 『無量清浄平等覚経』の上巻にいわれている。「<わたしが仏になるとき、わたしの名号をあらゆる国々に広く聞かせよう。その国の仏がた(諸仏)が、その弟子たちの中にいて、わたしの功徳や浄土の善を讃嘆させよう。そして梵天・帝釈天などの天の 神々、世の人々、そして他の動物や虫に至るまでわたしの名号を聞いて喜びに充ち溢れる者をわたしの浄土に生まれさせよう。そうでなければわたしは仏にならない> と。<わたしが仏になるとき、他方の国々の人々が前世の悪を縁として、わたしの名を 聞き、そしてまさに仏道成就のためにわたしの浄土に生まれたいと欲(おも)うことがあれば、いのちが終わった後、みな地獄・餓鬼・畜生の三悪道に更(かえ)ることなく、まっすぐにわが浄土に生まれることができるのが、わたしの心が願うところであります。もし この願いが成就しなければ、わたしは仏になりません> と。 阿闍世王太子および五百人の王のまわりの人々は無量清浄仏の二十四願を聞いて、皆、躍り上がって喜び、心の中で共に願って云った<私たちが仏になったとき、他の人々もみな無量清浄仏のようになることを願う> と。 釈尊はこれをお知りになって、もろもろの比丘僧に<この阿闍世太子および太子の身の回りの500人の人々は今後長い年月を経ても、皆、間違いなく仏になって無量清浄仏のようになるであろう>といわれた。さらに釈尊は<この阿闍世王太子や500人の 太子の身の周りの人々は仏道を修行して以来、はかりしれない年月の間に、皆、各々四百億の仏を供養し終わって、今またわたしのところに来て、わたしを供養している。この阿闍世王太子および500人の人々たちは、皆、前世でわたしが迦葉仏のときに、 わたしの弟子となっていた、今、皆、またここに遇うことができたのだ。>といわれた。そこでもろもろの比丘僧は釈尊のこの言葉を聞いて、みな心踊躍して歓喜しない者はいなかった。(中略) 更に釈尊は<このような人々は仏の名号を聞いて大きな安らぎを 得て、大きな利益(りやく)を得るのだ。わたしたちもこの徳を得てもろもろの国で善き人生を送ろう。阿弥陀仏は、これらの人々が必ず未来に仏になる約束を授けよう。≪わたしは前世で本願を建てた。一切の人、この法のいわれを聞けばみなことごとくわが浄土に 生まれるだろう。そしてわたしが誓って願ったところが実現するだろう。もろもろの国からこの時に来たれるものは皆、その生涯に金剛の如き不退転の心を得るのである。≫ と。 速やかに生死を超えて、真直ぐに安らかな世界にいたるのだ。無限の光明の浄土 に至って、無数の仏を供養しよう。 この功徳を積んでいない人は、この『無量清浄平等覚経』を知ることができない。たゞ邪念なく浄らかに戒律を保った者だけが、今、浄土に還ってこの正法を聞くのだ。悪と憍慢と邪見と怠け心を持つ者は、この法すなわち 弥陀の本願を信じることはできないのだ。過去の世で仏を観たてまつった者こそ、よろこんで仏の教えを聞くであろう。人として、いのちを得ることは稀である。釈尊のような仏が世におられるといっても、はなはだお遇いすることはできない。信心の智慧を いただけるのは更に難しい。もし仏法について見聞きすることがあれば精進して求めよ。わたし(釈尊)の法を聞いて忘れず、そのいわれを尊び得て慶べば、すなわちわたしの善き友である。この故に真実の仏道を求めよ。たとえ全世界が火の海となっても、 その中を過ぎて真実の仏法を聞くことが出来れば、かならず仏となって一切の生老死を救い上げることが出来よう>い」 といわれた。 【11】 『悲華経』の「大施品」の第二巻にいわれている。曇無識三蔵(どんむしんさんぞう)の訳で「願わくば、わたしがこの上ないさとりを成就した時、数限りない多くの国の衆生が、わたしの名号を聞いてもろもろの善法の基である名号を称えて、わが浄土に 往生したいと願えば、いのち終ったあと、必ず浄土に生まれさせよう。たゞ、五逆と聖人(善知識)を誹謗する者は除かれる」 と。 |
| 【HP作成者感想】 行の巻に入りました。先ず【1】では大行について、親鸞聖人のメッセージが述べられます。云く「大行とはすなわち無碍光如来の名(みな)を称するなり。こはすなはちこれもろもろの善法を摂し、 もろもろの徳本を具せり。」 何よりも先ず「大行とは無碍光如来の御名を称するのだ」 と、大行とは如何なる行であるかを、はっきりと顕彰(けんしょう)されます。そしてそのあと信巻のはじめに大信の 功徳を述べられたのと同じく、「この行はすなはちこれもろもろの善法を摂し、 もろもろの徳本を具せり。極速円満す、真如一実の功徳宝海なり。」と大行の功徳を明らかにされます。そしてその後に大行の功徳の根源は『大無量寿経』の第十七願であることが示され、この願を「諸仏称揚の願と名づく。」、 「諸仏称名の願と名づく」、また「諸仏咨嗟の願と名づく」、また「往相回向」、 更には「選択稱名の願」となづくべきなりと結ばれます。まことに親鸞・法然浄土教の行の根本がここにあることを高らかに宣言されています。そして親鸞聖人は、 この願の由来である「諸仏称名の願」で 代表される「第十七願」の本文を、何よりも先んじて【2】において示されます。すなわち「たとひわれ仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟(ししゃ=讃歎)して、わが名を称せずは、正覚を取らじ」 と。 そこで、まず注目されるのは、この第十七願において「十方世界の無量の諸仏が、ことごとく咨嗟(ししゃ) して、わが名を称する。」という部分です。この場合「わが名」とは名号のことであり、すなわち「南無阿弥陀仏」のことでしょう。これを諸仏が咨嗟(讃歎) なさる。何故咨嗟というこの上なき讃嘆をなさるのか。このことについて考えてみたいと思います。そのこたえは、それが真実であるだけに、むしろ簡単です。煩瑣ではありません。すなわち南無とは帰命。そして阿弥陀仏、とりもなおさず阿弥陀仏に帰命する。 阿弥陀仏という、唯ひとつの大いなるいのちに帰命する。還る。これ以外に南無阿弥陀仏の意味はありません。大いなるいのちに還れよ。もともと大いなるいのちであるわたし(阿弥陀仏)に摂取されている衆生なのだが、その衆生は自分でそのように摂取 されているとは気付かない。その気付かない衆生に対して、大いなるいのちである私(阿弥陀仏)の中にいる自分に気づけよというのが南無阿弥陀仏です。そして衆生はその大いなるいのちである阿弥陀仏に摂取されてその中にあるということを実感するのです。 この真実にもとづいた言葉のいわれが実感されること、それが称名による救いそのものでなくてなんでしょう。まさに救いそのものです。 さてここで、もう一つ申し上げたいことがあります。それは今回読み進めているいろいろ重要な経文の中に度々登場する「諸仏」すなわちもろもろの仏のことです。「諸仏」とはまことに漠然とした名前です。複数の仏をあらわすことばですから、このように 漠然となるのでしょうか。「諸仏」ということばの意味については例えば東京書籍発行、中村元著『仏教語大辞典』では 「①もろもろの仏。 「②最高の真理を智見、理解する人々。」とあります。 また永田文昌堂発行、岡村周薩編纂『真宗大辞典』には 「③阿弥陀仏以外のあらゆる仏を諸仏という。」 「④阿弥陀、大日、阿閦、宝性などの一切の仏を総称して諸仏という。」などとあり。 また、、同朋大学名誉教授の田代純孝師の真宗研究23号の「親鸞教学における『諸仏』の地位」 という論文では「親鸞の『浄土和讃 大経意第十首』の例を挙げて「文明本」によれば「弥陀の大悲ふかければ 仏智不思議をあらはして・・・」となるのを、 同じ和讃の専修寺「国宝本」の同じ部分によれば「諸仏の大悲ふかければ 仏智不思議あらはして・・・」 と、弥陀の部分を諸仏とし、おまけにその「諸仏」の部分に「みたをしょふちとまふす くわとにんたうのこゝろなり」と左訓が施されていると 指摘しています。「くわとにんたう」とは大経異訳の『仏説諸仏阿弥陀三那三仏薩楼仏檀過度人道経』のことで、「くわとにんたう」とは経名の『過度人道』という部分をひらがなで表現しているのです。これにもとづいて ⑤国宝本では弥陀を諸仏と表現していることになります。諸仏を一仏である弥陀と同等としていることには、親鸞浄土教においてまことに意味深いことであります。 田代氏は更に、親鸞はもう一つ特筆すべき諸仏の理解をしているとして、その消息集『真蹟書簡』および『末燈鈔 七』で「このこころのさたまるを、十方諸仏のよろこひて、諸仏の御こころにひとしとほめたまふなり。 まことの信心の人をは、諸仏とひとしと申なり」(浄信宛御返事)と、示されるごとく ⑥まことの信心の人は、諸仏と等しいという例を挙げ「仏」に対して「まことの信心のひと」は等しい関係であるが同じではないとしつつも、「まことの信心の人」いわば 正定聚の人を「仏」と等しいと見るほどに直近の人であるとしています。 以上に多くの事例や古文書および最近の研究をあげましたが、それをおいてもなお「諸仏」という言葉はその意味が漠然としており、はっきりしません。しかも、行巻の最初の第十七の「諸仏称名の願」において、それを読めばわかりますように 「たとひわれ仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟(ししゃ=讃歎)して、わが名を称せずは、正覚を取らじ」というように「十方世界の無量の諸仏」は非常に大きな重い存在となっています。そこで、この行巻を拝読する者として 第十七願においてまず、登場してくる「諸仏」とはいかなる仏であるかということを、できるだけ明確に把握しておく必要があるものと考えます。なぜならこのことによって、第十七願を出発点とする親鸞浄土教における行巻が漠然とではなくて、 しっかりと読み取れるのではないかと思うのです。そこで親鸞浄土教に沿ったかたちでの「諸仏」像はどのように受取らせていただいたらいいかということを考えることにしました。そしてこのことはそれほど複雑に考えなくともいいのではないかと思うところです。 すなわち、親鸞浄土教の思想構造によって考えればいいわけで、まず親鸞聖人が『過度人道経』を引用して『浄土和讃』の「大経意」の第十首の左訓のように諸仏を弥陀と同等とおさえること、上記③におけるように阿弥陀仏以外の仏である 釈尊は諸仏であり、そのさとりの内容が「阿弥陀仏」であったとすることでも、はっきりと言えることであるということです。すなわち ⑦諸仏と阿弥陀仏は同等ということです。 次に親鸞聖人が『末燈鈔第七書簡』で⑥のように「まことの信心の人は諸仏と等しい」といわれています。まことの信心の人とは現生において正定聚の人ということになります。これは中村元著『仏教語大辞典』の上記②の記述のように、 「諸仏」を「最高の真理を智見、理解する人々。」とありますが、いずれにしても、これら正定聚の人たちは諸仏と等しくはあっても諸仏と同じではない。このことははっきりしています。すなわちまことの信心の人は、たとえ諸仏と 等しい存在であっても、諸仏と同じではない。したがって、今現在もまことの信心を獲て仏と等しい仏道生活を実践されている方は数多くいると思いますが、この人々を諸仏であるとすることには、やはり抵抗があります。 たゞ、このような正定聚の人々がいのち終って仏となられた場合は間違いなく現時点においても、仏であり、諸仏の仲間入りをされていることになります。そうなるとこのような人が生きて活動しておられた時に仏を咨嗟し、称名された事実も すべて諸仏として弥陀を讃歎し、弥陀の名号を称えられたと受取ることができ、まさに第十七の諸仏(咨嗟、称揚、称名)の願が現実味を以て私たちの胸に迫ってくることになります。したがってこのように諸仏は如来であり、同時にいまいのち終わって 浄土で仏となっておられるかっての正定聚の人々の諸仏としてのはたらきが第十七願に反映されていることになります。 このようにして【1】から【11】までの文章を私たち衆生は親近感ををもって拝読することができるのではないでしょうか。 あとは古文および現代意訳によって縦横にお読みいただくのみということになります。 今月は以上で終わります。 |
【読下し古文】 【12】 しかれば 答へていはく、〈つねに諸仏および諸仏の大法を念ずれば、必定して希有の行なり。このゆゑに歓喜多し〉と。かくのごときらの歓喜の因縁のゆえに、菩薩、初地のなかにありて心に歓喜多し。〈諸仏を念ず)といふは、 燃灯等の過去の諸仏、阿弥陀等の現在の諸仏、弥勒等の将来の諸仏を念ずるなり。つねにかくのごときの諸仏世尊を念ずれば、現に前にましますがごとし。三界第一にしてよく勝れたるひとましまさず。このゆゑに歓喜多し。〈諸仏の大法を念ぜば〉、略して諸仏の 四十不共法を説かんと。一つには自在の飛行意に |
| 【現代意訳】 【12】 であるから、「南無阿弥陀仏」と称名すれば、この上なく衆生の一切の迷い(無明)を破り、よく衆生の全ての願いを満たし給うのである。称名こそ、すなわちこれは
無上真実の正しい行である。この行はすなわちこれ念仏であり、念仏は、とりもなおさずこれ南無阿弥陀仏ある。そして南無阿弥陀仏こそ、真実の仏の救済を信じる心である。
【13】 『十住毘婆沙論』の「入初地品」にいわれている。「ある人がいうのに、十方の諸仏を目の当たりに観ることが出来る「般舟三昧」と、仏の慈悲(大悲)を諸仏の家と名付ける。なぜならこの二つの仏法から
多くの如来が生まれてくるからである。この二法の内、般舟三昧を父とし、仏の慈悲(大悲)を母とする。また次に念仏三昧これは父であり、有無を超えた境地(無生法忍)これは母である。龍樹菩薩が著わした『菩提資糧論(助菩提)』に
<一切のもろもろの如来は般舟三昧の父、大悲無生の母であるこの二法より生ずる>と説かれている如くである。仏の家は欠けたところも余計なところことが無いので汚れというものが無く清浄である。したがって清浄とは有無を超えた行すなわち
六波羅蜜と四功徳処であり、般若のさとりによって人々を正しいさとりに導く方便はこれを善慧という。般舟三昧・大悲・無生法忍などの諸忍、これらは清浄であって間違ったところがない。だからその家は清浄であるといえる。このような菩薩は、
上記のような清浄の法を家としているから欠点がないのである。それは世間が全てという道を転じて世間を超えた道に入るものである。世間が全てという道は凡夫の道と名付ける。これを転じることを涅槃の道とも名付ける。凡夫の道は結局
涅槃に至ることはできない。常に生死にさ迷うのだ。これが凡夫の道なのだ。出世間の道は、この道によって迷いの世界を離れることができるがゆえに、出世間の道というのだ。出世上道に入るというのは、まことに妙なる道に入るというか、
無上の道に入るということなのだ。入るというのは、まさにこのような道を行ずるが故に名付けて「入」というのだ。この心をもってさとりの道の入り口(初地)に入るので、これを歓喜地というのである。>問うて言う。初地のことを何故歓喜と名付けるのか。 答えて言う。<初地に入るということ(初果)が究極的に涅槃に至ることができる位であるからだ。菩薩はこの位に入れば常に歓喜が多い。自然に諸仏如来となる種が増えるのである。この故にこのような初地の人を賢善者と名付けることができるのである。> <初地に入るがごとし>というのは人が 初めて聖者の位(須陀洹しゅだおん) を得るようなものだ。よく地獄・餓鬼・畜生の三悪道の門を閉じるようなものである。釈尊の教えの法<四諦=人生は苦(苦諦)、苦は煩悩のため(集諦)、煩悩を滅する(滅諦)ことによって 涅槃を得、そうなるように八正道を実践(道諦)>に遇って仏法のさとりに至って動揺せず、究極の涅槃に至る。このように苦の源泉である煩悩を断ち切るのであるから心は大いに歓喜する。この境地に至れば、たとえ眠ったり怠けるようなことがあっても こころが惑乱して慄(おのの)き震える(二十九有)ようなことにはならない。①一本の毛を百に分け、その分けた一本を以て大海の水を掬い取る、それはわずか二三滴であって、滅すべき苦の大海の水は少しも減ったように見えないが、それでも涅槃への道が 堅固に開けたわけだから、心は歓喜するのだ。 菩薩も同じことで、初地を得終わることを如来の家に生じたという。そして、このような菩薩は、すべての仏法を守護する神々、竜、夜叉(やしゃ)、乾闥婆(けんだっぱ)そして声聞、辟支(縁覚)などに供養され敬われるところである。 何故かというと、仏の家は「神々、竜、夜叉(やしゃ)、乾闥婆(けんだっぱ)そして声聞、辟支(縁覚)など」の主人だからである。だから世間がすべてという道を転じて世間を超えた道(出世間道)に入る。ただ仏道を喜び敬えば四功徳処 <菩薩の四つの徳である諦(明らかに観る)、捨(施し)、滅(煩悩を滅す)、慧(智慧)>を得、六波羅蜜<布施、持戒(戒を保つ)、忍辱(耐え忍び)、精進、禅定(精神集中)>の果報をえるだろう。慈しみ一杯の仏となる因(種)を断つことがないので 心は大いに歓喜する。滅すべき罪苦は大海の水ほど有るが、すべて仏の力によって転ぜられるのだから行者にとってはそれは二三滴の水のごとくである。さて、さとり(阿耨多羅三藐三菩提)を得るには百千億劫という長い時間がかかるということ だけれども、無始からの生死の大海の苦が二三滴の水になるのなら、このようなことが成り立つ初地の位は歓喜地と名づけることが出来るだろう。 問うて言う。初歓喜地の菩薩、この位に在って歓喜が多いという。もろもろの功徳があるので歓喜の位とするのだ。このような菩薩は法を歓喜するというのだが、どのような法を得て歓喜するのか。 答えて言う。常に諸仏と諸仏の教えを片時も忘れないというのは、世事に明け暮れる日常からするとめったにない功徳のある行ないだから歓喜が多いのである。このような歓喜の源泉があるから初地の位に在って歓喜が多いのだ。 ②<諸仏を念ずる>というのは燃灯仏など過去の諸仏、阿弥陀などの現在の諸仏、弥勒などの将来の諸仏を念ずることである。常に、このような諸仏を念じれば、これらの仏は現に眼の前に居られるがごとくになる。すべての世界の第一の存在であって、 これ以上勝れた方は居られない。このように諸仏を念ずる初地の人には歓喜が多い。<諸仏の大法を念ずる>というのは諸仏のみに具わる「四十不共法(四十種の優れた得失)」を説くことになる。すなわちまず一つには思うがままに空を飛行 することができる。 二つには自由自在に姿を変える。三つにはあらゆる声を自由に聞くことが出来る。四つには無限の智慧をもって、一切衆生の心を知ることが出来る。 他力念仏により往生必定の行者(菩薩)はこの行者が仏によって往生が約束されれば不退転の位 に入り大いなるいのちに生きるという仏道の真実(無生法忍)を得るのだ。千万憶の魔物によっても乱されることはない。仏の慈悲の心を得て大いなるいのちによって生きる。これを他力往生の菩薩と名付ける。 ③<稀有の行を念ず>とは往生必定の菩薩が第一稀有の行(十波羅蜜の行=浄土教では本願念仏の行)を念ずることを言い、心に歓喜が生じる。すべての凡夫にはありえないことである。又、すべての声聞、縁覚もこのような行は行ずることができない。 仏法の何物にも妨げられないさとりと仏の無限の智慧の扉を開くものである。また菩薩行の上位である十地の菩薩の行じる法を念ずれば、これを名付けて心歓喜多しと云えるのだ。だから菩薩が初地に入ればこれを歓喜するというのである。 ④問うていうに、凡夫人で仏道を求めようとしない者、あるいは求める気持ちがあっても、いまだ歓喜(喜び)の気持ちが湧かない者、これらの人が必ず仏になるという初地の菩薩を念頭にして懸命に仏道修行をして歓喜を得ようと励む場合、 これらの凡夫人と 初地の菩薩の間にはどのような差異があるのかと。 答えていうに、<菩薩が初地を得れば、その心に歓喜が多いというのは、諸仏の無量の徳を私は間違いなく得ることが出来ると思うからだ。何故かというと、「私はすでに初地を得て、かならず仏になるという必定の菩薩になったと思うからだ。 初地以外の 者はそうはいかない。なぜかというとこれらの者は仏や仏のお無限の力を信じることが出来ず、なんでも自分と世間しか信じれないからだ。この故に諸仏を念ずるといっても、この念が真実ではなく、形だけになっているからだ、 自分の力のみで仏に なれると思っているからだ。初地の菩薩はそうではない。仏を信じ、仏のはたらきが無限であることを信じているので、自分は必ずそれによって仏になれると覚信しているからだ。例えば転輪王の素晴らしさがわかり、 自分もまた転輪王になること間違いない と覚信できるから歓喜がわくのである。もしこの人に仏を信じ、仏の無限の力を信じる力が無かったなら、初地の菩薩のような歓喜が湧かないからだ。初地の必定の菩薩は、さにあらず、 自分は仏の無限の力と一体になるんだという覚信の喜びすなわち 無限の歓喜が湧くのである。これが仏の力を信じる初地の菩薩と、自分と世間しか信じることが出来ない自力の菩薩との違いである。 かならず仏になると定まった心を持つ初地の菩薩は深く仏のこころに摂取されて心が動ずることがない。 |
| 【HP作成者感想】 今月は多くの引文の前に、まず【12】のように親鸞聖人が『南無阿弥陀仏』と称えるとはどういうことか述べられています。いわく「称名は衆生の一切の無明を破し、一切の願いを満たしたまう。」、「称名こそ最も 勝れた妙なる正しい行で、正業とは、これ何を置いても念仏のことである。そして最後に念仏とは南無阿弥陀仏のことであるとしています。これは念仏とは南無阿弥陀仏と称えることだということでしょう。親鸞聖人は、この行巻において まず最初に称名念仏の勝れたところを自信をもって宣言し、そのあとを七高僧の最初の人龍樹の『十住毘婆沙論』の「入初地品」から始め、それを裏打ちする引文を展開していかれます。 しかしここでふと凡夫である筆者として、あらためて思いますに、「親鸞聖人ははたして、はじめから法然上人のいう称名念仏をすることだけで衆生の一切の無明を破し、一切の願いを満たすことができるということを信じられたのでしょうか。 たしかに、親鸞聖人が比叡の山から京都吉水の法然上人の膝下に参じられたとき、ひとえに生死出づべき道を説かれている法然上人の人格と宗教性に打たれ、この上なく引き付けられたことは間違いありません。 しかし、この南無阿弥陀仏を称えるだけで果たして救われるのかという、まことに凡人としての素朴な疑問は、このあと、越後に流され、辛酸をなめられた経過の中でもいつまでもまつわりついた疑問だったのではないかとふと思うのです。」 そして、この疑問の解決として親鸞聖人を天親菩薩の『浄土論』における「世尊が一心帰命尽十方無碍光如来」という言葉と、曇鸞大師の「浄土論註」における他力の思想に結び付けさせたのではないかと思うところです。まさに天親の「親」と 曇鸞の「鸞」をとって親鸞と名乗った聖人の心が読める気がします。 称名念仏をすれば救われる。このことを信じるということは、まことに直截簡明に云えば、『大無量寿経』の第十八願に、そのように説かれているから、ということになりますが、このことを現代的思考の網にかけて思索することが 筆者には必要であると思われるのですが、そのことはこの行巻を読み進める全体の経過の中でじっくりと考えることにして、今は親鸞聖人の【12】のことばを裏打ちする【13】の【十住毘婆沙論】からはじまる引文から読み始めたいと思います。 何故なら、親鸞聖人は【13】以降に連なる延々とした引文の紹介によって【12】の自説を浄土教的に説き尽くそうとして、引文を展開されているわけですから。 【13】 これは龍樹の『十住毘婆沙論』からの引文ですね。この中で「十方の諸仏を目の当たりに観ることが出来る(般舟三昧)と、仏の慈悲(大悲)を諸仏の家と名付ける、なぜならこの二つの仏法から多くの如来が生まれてくるからである。」 これについて考えます。まず(般舟三昧)とは親鸞浄土教として考えれば「念仏三昧」です。すなわち名号を称えることです。何故なら念仏三昧には常行三昧にもあるように仏を見る行があるからです。更に「大悲」とは光明です。 これは平安時代の恵心僧都源信が「煩悩障碍雖不見、大悲無倦常照我」といっているように、まさに「大悲」は我々衆生を照らす光明であるということになります。そして、これも『正信偈』に「光明名号顕因縁」とあるように、光明は縁として、名号は 因として衆生が浄土に往生する因と縁になるということです。したがってこの因と縁によって衆生が浄土に往生しすなわち仏となる。だから多くの如来生まれてくる。 また般舟三昧を父、無生法忍を母とすれば、この父母によって、この家にもろもろの如来が生ずるというのは、般舟三昧は前述の如く名号、無生法忍はこれを親鸞浄土教からいえば信心とすることが出来ます。何故なら、無生法忍とは、 真如と認めるということであり、 真如は我々衆生がここにこうして今生きていることの根源である。いわば「大いなるいのち」は言葉を変えて言えば阿弥陀仏であり、われわれが大いなるいのちによって現に今摂取され今ここにこうして存在している。このように「大いなるいのち」の はたらきを納得することが信心であると私(筆者)は考えますので、名号の父と、信心の母、すなわち称名号という因と、信心の縁によって、衆生の往生浄土が成就し、もろもろの如来が生ずる家となるということであります。 このような情景はまた世間道を転じて出世間道を生きるということでもあります。何故なら世間道が全てであるなら、名号を称えること(般舟讃)とも大悲無倦を感ずることとも、大いなるいのちに摂取されていることとも無縁であるからです。 世間が全ての道は絶えず生死の浮き沈みに翻弄されているのみで真実の往生浄土への道には決して出遇えないだろうと、この『十住毘婆沙論』でも言っています。しかも、親鸞浄土教の云う出世間道への転換は世間道を元にしているという点です。 出世間道は、 元々は世間から物理的に離れ山野に籠って仏道修行をすることだったのですが、そうではなく世間道を元にしてということ、煩悩の渦巻く世間道にあるが故に、仏のはたらきによって、このような出世間道に出遇うことは、まさに親鸞聖人が目指された 「生死出づべき道」であることを示しています。 このようにして親鸞聖人は法然上人のもとで比叡山という世間から離れた道ではなく、世間道その者である京都の巷にあって法然上人の「生死出づべき道」という出世間道に出遇い、さらにはその後、いのち終るまで北陸・関東・京都と常に世間道の 中にありながら、十住毘婆沙論でいう歓喜地の菩薩、すなわち初地に至る菩薩の 道を進まれることになったのでしょう。 このあとも【13】の文は菩薩のさとりへの道が定まった位、すなわち初歓喜地を讃歎する文章が続きます。現代語訳に沿って読み進めていただいたらいいのですが、その中で特に注目したい点を現代語訳の中から抜き出しながら読み進めたい と思います。 この中で初地の位に在ることを、上記現代意訳の①で「一本の毛を百に分け、その分けた一本を以て大海の水を掬い取る、それはわずか二三滴であって、滅すべき苦の大海の水は少しも減ったように見えないが、それでも涅槃への道が 堅固に開けたわけだから、心は歓喜するのだ。・・・」 とあるのは、まことにすばらしい表現で、これは丁度、親鸞浄土教で不退転の位にある正定聚の念仏者を見事に指している表現でもあると思います。生きて信心の定まった正定聚の人には まだ煩悩はそのまま残っているわけですからいのち終っての往生浄土が決定しているとはいえ、まだまだ、煩悩は残っている状態ではあるが、いのち終わった後の往生浄土の決定は、かならずこの人を心は静かな歓喜地にあるといえる わけでしょう。いかがでしょうか。 次に上記現ぢ語訳の「②<諸仏を念ずる>というのは燃灯仏など過去の諸仏、阿弥陀などの現在の諸仏、弥勒などの将来の諸仏を念ずることです。常に、このような諸仏を念じれば、これらの仏は現に眼の前に居られるがごとくになる。 このように諸仏を念ずる初地の人には歓喜が多い。-中略― 他力念仏により往生必定の行者(菩薩)はこの行者が仏によって往生が約束されれば不退転の位 に入り大いなるいのちに生きるという仏道の真実(無生法忍)を得るのだ。千万憶の魔物によっても乱されることはない。仏の慈悲の心を得て大いなるいのちによって生きる。これを他力往生の菩薩と名付ける。」 というのは、例えば常に <阿弥陀仏を念ずる>というのは、何も一心不乱に、躍起になって念仏行を絶え間なく激しく行うということではなく、例えば正定聚の人の口からは、常に日々の仕事や休憩の中から静かに念仏の声がもれるという情景が浮かびます。 このような静かな念仏の日々を生涯にわたって過ごせば自ずと仏の姿は常に念頭に在り、これこそ仏を目の当たりに見るということではないでしょうか。そのような人を見ることを、歓喜地の人を見るといってもいいのではないでしょうか。 次に上記現代語訳の「③<稀有の行を念ず>とは往生必定の菩薩が第一稀有の行(十波羅蜜の行=本願念仏の行)を念ずることを言い、心に歓喜が生じる。仏法の何物にも妨げられないさとりと仏の無限の智慧の扉を開くものである。 ―中略― これを名付けて心歓喜多しと云えるのだ。だから菩薩が初地に入ればこれを歓喜するというのである。」 とありますが、上記の如く第一稀有の行とは本願念仏の行すなわち称名のことであり、これを日々生涯にわたって自ずと 続けるということは仏法の何物にも妨げられない、さとりの無限の智慧を開くものと考えてよいわけです。そのことをこの部分では表現しているものと考えます。 次に現代語訳最後の「④問うていうに、凡夫人で仏道を求めようとしない者、あるいは求める気持ちがあっても、いまだ歓喜(喜び)の気持ちが湧かない者、これらの人が必ず仏になるという初地の菩薩を念頭にして懸命に仏道修行をして 歓喜を得ようと励む場合、これらの凡夫人と 初地の菩薩の間にはどのような差異があるのかと。 答えていうに、<菩薩が初地を得れば、その心に歓喜が多いというのは、諸仏の無量の徳を私は間違いなく得ることが出来ると思うからだ。何故かというと、「私はすでに初地を得て、かならず仏になるという必定の菩薩になったと思うからだ。 初地以外の 者はそうはいかない。なぜかというとこれらの者は仏や仏のお無限の力を信じることが出来ず、なんでも自分と世間しか信じれないからだ。この故に諸仏を念ずるといっても、この念が真実ではなく、形だけになっているからだ、 自分の力のみで仏に なれると思っているからだ。初地の菩薩はそうではない。仏を信じ、仏のはたらきが無限であることを信じているので、自分は必ずそれによって仏になれると覚信しているからだ。例えば転輪王の素晴らしさがわかり、 自分もまた転輪王になること間違いない と覚信できるから歓喜がわくのである。もしこの人に仏を信じ、仏の無限の力を信じる力が無かったなら、初地の菩薩のような歓喜が湧かないからだ。初地の必定の菩薩は、さにあらず、 自分は仏の無限の力と一体になるんだという覚信の喜びすなわち 無限の歓喜が湧くのである。これが仏の力を信じる初地の菩薩と、自分と世間しか信じることが出来ない自力の菩薩との違いである。 かならず仏になると定まった心を持つ初地の菩薩は深く仏のこころに摂取されて心が動ずることがない。」 この問答は少し長くなりましたが、要するに初歓喜地に至らない者、すなわち親鸞浄土教でいう正定聚の位に至らないものは その成就への道への道程を自力の事としていること、すなわち世間が全てという考えから抜けられないものになるのではないでしょうか、なぜならそこには仏への他力の信が抜けている。全て自分の願いも、自分の成仏道も 自分の力によるとしているところによるからなのではないでしょうか。やはり自分の願いも自分の成仏道も、そして自分の一挙手一投足、一念一念の心の起滅までも全て他力による、仏のはたらきによると徹底できないところに在るのではないでしょうか。 そのような人々も、すべてが仏のはたらき、すなわち他力であるというこころになれば無限の信心の海が待っているということになります。以前にも申し上げましたがやはりここは石見の妙好人才市翁の「他力には自力他力はありはせぬ、 一面の他力、南無阿弥陀仏」のことばになるものと思うところです。 今月は以上で終わります。 |
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『顕浄土真実教行証』行文類本文3
「はじめに」 今月は龍樹の『十住毘婆沙論』から【14】と【15】の引文を読みます。【14】では信力増上ということが説かれています。「信」の方ですから行巻の引文として場違いな引用のように思いますが、信あって行あり、行あって信ありということなんでしょう。あながち意外ともいえません。親鸞聖人のこのあたりの引文のお意(こゝろ)を伺いながら読み進めたいと思います。次に【15】では有名な『易行品』からの難行である陸路と易行である水路についての 龍樹のメッセージを読むことが出来ます。本文でも申し上げていますが、龍樹の時代は日本では弥生時代の末期です。このような時代に、既に、こんなに深い思索にもとづく論述ができた印度文明にも思いが至るところです。 |
| 【読下し古文】 【14】 またいはく( 問 答 〈深 【一五】 またいはく(易 〈もし人 問 答 〈 われいま 即 このゆゑにわれつねに もし このゆゑにわれ、かの このゆゑにわれ もし すなはち 信 かの われいま かの よく みづから われ その なほ 清 われいままたかくのごとし。 この つねにわれを |
| 【現代意訳】 【14】また、『十住毘婆沙論』の浄地品(じょうじぼん)でいわれている。「信ずる力が増上するとはどういうことだろうか。 それは、仏のはたらきにより見聞(けんもん)させていただく仏法を、その通りであると疑いなく納得させていただくことが仏法を信ずる力の増上と名づけ殊勝と名づけられるのである。 問うていうに、増上に二種類があり、一つはこれを信の力の量が増加すること(多)であるとし、二つにはこれを信の力の質がが勝れたものになる(勝)とすることであると思うが、今の場合、これをどのように説くべきなのだろうか。 答えとして、この二つ共に説き明かしてみよう。 菩薩は初地の位に入れば、そのもろもろの功徳を味わうことになるので信のはたらきが更に増加することになる。この信のはたらきによって諸仏の功徳が無限に深く妙(たえ)なるものであることに思いが至って、それをよく信じ受け入れる。 このゆえにこの信の心はますます増えるという意味で多であり、勝れているという意味で勝であるというのである。<深く大悲を行じ>というのは衆生を憐み慈しむ心が骨の髄までとどいているので名付けて深(じん)とするのである。一切の 衆生のために仏道を求めるが故に、これを名づけて<大いなるはたらき>というのである。慈(いつく)しむこゝろは常に衆生を利益(りやく)することを求めて衆生のこゝろを安穏にする。慈に三種あり」 と。(中略) 【15】 また『易行品五』にいわれている。「仏法には無数の法門がある。世間の道にも難もあり、易(い)もある。遠い道を歩いて行くのは苦しいが、船に乗って同じところにいけるなら、まことに楽である。 菩薩の修行道も同じである。懸命に 苦しい修行をして覚りの境地に至るものもあれば、唯々仏を信じ切るという方法ですっと横ざまにこの世を超えて不退転の位に至るものもある。(中略) <もし人が速やかに 不退転の位に至りたいと欲(おも)えば、みずからを絶対とおもわず 仏を敬い、怠ることなく名号を称えるべきである>。 もし菩薩が現生において不退転の位を得、やがて悟りの境地に入ろうと思うなら、 まさに十方のもろもろの仏を念じなければならない。このように仏の名号を称えることは『宝月童子所問経』の<阿惟越到品>の中に説いてあるとおりである。(中略) <西方の善き世界の仏を無量明と名づける。その仏の無限の智慧は明らかで、その光が照らすところは限りがない。その御名を聞き信ずることができるものは、自ずと不退転の位を得るとある。(中略)限りない過去に海徳という名をもつ仏がいた。もろもろの、現在はたらかれている仏は皆、この海徳仏にしたがって願を起こした。これらの仏の寿命は無限である。放つ光明は時空共に限りがない。その国土は無限に清らかである。その名号を聞き信ずる者は必ず仏になるであろう。>(中略) 問うていうに、この十方の仏(十仏)の名号を聞き信じて忘れずに心に留めれば、すなわち覚りへの不退転の位を得ることが出来る。また、他の諸仏や諸菩薩の御名によっても不退転の境地を得ることができるのだろうか。 答えて言おう。<阿弥陀などの仏、および諸々の勝れた菩薩、これらを念じ不退転を得ることは次に述べるようなものである。阿弥陀仏等の諸仏を恭しく敬ってその御名を称えるべきである。今こそまさに、無量寿仏(阿弥陀仏)のいわれを つまびらかに説こう。世自在王仏及びその他の仏が居られて、これらの尊い諸仏がたは現在あらゆる清浄な世界に弥陀の名号を称名し、その本願に思いを馳せておられることは次のようである。<もし人が無量寿仏の名を称え、自ずと帰命すれば、ただちに必ず仏になる位に入って、仏のさとりそのものになる。この故に常に阿弥陀を憶念せよと。 今、このことを詩文でもって称讃しよう。 <無限の光明の智慧、その身は黄金の山のようである。 私は今、私の全てをもって合掌し頭を地につけて礼拝したてまつる。(中略) もし、人、仏になろうと願って心に阿弥陀を念じたてまつれば その時、まさに、その姿を表される。 この故に私は彼の阿弥陀仏の本願に帰命いたします。 十方のもろもろの菩薩も、その場に来て共に阿弥陀を敬いその法を聴く。 この故に、私は伏して稽首したてまつると。(中略) もし人、懸命に往生を願って称名しても 仏の無限のはたらきを疑えば すなわち華は開かない。 仏のはたらきを信ずること一つである者は 華は開けて仏を見たてまつる。 現に身の周り十方の仏さま さまざまな因と縁を紡いで 彼の仏(阿弥陀仏)の功徳を讃歎したまう。 私も弥陀に帰命し礼拝したてまつると。(中略) 仏道成就のための八っつの正道すべてを載せた船に乗って 渡り難い迷いの海を能くわたり 自らもさとり、人々をも済度する。 私は自在な無限の力をもった阿弥陀仏を礼拝します。 諸仏がはるかな昔から その功徳を讃歎し尽くしても なお尽きることが無い。 限りなく清浄な阿弥陀仏に帰命し奉(たてまつ)ります。 私は今、またこのように弥陀の無限の徳を称讃します。 このすばらしいあなた(阿弥陀仏)との出遇いの因と縁をもって 常に、衆生たるわたしを心に留めてください。(抄出) |
| 【HP作成者感想】 【14】では<仏を信ずるこゝろの強さとは、どのようなことか>をまず問うています。私(筆者)はそれを他力の立場から<仏のはたらきにより、自分とは何か、自然とは何か、宇宙とは何かを考える(見聞する)ことに よって、この世界の不思議、科学的な見方をもってしてもなお不思議な、そして今、ここにこうして自分がいるという不思議を見聞し、その通りだなと疑いなく信ずることによって、仏を信ずる力が増々強く大きく(増上)、 そして鮮明(殊勝)になるということでしょうか。そして更に問うて、信の力がますます増える(多)と、信の力がさらに強く鮮明になる(勝)とについては、上のように自らや宇宙を顧みて、これは信の力が「多」となることか、「勝」と なることなのか、どちらだろうかと、更に問います。 それに対する答えとして、信の力が決して退くことがない、すなわち不退転の位(これを菩薩が初めて信の力が不動になった初地の位というが)になった時に、もろもろの功徳すなわち喜び(歓喜)を味わうことになるので その意味で、喜びが多いという意味で「多」であり、また決して退くことが無いという深い喜びであり、勝れているという意味で(勝)というのだと言っています。どうも西暦紀元後間もなくにうまれた龍樹の『十住毘婆沙論』のことばですので分かり難い表現ではあります。しかしまた龍樹の時代とは2世紀から、遅くとも3世紀であり、この時代は日本では弥生時代の末期であることを考えると、そのような時代に、すでにこのような 高度の宗教論が書かれているということは、人間と宗教の関わり、しかもその思想の高度で深いことを考えると、何とも言えない感動で心が貫かれるのを覚えます。そう考えると少々の文章のわかりにくさなど、吹っ飛んで 龍樹の心の中、更に言えば龍樹の時代の人々の心の中に溶け込んでいくような気持になります。だから【14】の文章の細かい詮索はやめますので、現代意訳と、もとの書き下し文をお読みいだだいて その意をお読み取りください。 それと、ここで思うことですが、今、読み進めているのは行巻なのですが【14】の文章はまるで信巻で出てくる文章といってもいいくらい「信力」ということを強調しています。これはどのように 受取るべきでしょうか。筆者が思いますには行とは称名のことで、称名とは南無阿弥陀仏を称えること。南無阿弥陀仏とは、親鸞浄土教を信奉する者は、21世紀の今、ここにこのようにして存在する私の根源を信ずると考えると、南無阿弥陀仏とは、その私の根源である阿弥陀仏に南無する、すなわち帰るということであり、それを称名する行巻の主旨は、阿弥陀仏を信じる信巻の主旨でもあるということで、信、行ともに 一体と考えればそれでよいのではないでしょうか。 次に【15】で、ここは、あの難行道と易行道を論じた龍樹の有名な論述の引文です。前半部分は書き下し古文と現代意訳をご査読ください。ここでも龍樹を代表として2~3世紀ごろの生死の問題に関する 人々の思想動向の凄さに驚くばかりです。言うまでもなく仏教の祖であるお釈迦様は更にそれをさかのぼること500年以上の過去、日本で云えば弥生時代、その頃に生きたお釈迦様はいうまでもなく、大乗仏教の完成者龍樹についても、その思想の壮大なること、 深遠なること、それに比べて現代の宗教的思想動向の貧弱さは目に余るものがあります。 そして(中略)のあと、親鸞聖人は、もし人が不退転の位に至ろうと思えば、まず自らを差し置き、恭しく心に刻み付けて(執持して)名号を称すべしとします。いよいよ行巻の主題である称名行の讃嘆にはいります。そしてその恭敬称名するのはどのような仏の名号なのか ということですが、その次を読みますと、それは十方諸仏の名号を念ずべしとしています。それでは、その十方諸仏とは、どのような仏がたなのでしょうか。これは十方のあらゆる仏ということで大変漠然としてしまいます。 しかし親鸞浄土教からすれば、十方の諸仏は、すなわち弥陀一仏のことで、親鸞聖人は 『宝月童子所聞経』を経て、中略のあと、西方の仏の世界(善世界)の無量明と名づけられた仏、すなわち西方浄土の無量寿仏(阿弥陀仏)の名を聞くことのある者、すなわち、十方無数の仏の中から西方の無量寿仏(阿弥陀仏) の名を聞き、すなわち信じて称名するものは、ただちに不退転の境地を得るという部分を引文されています。なぜなら、阿弥陀仏こそ親鸞浄土教において、私(衆生)がここにこうして在る事の根源、宇宙時空が因果の道理によって ここにこうして在る事の根源であるが故に、阿弥陀仏に帰命する、すなわち「南無阿弥陀仏」を聞信称名することが衆生が不退転の地に生ずる本来的事柄になるからです。 以上、このことを龍樹は『易行品』において、【15】の最後に詩文でもって称讃いたします。その讃歎のありさまは上の古文と現代意訳を、お読みいただきたいと思います。 このあとは阿弥陀仏とその本願への恭敬と帰依(帰命)と讃歎の偈をもって龍樹の『十住毘婆沙論』からの引文は終わります。 今月は以上で終わります。 |
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『顕浄土真実教行証』行文類本文3
「はじめに」 先月の『十住毘婆沙論』からの引文に引き続いて、今月は次なる時代の天親菩薩による『浄土論』からの引文です。先の『十住毘婆沙論』からの引文が長かったにもかかわらず、この『浄土論』からの引文は、それに比べて、まことに短い引文ですが、その長短にもかかわらず、そこに含まれている内容は、その後の浄土教に大きな道筋を与えていることがうかがわれます。すなわち『十住毘婆沙論』においては「易行品」の陸路による難行道と水路による易行道の引文にみられるごとく、他力による往生浄土への道が示されており、更には菩薩の初地の位に関する記述に関しては親鸞浄土教における「正定聚の位」との密接な関係がうかがわれます。 さてそれでは、今回の『浄土論』からの短い引文には親鸞浄土教に至るどのよなメッセージが含まれるのでしょうか。それでは、今月の読み進めに入りたいと思います。 |
| 【読下し古文】 【16】『 |
| 【現代意訳】 【16】『浄土論』にいわれている。「わたし(天親)は無量寿経の真実功徳のあらわれを頂いて浄土往生の偈(願生偈)によって大いなるいのちである阿弥陀仏に摂取されていることを説いて、仏教の教えにかなうことができた」 と。 仏本来のあらわれである本願の無限の力に遇えば、自らは何者かもわからない迷いの生涯を過ごすことはない。すみやかに大いなる功徳の宝海に自らを委(ゆだ)ねることになるのである。 また同じく『浄土論』では次のようにいわれている。「法蔵菩薩は礼拝、讃歎、作願、観察という四種の法門において自利の修行を成就されたというこのことを知るべきである。 さらに法蔵菩薩は第五門に進んで回向して他を利益(りやく)する行を成就されたと知るべきである。法蔵菩薩はこのように礼拝、讃歎、作願、観察、回向の五門の行を修められ、自利と利他を成就され 速やかに無上のさとりを成就されたが故である。」 と。 |
| 【HP作成者感想】 今月から引文は天親の『浄土論』に入ります。引文としては【16】のみの短い文章ですが、『浄土論』は親鸞浄土教の基盤の一つであるといってもよい論述です。そして天神の『浄土論』といえば、有名な冒頭の偈「世尊、われ一心に尽十方無碍光如来 に帰命したてまつりて安楽国に生ぜんと願ず。」 が先ず念頭に浮かびます。しかし、親鸞聖人が採用された引文は、これを差し置いて、上の二番目の偈「われ修多羅(しゅたら)真実功徳相によりて、願偈総持(がんげそうじ)を説きて仏教と相応せり」 を引文されています。これには親鸞聖人のどのような意図がうかがわれるのでしょうか。これは言うまでもなく、親鸞聖人が『教行信証』を著わされた意図は、仏の示された経典は勿論のこと伝統的な七高僧による聖典が法然・親鸞浄土教が指し示す往生浄土への道、これが上の経典、及び聖典によって保証されているということを示したかったわけでしょう。その意味で上の引文部分の「修多羅」は親鸞浄土教の所依の経典『無量寿経』が真実功徳相を持つ経典であることを意味しているからです。なぜならこの天親の『浄土論』はまさに「無量寿経優婆提舎願生偈』 すなわち、『無量寿経』によって浄土往生を願う論述であり偈であるからです。 そして次に最初の偈文から離れた、最後のあたりのことば「仏の本願力を観ずるに、遇(もうお)うて空しく過ぐるものなし。よくすみやかに功徳の大宝海を満足)せしむ」 が引文されています。この言葉も親鸞聖人にとって是非引文したかった言葉でしょう。なぜなら「生きているということはどういうことなのか、生きているということに納得し、また、「死」ということにも納得する。そのことを「仏の本願力」すなわち「他力」によって意義付ける言葉だからです。このことばこそ所依の経典『無量寿経』の真髄を穿つ言葉であり、仏教全体の真髄をあらわす言葉でもあるからです。だから親鸞聖人は最初の「われ修多羅(しゅたら)真実功徳相によりて・・・」 の言葉と共に『浄土論』からの引文として是非その次に入れたかった言葉だと思うのです。 それにしても、引文にはありませんが『浄土論』の最初のことば「世尊、われ一心に尽十方無碍光如来に帰命したてまつりて、安楽国に生ぜんと願ず。」 という言葉は後の善導による“南無阿弥陀仏”と称名念仏することこそ往生浄土への正定業であるする言葉に直接につながっていくことばであります。そして、更に「われ修多羅の真実功徳相によりて、願偈を説きて総持し、仏教と相応せん。」の次に(今回の引文では省略されていますが、「彼(か)の世界の相を観ずるに、三界の道に勝過せり。究竟して虚空のごとく、広大にして辺際なし。」などは、これが聖徳太子より更に以前の人が書いた偈かと思うほどです。まるで現代宇宙論を念頭において作られた詩かと思わず言ってしまいたくなるほど現代的です。 さて次には「菩薩は四種の門に入って自利の行、成就したまヘり」とし、さらに「菩薩は第五門の行を修して自利利他して速やかに阿耨多羅三藐三菩提を成就することを得たまへるがゆへに。」とあります。 これは菩薩が四種の門の修行の後、第五の 回向門に入って自利利他ともに成就して阿耨多羅三藐三菩提の正覚の仏となることを表していますが、これを「成就したまへり」とか「成就することを得たまへり」とするなど恭敬のことばでその成就を 表しています。これは「菩薩」という言葉を「法蔵菩薩」と解釈し上の自利利他の修行も、法蔵菩薩の自利利他の修行の結果の正覚成就であると受取って、ここに引文されているということがわかります。ことほど左様に親鸞聖人はすべてを法蔵菩薩のはたらきであるとし、我々衆生が正覚成就できるとすれば、それはすべて 法蔵菩薩の誓願成就の結果であり、その誓願のはたらきを絶対的に信じて全てを委ねるのが我々衆生の往生浄土への道であるとの親鸞聖人の解釈であるということが、ここでもわかります。さらに、四種の門<礼拝、讃嘆、作願(一心に浄土往生を願うこと)、観察(仏の姿、浄土の有様を心にイメージすること)>、と回向門からなる五念門 を引文されています。特に回向門を際立たせておられるのは、後の親鸞浄土教における還相迴向の思想を五念門の回向門にみておられることがわかり、これが、浄土論のこの部分を引文された親鸞聖人の意図であったと推測されるところです。 今月の『浄土論』からの引文は他の『十住毘婆沙論』などからの引文に比べ短いものでしたが、そこに込められている親鸞聖人の深い意図がうかがえると共に『浄土論』の現代性をも深く味あわせていただいた気がします。 今月は以上で終わります。 |
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『顕浄土真実教行証』行文類本文3
「はじめに」 先月の『十住毘婆沙論』からの引文に引き続いて、今月は次なる時代の天親菩薩による『浄土論』からの引文です。先の『十住毘婆沙論』からの引文が長かったにもかかわらず、この『浄土論』からの引文は、それに比べて、まことに短い引文ですが、その長短にもかかわらず、そこに含まれている内容は、その後の浄土教に大きな道筋を与えていることがうかがわれます。すなわち『十住毘婆沙論』においては「易行品」の陸路による難行道と水路による易行道の引文にみられるごとく、他力による往生浄土への道が示されており、更には菩薩の初地の位に関する記述に関しては親鸞浄土教における「正定聚の位」との密接な関係がうかがわれます。 さてそれでは、今回の『浄土論』からの短い引文には親鸞浄土教に至るどのよなメッセージが含まれるのでしょうか。それでは、今月の読み進めに入りたいと思います。 |
| 【読下し古文】 【16】『 |
| 【現代意訳】 【16】『浄土論』にいわれている。「わたし(天親)は無量寿経の真実功徳のあらわれを頂いて浄土往生の偈(願生偈)によって大いなるいのちである阿弥陀仏に摂取されていることを説いて、仏教の教えにかなうことができた」 と。 仏本来のあらわれである本願の無限の力に遇えば、自らは何者かもわからない迷いの生涯を過ごすことはない。すみやかに大いなる功徳の宝海に自らを委(ゆだ)ねることになるのである。 また同じく『浄土論』では次のようにいわれている。「法蔵菩薩は礼拝、讃歎、作願、観察という四種の法門において自利の修行を成就されたというこのことを知るべきである。 さらに法蔵菩薩は第五門に進んで回向して他を利益(りやく)する行を成就されたと知るべきである。法蔵菩薩はこのように礼拝、讃歎、作願、観察、回向の五門の行を修められ、自利と利他を成就され 速やかに無上のさとりを成就されたが故である。」 と。 |
| 【HP作成者感想】 今月から引文は天親の『浄土論』に入ります。引文としては【16】のみの短い文章ですが、『浄土論』は親鸞浄土教の基盤の一つであるといってもよい論述です。そして天神の『浄土論』といえば、有名な冒頭の偈「世尊、われ一心に尽十方無碍光如来 に帰命したてまつりて安楽国に生ぜんと願ず。」 が先ず念頭に浮かびます。しかし、親鸞聖人が採用された引文は、これを差し置いて、上の二番目の偈「われ修多羅(しゅたら)真実功徳相によりて、願偈総持(がんげそうじ)を説きて仏教と相応せり」 を引文されています。これには親鸞聖人のどのような意図がうかがわれるのでしょうか。これは言うまでもなく、親鸞聖人が『教行信証』を著わされた意図は、仏の示された経典は勿論のこと伝統的な七高僧による聖典が法然・親鸞浄土教が指し示す往生浄土への道、これが上の経典、及び聖典によって保証されているということを示したかったわけでしょう。その意味で上の引文部分の「修多羅」は親鸞浄土教の所依の経典『無量寿経』が真実功徳相を持つ経典であることを意味しているからです。なぜならこの天親の『浄土論』はまさに「無量寿経優婆提舎願生偈』 すなわち、『無量寿経』によって浄土往生を願う論述であり偈であるからです。 そして次に最初の偈文から離れた、最後のあたりのことば「仏の本願力を観ずるに、遇(もうお)うて空しく過ぐるものなし。よくすみやかに功徳の大宝海を満足)せしむ」 が引文されています。この言葉も親鸞聖人にとって是非引文したかった言葉でしょう。なぜなら「生きているということはどういうことなのか、生きているということに納得し、また、「死」ということにも納得する。そのことを「仏の本願力」すなわち「他力」によって意義付ける言葉だからです。このことばこそ所依の経典『無量寿経』の真髄を穿つ言葉であり、仏教全体の真髄をあらわす言葉でもあるからです。だから親鸞聖人は最初の「われ修多羅(しゅたら)真実功徳相によりて・・・」 の言葉と共に『浄土論』からの引文として是非その次に入れたかった言葉だと思うのです。 それにしても、引文にはありませんが『浄土論』の最初のことば「世尊、われ一心に尽十方無碍光如来に帰命したてまつりて、安楽国に生ぜんと願ず。」 という言葉は後の善導による“南無阿弥陀仏”と称名念仏することこそ往生浄土への正定業であるする言葉に直接につながっていくことばであります。そして、更に「われ修多羅の真実功徳相によりて、願偈を説きて総持し、仏教と相応せん。」の次に(今回の引文では省略されていますが、「彼(か)の世界の相を観ずるに、三界の道に勝過せり。究竟して虚空のごとく、広大にして辺際なし。」などは、これが聖徳太子より更に以前の人が書いた偈かと思うほどです。まるで現代宇宙論を念頭において作られた詩かと思わず言ってしまいたくなるほど現代的です。 さて次には「菩薩は四種の門に入って自利の行、成就したまヘり」とし、さらに「菩薩は第五門の行を修して自利利他して速やかに阿耨多羅三藐三菩提を成就することを得たまへるがゆへに。」とあります。 これは菩薩が四種の門の修行の後、第五の 回向門に入って自利利他ともに成就して阿耨多羅三藐三菩提の正覚の仏となることを表していますが、これを「成就したまへり」とか「成就することを得たまへり」とするなど恭敬のことばでその成就を 表しています。これは「菩薩」という言葉を「法蔵菩薩」と解釈し上の自利利他の修行も、法蔵菩薩の自利利他の修行の結果の正覚成就であると受取って、ここに引文されているということがわかります。ことほど左様に親鸞聖人はすべてを法蔵菩薩のはたらきであるとし、我々衆生が正覚成就できるとすれば、それはすべて 法蔵菩薩の誓願成就の結果であり、その誓願のはたらきを絶対的に信じて全てを委ねるのが我々衆生の往生浄土への道であるとの親鸞聖人の解釈であるということが、ここでもわかります。さらに、四種の門<礼拝、讃嘆、作願(一心に浄土往生を願うこと)、観察(仏の姿、浄土の有様を心にイメージすること)>、と回向門からなる五念門 を引文されています。特に回向門を際立たせておられるのは、後の親鸞浄土教における還相迴向の思想を五念門の回向門にみておられることがわかり、これが、浄土論のこの部分を引文された親鸞聖人の意図であったと推測されるところです。 今月の『浄土論』からの引文は他の『十住毘婆沙論』などからの引文に比べ短いものでしたが、そこに込められている親鸞聖人の深い意図がうかがえると共に『浄土論』の現代性をも深く味あわせていただいた気がします。 今月は以上で終わります。 |
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『顕浄土真実教行証』行文類本文4
「はじめに」 今月は天親の『浄土論』からの引文に続いて、曇鸞の『浄土論註』(略して『論註』)からの引文になります。ただ、今月は、この『論註』からの引文では、再び龍樹の『十住毘婆沙論』の難行道、易行道という二つの仏教の道の曇鸞的解釈から親鸞聖人は引文されます。 |
| 【読下し古文】
【17】『 |
| 【現代意訳】 【17】 曇鸞大師が『論註上』にいわれている。「つつしんで龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』を読ませていただくと、<菩薩が不退転のさとりを求める場合に二種の道がある。一つには難行道で、二つには易行道である。 難行道とはこの濁った世、仏もいない時代に不退転のさとりを得ようとすると、さまざまな難にであう。この難にも、これまた多くの例がある。そのいくつかをとりあげて、その有様を示そう。 一つには真実の仏道と似て非なる外道(仏教以外の道)がいろいろもっともらしく説かれることによって菩薩の修行を乱す。 二つには自らのさとりだけを追求する声聞(しょうもん)の道は、まさに自利であって大いなる慈悲ではなく菩薩の正しい修行を障(さまた)げる 三つには放逸無慚な悪人、まじめに仏道を修行しようとする人間の邪魔をする。 四つには正覚成就して仏に成るという仏教の目的とは顛倒して再び人間界や天上界など迷いの世界に生まれたいという執着は清浄な仏道修行を壊(こわ)す。 五つには浄土往生のためには自らの力をたのむばかりで、仏のはたらきによって生きているという他力の思いが欠けていること自体が難である。 これらのような事はいつでも目にすることなのである。たとえば陸路を歩いて移動するのは、たゞでさえ苦しいのに、これらの難がつきまとうと一層苦しいというようなものである。 易行道とは、いうなればただ仏を信ずるということによって浄土に生まれようと願うのである。仏の本願力によって速やかに浄土に生まれることができるのである。 そして直ちに大乗の正定聚の位に就くことが出来るのである。正定聚というのは、もうけっして退かない位である。たとえば水路を船に乗って移動すれば易々と目的地に着くことが出来るようなものである。> このように易行道をすすめる無量寿経の注釈書である『浄土論』はまことに大乗仏教の極致であり、人々を速やかに正定聚不退転の位に至らせる順風を帆に受けた大船のようなものである。 無量寿というのは安楽浄土の如来の別名である。釈尊は古代インドの都市である王舎城や出身国である舎衛国にあって無量寿仏の壮大な功徳を説いておられた。すなわち仏の名号である南無阿弥陀仏をもって 浄土三部経の本体とされた。後の時代の聖者婆薮槃頭菩薩すなわち天親菩薩はこのような教えを受け入れ尊崇して、無量寿経に添えて浄土に生まれたいという詩(願生偈)を作られた。 」 |
| 【HP作成者感想】 今月は上の「はじめに」にも書きましたように、曇鸞の論註からの引文ですが、大変長いので、その一部を読み進めることにしました。そこでは『浄土論註』に先だって龍樹の『十住毘婆沙論』の難行道、易行道の説明からまず始まります。そして先ず難行道とはどのようなものかということから始まります。私(筆者)は難行道・易行道において、難行道とは陸路を歩くのは水路を船に乗って移動するよりも苦しいというイメージで考えていました。すなわち水路が船に乗って自分のエネルギーを使わずに移動できるのに対して例えば強烈な日照りの下の砂漠を歩くのは確かに、上のような水路を船に乗って移動するのに比べ、はるかに苦しいというイメージです。ところがここでは、それだけでなく難行道を更に難にする要素があるということです。ここではそれを五つの例を挙げて説明しています。 一つには外道からの誘惑です。外道にもまことに多くの形があるでしょうが、仏(釈尊)の教えとは似て非なる教えです。たとえば祈ることによって病気を治すとか、お札を貼ることによって世の中の不幸を寄せ付けないとか、宗教の使命は慈善事業にあるといった全てこの世を生きていく上で役にたつことに宗教は奉仕せねばならないといったこと、あるいは何事も科学的に対処して、科学的に証明できないようなことは一切認めず、総じてこの世が全てであるといった、そのようなことも真実の仏教とは似て非なる外道になるのであって、そのようなもっともらしい事柄が仏道修行者を悩まして、清浄な修行を妨げる。 二つには声聞のように個人的に仏教のさとりを成就し、それで満足してしまい、他の多くのさとりに至らない人々を見捨てゝしまうこと、そしてそれが正しい仏道修行だと思ってしまうこと。これはまさに大乗仏教の根本から逸脱するという難であること。 三つには、さとりすました人々を毛嫌いし、またしたい放題にすることに生きる意味を見つけ真面目に修行するような人の足を引っ張る。これも清浄な修行をしようとする人々に加わる難ということでしょう。 四つには、死んでもまた、再び生身の人間として復活したいとか、さらに欲をいえば、天上の神々のように勝れた神通力をもった存在として生まれ変わりたいとか、要するに今在る世俗の存在の延長を再び演じたいとかいうことで、真実無限の存在である仏に成ろうとする修行に難癖をつけるようなこと。 五つには、これこそまさに仏に成るには自分の精一杯の努力をつくすことに執着し、生死の根源が仏のはたらきにあるという他力の感覚が全く抜けている、なんでも世俗のはたらきで達成しようとする考え、これも難行道を更に難行にする要素と言えるでし ょう。 このように、まともな仏道修行を妨げるものは山ほどあることによって、ただでさえ「陸路の歩行」をあらわす難行道は、その上に修行を妨げられるという難を背負うことになると曇鸞は説いています。 そして次に曇鸞は易行道に話を進めます。易行道というのは、要は自らの力で往生行を励むよりも、ただひたすら仏を信じて、その力によって大いなる船に乗って必ず浄土に往生することが正しく定まった仲間に入ることができるということになり、 このことはすなわち阿毗跋致つまり不退転の位に住することになるというのです。これを更に例えれば、船に乗り、水路を移動することによって陸路を歩く苦しみを味わうことなく無事に往生浄土への道が開かれるということでしょう。 このように、説かれている龍樹作成の『十住毘婆沙論』の中の易行品の教えによって、たゞひたすら仏の力を信じて往生浄土を遂げようとする『無量寿経優婆提舎』すなわち『浄土論』で示された天親の仏法は 大乗極致の論書であることを 曇鸞は『浄土論註』で強調しています。そして『無量寿経優婆提舎』すなわち『浄土論』」がいう「無量寿」とは阿弥陀如来の別名であって、釈尊は印度の古代都市である王舎城や舎衛国において人々に無量寿仏の無限の功徳を説き、仏の名号である 南無阿弥陀仏をもって無量寿経の本体とされたと曇鸞は説きます。 更に聖者天親菩薩は如来大悲の教えに恭(うやうや)しく随順して「願生偈」すなわち「世尊我一心帰命盡十方無碍光如来願生安楽国」という偈を作られたと曇鸞は説きます。曇鸞の 『浄土論註』(以下『論註』と略称)はまだ続きますが、今月は一旦このあたりで筆を置きます。 今月は以上で終わります。 |
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『顕浄土真実教行証』行文類本文5
「はじめに」今月からはじまる【18】の文章は大変長い文章です。そこで今月は、その三分の一ほどの部分について読み進めることにしました。三分の一に凝縮して、その部分について読み進めに漏れのないようにとの想いからです。どうかご了解ください。 |
| 【読下し古文】
【18】 またいはく( |
| 【現代意訳】 また『論註』上でいわれている。「またこの衆生の無明を救おうとする 願いは軽々しいものではない。如来の無限の力が加わらなかったら、これ以外の何をもってこの願いを果たすことができるか。まさに如来の無限の力を乞い願うほかはないのだ。この故に恭(うやうや)しく天親菩薩は告げられた。 <我一心>とは天親菩薩が自らを振り返っていわれた自督の言葉である。(ここで自督とは、自らを励まし、そうして律し、正してゆくことばで、いわば信心をあらわす言葉である。)、そしてその言われるところの意味は 無碍光如来を念じて安らかに浄土に生まれることを願うのである。このひたすら無碍光如来の意(こゝろ)を心として生死の道を進み続ける(心々相続)ということによって、他の迷いの心(他想間雑)が起こらないのである。(中略) <帰命尽十方無碍光如来>とは、<帰命>はすなわちこれは「礼拝門」である。<尽十方無碍光如来>はすなわちこれは讃嘆門である。 何をもってそれを知ることができるかというと、<帰命>が礼拝門であるというのは 龍樹菩薩が阿弥陀如来を讃える文を作っている中に、ある場合には<稽首礼>といい、ある場合には<我帰命>といい、ある場合には<帰命礼>といっている。 またこの『論』(浄土論)の偈頌(詩文)ではない散文の中には<五念門を修す>といっている。五念門の中の一つに礼拝がある。天親菩薩は平素宗教的真実の世界に生まれることを願っておられる。どうして「礼拝」をしないでおれようか。 故に知ることができる。帰命はすなわちこれ礼拝であると。ところが礼拝は、それだけなら、ただこれ単なる恭(うやうや)しく尊敬する形であるのみで、その礼拝の相手に命を帰して一体になろうということではないから、かならずしも帰命ということではない。 それでもなお帰命は礼拝を伴(ともな)うわけだが、このことから推しはかれば、重要なのは帰命である。『浄土論』における、この場合の偈(宗教的詩文)は自己の宗教的信心を表すことばである。したがってやはり帰命というべきである。 (この場合の「命」の字は使、教、道、信、計、召の意味を持つ)。この偈のあとの散文による論述の部分での「偈」の意味の解釈には、広く「礼拝」として述べておられる。 「願生偈」の部分と、その後の「論述」の部分とが互いに呼応して天親菩薩のお心がはっきり顕れている。<尽十方無碍光如来>ということばが讃嘆することば、すなわち「讃嘆門」であることを、どうして知ることができるか。 これは偈のあとの論述の中で<讃歎するということはどのようなことかと問い、それは彼の無碍光如来の御名を称えるということである。 なぜなら、彼の如来の光明である智慧の相にかない、名号の真実の意味にかない、真実にかなうように修行して、如来のおこゝろに添いたいとおもうからだ。(中略) 天親菩薩は、いま、尽十方無碍光如来といわれている。すなわちこれは、彼の如来の名号にもとづいて彼の如来の無限の智慧の有さまをほめたたえるからである。だからこの「盡十方無碍光如来」の句は讃嘆門であることを知ることができる。 <安楽国に生まれようと願う>という一句は作願門である。天親菩薩が弥陀に全面的に摂取していただきたいと願われたこころである。(中略) |
| 【HP作成者感想】 今月は上の「はじめに」にも書きましたように、【18】曇鸞の論註からの引文ですが、大変長いので、その内の三分の一の部分を読み進めることにしました。 ところで、ここで一度振り返らなければならないのは、私(筆者)は、いったいこれら龍樹の『十住毘婆沙論』および 天親の『浄土論』、さらにはその浄土論の註釈書である曇鸞の『浄土論註』からの それぞれの引文をどう読むか、できれば親鸞聖人がこれらの文章を引文されたお意(こゝろ)をうかがうことができないかとの思いも込めて読み進めたいと思います。そこで当然のことですが これらの引文は、直接には【12】の「如来の御名を称するに、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を滿てたまふ。(中略)正業はこれ念仏なり。念仏はすなわちこれ南無阿弥陀仏なり。」とする 親鸞聖人の念仏への強い思いを下支える引文であること、更に広くは行巻全体の最初の【1】「大行とはすなわち 無碍光如来の御名を称するなり。」ということばを支える引文群であるということを念頭に 読み進めていることを、あらためてここで確認しておきたいと思います。 さて、そのような前置きを経ての【18】の引文です。ここで親鸞聖人が引文されている【17】の『論註』の文は龍樹の 『十住毘婆沙論』において仏道に陸路に例えられる難行道と水路に例えられる易行道に注目し、ひとえに仏力にたのむ 易行道が親鸞浄土教の道であるとしする引文です。そして今回の【18】の引文では天親の『浄土論』の最初に出てくる 有名な願生偈「世尊我一心帰命盡十方無碍光如来願生安楽国」の一つ一つの 言葉の解釈および、 偈の後の散文部分に説かれている五念門と、この偈の関係を詳しく説かれています。たとえば上の願生偈の 「帰命盡十方無碍光如来」の中の「帰命」は五念門(礼拝門、讃歎門、作願門、観察門、回向門)の中の 「礼拝門」にあたるということなどです。そして次に、どうしてそのようにいえるのかということを龍樹の阿弥陀如来を讃える 偈の中にも<稽首礼>とともに<我帰命>とか<帰命礼>があること、更には天親菩薩がすでに如来の力による 往生を願っているのだから、当然如来を礼拝されるであろうということなどに、<帰命>が「礼拝門」に相当するという 根拠にされています。このようにして、<帰命>は必ず<礼拝>を伴うとし、されど<礼拝>は必ずしも<帰命>を 伴わないといわれます。ここは重要な点で、<帰命>は、いわば自らの親、自らの根源に帰るということですから、 当然うやうやしくその根源に向かって礼拝するということが伴うわけですが、<礼拝>には帰命の他に、世俗における 利益や 幸せを願う時にも礼拝という動作をするわけですから、帰命に限ったことではないということです。となると真実の 仏教は必ず自らの根源に帰る(浄土に帰る)ことが目的でありますから、ここで<帰命>と<礼拝>を比べると<帰命>を 重とする、すなわち<帰命>が重要であるするのです。何故なら、何よりも、ひとえに自らの根源に帰るのが仏教 だからです。 天親が自らの宗教の究極を詠ったこの「世尊我一心帰命盡十方無碍光如来願生安楽国」の偈は 1500年後の現代に至るまで人々の心に宗教とは如何なるものかを篤く伝える宝の言葉であります。 全霊をもって心に銘ずべき言葉であることに違いはありません。 さて、このようにして、このほかの【18】の文章前半の 詳細は【書き下し古文】および【現代意訳】によってお読みいただけばいいのですが、今回の【18】の引文の前半で、 曇鸞が書いた元の【論註】には無い部分が 親鸞聖人が引文として示された文章の中に3箇所あります。それはどこかと 言いますと、まずは【読下し古文】3行目から4行目にかけて [〈我 次は【読下し古文】テキストの上から15~16行目にかけて [ さらに次は【読下し古文】テキスト20~21行にかけて [かの さらに最後に、親鸞聖人は何故この「自督」、「帰命」、「称名」の三つにこのような( )付きの中にいくつかの漢字をあてはめてこれら三つの字の意味を詳説されたのでしょうか。 それは他でもない天親菩薩の「世尊我一心帰命盡十方無碍光如来願生安楽国」という現代まで1500年をこえる長い年月の間、少なくとも日本人のあいだに残る、素晴らしい 宗教的言葉を味わうにはその中に含まれるこの三つの言葉がどうしても必要だと思われたからではないでしょうか。 今月は以上で終わります。 |
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『顕浄土真実教行証』行文類本文5
「はじめに」 今月は先月から読み進めている【18】の後半になります。この後半も天親菩薩の「願生偈」に始まる、浄土論に基づいて、その注釈書『浄土論註』によって曇鸞大師がこの世の生死や往生という事柄について素晴らしい宗教性を披露します。
それでは【18】の後半の読み進めに入ります。 |
| 【読下し古文】 |
| 【現代意訳】 問うていう、大乗の経典や論書(釈尊が説かれたとする経典以外で例えば龍樹、天親等古代インドの仏教者が論じた書)の中で、多く<衆生は究極的に無生であって虚空である>と説かれている。無生であり、 虚空であれば、そのような必要もないのに何故、天親菩薩は願生、すなわち浄土に生まれたいと願われるのか。 答えて言おう、<衆生は無生で、虚空のごとし>と説くのに二種の説き方がある。 一つには、凡夫が自分は実在していると思ったり、 また、生も死も真実であると思うことである。このような凡夫の所見は究極的に本来真実ではないだろう。 それは本来、亀のものではない亀の身についた藻を亀の毛であるとするようなもので、本来あり得ないものである。 二つには、あらゆる事柄は因と縁によって生じるのだから、すなわちこれはもともとそれ自体として生まれるのではないのだ。天親菩薩が浄土に生まれることを願われるというのは、因と縁によって生まれたいという意味だ。 因縁によって生まれるというのであるから、それ自体、仮に生まれるということである。だから凡夫が実体だと思っている凡夫の 身そのまゝで浄土に生まれることを願うということではないのだ。 問うて言う。往生というのは、どのような意味でとかれているのか。 答えて言う。この世界(間)の因と縁によってのみ生じた実体のない人間が浄土に往生するための五念門を修める とき、修める前と修めて 五念門が成就し浄土に往生した後で因と果は相続する(続いていく)。その場合、それぞれ仮に存在するこの世に居る人と浄土往生した人 とは決定的に同じともいえないし、違うともいえない。だから五念門を修める前と修めた後の心も同じである。 何故なら、もし五念門を修める前と後とでその有りようが同じなら因果というものがあり得ない。また完全に異なっていると いうのなら五念門を修めたら浄土往生が成就するという因果の相続がないことになる。この事は五念門の前後の人の有りようが 同じか異なるかということを論じる入り口となる。天親菩薩が浄土論の中で詳しく述べられているのがこのことで、不一不異、すなわち 同じでもないが異なってもいないという論理なのである。以上で天親菩薩の偈の第一行の三念門(礼拝門、讃嘆門、作願門)の解釈 を終わった。(中略) 天親菩薩は『浄土論』で、私は経によって大いなるいのちである真如すなわち法性法身の真実の大悲に依ることを 願生偈によってあらわし全てを信じ保って 仏の教えにあいふさわしい生き方をしたいと説かれている。(中略) 依るというけれども、何に依るのか、何故依るのか、どのように依るのか。 何に依るのかといえば経に依るのである。 何故依るのかといえば、大いなるいのちである如来に依る、如来は真実の大悲そのものであるからだ。どのように依るのかといえば 五念門を修めてその教えによって生きるこということに依る。(中略) 経は十二部経の中の仏の直説のものを修多羅すなわち経と 名づけるのである。いうならば四種の阿含経及び経・律・論の三つの教えのほか、大乗の諸経を修多羅と名づけるのである。この中で、天親菩薩がいわれた私は修多羅に依るという場合の修多羅すなわち経は阿含等の経ではない。 真実功徳相といっても、功徳には二種があり、 一つは煩悩の迷いや願望から生じた仏の法によらない、いわゆる凡夫や天の神々が修めるこの世の善、この世だけに通じる果報、このような因や果、これらは皆、真実の真如法性とは 逆の虚仮、偽りの善なのである。だからこの故に真実ではない功徳と名ずけるのである。 二つには菩薩が仏の清浄な智慧のはたらきによって起こす行為は素晴らしい仏の法そのものとなる場合である。 仏のはたらきによって清浄そのものの姿となる。このはたらきは世間の迷妄によって退転せず、うそいつわりでもなく、 真実の功徳の姿であると名づけるのである。どうして退転しないといえるのか。これは仏のはたらきにより、 この世の在り方と仏法の在り方の双方に順じるからである。どうして虚偽(こぎ)でないといえるのか、これは衆生を 摂取して究極的に仏の世界に導くからである。 <説願偈総持与仏教相応>とは<持>という字は散逸せず失わないという 意味であり、<総>という字は少ない言葉(偈)で多くのことがらをまとめるという意味である。(中略) <願>という字は 往生を願い求めるという意味である。(中略) <与仏教相応>とは箱(函)と蓋がぴったり合うということで、天親菩薩の願偈が仏教の真髄にぴったりと当てはまるということである。 (中略)。 (論註下107)<どのように回向するのか。一切苦悩の衆生を捨てないで、心に常に衆生に回向することを第一に 願って仏の大悲心を成就されるのである。>と浄土論にいわれてある。 回向に二種の姿がある。一つには往相、二つには還相である。往相とは自らが与えられた信心の功徳を 一切の衆生に振り向ける本願力をいただいて、共に阿弥陀如来の摂取の中に往生できるという願いを成就 させていただくことである。> (抄出) |
| 【HP作成者感想】 行巻の最初から先月、更には今月にいたるまで、親鸞聖人のお意(こころ)はいうまでもなく大行である称名念仏、すなわち名号を称えるとは如何なることかということを全霊をもって説いてこられているわけです。 すなわち仏が説かれた『大経』や『如来会』など無量寿経から説き始め、龍樹、天親、そして曇鸞と、祖師方の論釈を引文することによって親鸞浄土教における名号のいわれを説いて来ておられるわけです。 そしてその中で天親菩薩の『浄土論』に至って『帰命盡十方無碍光如来』すなわち十字の名号に私たち読書子は接するわけです。すなわち有名な天親菩薩の願生偈「世尊我一心『帰命尽十方無礙光如』来願生安楽国」の中の『 』内の十字の名号です。広大無辺の尽十方無礙光如来ですから『 』で括るようなちまちましたことはしたくない無礙光の如来です。 【18】の前半を読み進めた先月以来の今月はこの十字の名号にまつわって【18】の後半の読み進めに至りました。先月はその内、十字の名号である「帰命尽十方無碍光如来」の帰命の意(こころ)を浄土論の天親菩薩がとなえられた五念門との関連で説かれています。 これも名号の背景を考える上で大切なことでありますが、私(筆者)はここで一つの感想として天親菩薩がいみじくも、その『願生偈』をとおして私たちに知らしめられた「帰命尽十方無碍光如来」すなわち十字の名号が、六字の名号である『南無阿弥陀仏』と全く同じ意味を持った名号であることをあらためて知らしめられたということです。しかも帰命の意味が南無阿弥陀仏における南無と同等の意味をもっているということです。 私(筆者)はこのことを念頭に、天親菩薩の『願生偈』の中のこの十字の名号「帰命尽十方無碍光如来」と六字の名号「南無阿弥陀仏」の持つ意味を「私考」しながらこの章を読み進めたいと思います。 今月は先ず曇鸞は人が生きることや死ぬことについて自問自答の形で思索するところから始まります。難解なやり取りですので 、その問答を現代語訳で再現しながら筆者も私考したいと思います。まず問いとして 「大乗仏教の『経』や『論書』中には色々なところに 『衆生というものは本来無生であって永劫の過去からの無数の因と縁すなわち縁起によって仮に生じているだけのものである』と説かれている。」 それなのに天親菩薩は本来無生な者がどうして阿弥陀仏の浄土に生まれたいと願われているのか」。このような問いです。 それに対する答えとして曇鸞は<衆生は無生にして虚空のごとし>と説かれる意味に対する答えは二つあり、一つは『凡夫は自分が確固とした実体として生きていると謂(おも)うのと同じように生死は真実で死ねば全てが虚無になると思うようなものである。この見方は 究極的に正しい見方ではない。ちょうどそれは亀が身にまといついた海藻を自分の毛だと思うようなものであって、大いなるいのちである阿弥陀仏の世界から考えると本来あり得ないものである。二つには、あらゆる事柄 は因と縁によって生じるのだからすぐまた因縁によって消滅してしまうのだ。天親菩薩が願生安楽国といわれるのも因縁のことわりを言っておられるのだ。すなわち天親菩薩はこの煩悩を持った現実の自分を因として、 そしてあくまでも無限の大悲である仏の教え(すなわち経文)を縁として、この因縁によって浄土に生まれることを願われているのだから、はじめの一の考えのように因縁に依らない絶対的実体としての生、絶対的実体 としての死というようなものではない。天親菩薩の願生浄土というのは、煩悩を持った現実の自分(天親菩薩)を因として無限の大悲を説く仏の教えを縁として、つまり全てが阿弥陀仏のはたらきによる願生浄土を 願われているところが、この世と自分がすべてで絶対であると考えている煩悩を持った凡夫の生死観とはちがうのだと曇鸞大師はここで言っておられるのだと思います。 更に曇鸞の自問自答は続きます。 「それでは問うていうが、人が往生するとはどのようなことなのか。」と人が浄土に往生するとか、しないとかいうのはどういうことかと問います。それに対する答えとして。 この世界(間)の因と縁によってのみ生じた実体のない衆生が浄土に往生するための必須の実践としての五念門を修めるとき、修める前と修め終わって 五念門が成就して、浄土に往生した後との間で同じなのか、全く異なっているのかということです。その答えはそれぞれ仮に存在するこの世に居る人と浄土往生した人 とは決定的に同じともいえないし、違うともいえない。何故なら、もし五念門を修める前と後とでその有りようが同じなら因果というものが成立しないし、また完全に異なっていると いうのならう因果の相続がないことになる。天親菩薩が浄土論の中で詳しく述べられているのがこのことで、浄土往生の前後では不一不異、すなわち同じでもないが、全く異なってもいないという論理なのである。 このことは何を表しているのでしょうか。私考しますに、人間がこの世のいのち終った時、全く無に帰するのか、それとも経にあるように浄土に生まれるのかという問題です。天親菩薩は「願生安楽国」といわれているように 浄土に生まれることを願われました。それはどのように願われたか、「世尊我一心帰命尽十方無碍光如来」すなわち「大いなるいのち、因と縁、つまり縁起の根源である大いなるいのち、すなわち阿弥陀如来に 一心に帰命することによって浄土に生まれること」を願われたのです。なぜ願うことができたのか、それは、天親菩薩も含め我々この世に生きる者はすべて因と縁、すなわち縁起の根源である大いなるいのち のはたらき、すなわち、我々衆生が生まれてくることから、出る息入る息、心臓の動き、一挙手一投足、一念一念の心の起滅まですべて、この大いなるいのち、すなわち阿弥陀如来のはたらきに依っているからです。 天親菩薩はこのようないのちの根源に帰命することによって浄土往生を願われたのです。そして、この世のいのち終わって浄土に往生する前と後では衆生の状態はどうでしょう。死ぬ前と同じ煩悩を持った状態で 浄土に生まれるのでしょうか、決してそうはならないでしょう。つまり上の不一不異の原則からして決して同じではなく不一なのです。それではまったく異なった状態なのでしょうか、つまり、その状態の一つとして 完全な無に帰するのか、あるいは考えも及ばないような化け物、たとえば幽霊のような存在になるのでしょうか、これも決してそうではないでしょう。なぜなら不一不異のうちの不異の原則に反するからです。 それではどうなるのか、いのち終った衆生は死ぬ前と全く同じではないが大いなるいのち阿弥陀仏に完全に摂取され浄土において弥陀と一体となると考えればいいでしょう。まさに不異の原則です。 全体として、全く同じではなく、全く異なってもいない、まさに不一不異の状態がそこに出現するはずです。私(筆者)はそのように私考しますがいかがでしょうか。 このようにして曇鸞は天親の『浄土論』の願生偈を註釈する中で、人の生死や往生という事柄はどのような事なのかという人生の根本、仏教の基本原理を説かれたわけです。 そしてこの後、『浄土論』の初めである第一行の「世尊我一心帰命尽十方無碍光如来願生安楽国」という天親の願生偈を説くことによって、五念門の初めの礼拝、讃嘆、作願の三つすなわち三念門を以上で説き終わったと宣言されています。 そして曇鸞の『論註』は『浄土論』の次のことば、「我依修多羅真実功徳相説願偈総持与仏教相応」以降の引文に入ります。古文ではこの部分の終りの(乃至)を挟んで「我依修多羅」ということばから、どのようなところに〝依る”のかという問答 から始まります。そして上の「我依修多羅・・・」のことばどおり、「先ず何に依るかと言えば〝修多羅″に、何故依るのかといえば修多羅には〝真実の功徳″が顕れているから、どのように依るのかといえば〝五念門″を修して“仏(釈尊)の教えに相応することに依る。」と答えます。ここに願生安楽国を願う天親菩薩も「修多羅」すなわち佛陀釈尊がお説きになった経こそ真実を表すと考えていることがよくわかります。それでは天親菩薩が言われるところの修多羅とは どのような経文なのでしょうか。これは今回の『論註』からの引文は大乗の経典であるとなっています。そして、通常『往生論』といわれるこの大乗経は『無量寿経優婆提舎願生偈』といわれるように、この大乗経典はまさに浄土経典である『無量寿経』 であることがわかります。 更に<我依修多羅>の次の文言<真実功徳相>とはどのような事柄かが説かれます、これには二種ありとし、その内の一つは「有漏の心より生じて法性に順ぜぬ功徳相、これは人天の諸善、人天の果報であるとします。 人天とは人間と天の神々、いずれも煩悩をもった存在で、その功徳相とはこの世の楽天地、この世が全てとする善であり、具体的には、仏の功徳を祈り願うだけで病気がに治ったり、仕事や商売がうまくいったり、そのほかあらゆるこの世のだけで 決る願望が達成されたりするということでしょうが、仏に祈って注文するるだけでは、決して生死を超える功徳相ではありませんから、これらは皆、顛倒した虚偽の功徳相であり真実の功徳相とはいえないものです。それに対して真実の仏の功徳相というのは この世の成り行きというのは全て仏のはたらきであるという事実をもとにした功徳相であり、この世の成り行きと仏のはたらきが共に調和し、衆生は仏の世界に摂取され虚偽のない真実の世界に住むことができる。これこそ正真正銘の真実功徳相といえる ものであると曇鸞は述べます。 このようにして<説願偈総持与仏教相応>について<総持>とは全ての事柄をよくまとめ保ち、<願>とは往生を願い求めることに名づけ、<与仏教相応>には函(はこ)に蓋(ふた)がぴったり一致するという大変面白い譬えで天親菩薩の願生偈が仏の真実にピッタリ合致することを表現しています。<我依修多羅真実功徳相説願偈総持与仏教相応>すなわち<私は無量寿経の真実功徳のはたらきによって函に蓋がピッタリ一致するように仏の教えに相応(あいふさわしわ)しいかたちで浄土に往生することを願う。> ということでありましょう。そして(乃至)のあと、親鸞聖人は、この【18】の項の最後に<如何(いかん)が回向する。一切苦悩の衆生を捨てずして心に常に作願すらく、回向を首として大悲心を成就することをえたまえるがゆえに>という部分を引文され 曇鸞大師が『論註 下』で「仏が多くの衆生と共に往生浄土への道を歩もうという願いを誓いとしてあらわされている」ことを示され、私たち衆生にもこのような回向の形が示されていることを強調されています。この部分で興味深いのは親鸞聖人が 『論註 下』からの引文で<回向に二種の相あり、一つには往相、二つには還相なり。往相とは、おのれが功徳をもって一切衆生に回施して、作願して共に阿弥陀如来の安楽浄土に往生せしめたまへるなり」の部分だけをこの【18】では引文されて いることです。実際の曇鸞大師が著わされている『論註 下』では、このあとに「還相とは、 かの土に生じをはりて、奢摩他毘婆舎那(しゃまたびばしゃな)方便力成就することを得て、生死の稠林(ちゅうりん)に回入(えにゅう)して、 一切衆生を教化して、 ともに仏道に向かえらしめたまふなり。」の部分があるのですが、親鸞聖人は【18】において、この部分は引文して居られません。考えてみれば天親菩薩の『無量寿経優婆提舎願生偈』すなわち『往生論』の回向門は「世尊我一心帰命尽十方無碍光如来」 とありますように回向して共に安楽浄土に往生せしめたまうのが主題でありますので、親鸞聖人は後半の還相迴向を表す部分は引文されなかったのでしょう。このことから「還相迴向」という宗教的真実は天親菩薩の『浄土論』ではなく、曇鸞大師の『浄土論註』から始まったことが よく分かるのですが皆さまはどのようにお考えでしょうか。 今月は以上でおわります。 |